エピローグ・「杯と花束亭」にて

やあいらっしゃい。見ない顔だね。

遊歴の剣士か冒険者ってとこかい? 酷い目にお遭いなすったか随分とまぁボロボロだねぇ。

この店じゃ客のナリにはうるさかないが、背中の物騒なもんは預からせてもらうぜ。

ほいっ……と、こりゃまた細長い剣だねぇ。

え? 剣じゃない? 針みたいなものだって?

……ははぁ、判った、アレだ。駆け出しが有名人にあやかろうってやつ。

“ピアッサー”・レイフォルスの真似だろ? 大した活躍ぶりだものなぁ、憧れるのも判るよ。

は? 本人だって?

馬鹿言っちゃいけない。あんたがレイフォルスのわけはないさ。

なんでかって? そりゃあおれは本人を知ってるからな!


……まぁそんなに落ち込みなさんな、最初の一杯は俺が奢ってやるからさ。


気にしない気にしない。今日はめでたい日だからな。

西ファレリアで一番目と二番目の勇者がともに大魚を釣り上げたってわけで。

なんだ知らないのか。ほれ、“作曲家”・パッセシャフトっていたろ、「十傑」の。

そうそう、やりすぎてハラルコンを追い出された女さ。

そいつが密かにアルゼスの山ん中に移り住んで良からぬことを企んでる――そんな噂は前からあったんだが、どうやら本当だったらしくてな。

それを我らがレイフォルスさまがやっつけて下さったんだよ!

相手は「十傑」だぜ? 凄いなんてもんじゃない。

何でも隠れ家に兵士が踏み込んだ時にゃ大量の楽譜が――全部「黒歌」だったってよ――見つかったって話さ。

アルゼスとここは目と鼻だからなぁ。放っておいたらどんな目に遭わされたことか。“ピアッサー”さまさまだぜまったく。

え? “華の剣”とどっちが強いかって?

そりゃあもちろんミシェルさま……と言いたいが、難しいだろうな。

何しろそのまんまでも強いのに、あちらさんは呪歌まで歌えるって話だからな。

ああ、「尖り耳」じゃなかったからたぶん「血族」ってことはない。きっと物凄い修行の末に身に付けたんだろうぜ。

けどな、ウチのミシェルさまだって相当なもんさ。勝てはしないまでも引き分けには持ち込めるかも知れないぜ。

「神降ろし」って知ってるかい? 聖王さまから祝福を受けた聖騎士(パラディン)の奥義なんだが。

まぁ神って言っても実際「降ろす」のは神さま修行中の英霊さまがただがね。それでも降りてる間はほぼ不死身の超人になれるってんだからなぁ。

そう、ミシェルさまも聖騎士の資格を持ってる。だからその技さえ使えばレイフォルスとだっていい勝負になると思うんだがね。

ただ、使った者は英霊の力に耐え切れず大抵はおっ死んじまうらしいから、良くて相討ちってとこか。

まぁ英雄のレイフォルスとミシェルさまが戦うなんて有り得ないからなぁ。あくまで仮定の話だがね。

それに、おれらのミシェルさまにそんな捨て身の技を使って欲しかないしな。

え? 二番目のはどんな話かって?

違う違う。“ピアッサー”が二番目なのさ。

おれの知る限り西ファレリア一番の英雄は、“華の剣”の旦那様さ。

お、おい、どうしたあんた――


――少しは落ち着いたかい?


ほらよ、ウチで一番のワインだ。やってくれ、おれの奢りさ。

冒険で一山当てて、名高い“華の剣”に求婚しようと思ったらすでに他人の妻になってたんだもんなぁ、そりゃあショックだろうさ。

いや、笑ってない。笑ったりするもんか。

とにかく、今話したような事情でな、ミシェルさまは勇者アランとついさっき式を挙げたってわけだ。

いい式だったぜ――こう雲一つない青空でよ。山なんかどこまでも見渡せるような。

そんな空の下で、ミシェルさまが笑ってたんだ。

見たこともないようなとびきりの笑顔だったなぁ。

そりゃもう綺麗だったぜ。派手じゃなかったが、純白のドレスが――ウチのやつが仕立てたんだがね――お似合いでさ。

アランも何となく立派に見えたな。式の間中ずっと照れくさそうにしてたけどよ。

ん? ブーケ? ああ、そこに飾ってあるやつか。

いや、ドレスのお礼じゃない。

ほら、式の最後に花嫁が後ろ向いてブーケ投げるだろ? 何を血迷ったかウチのやつがあれを取っちまってよ。

おれらもまともに式を挙げてないから、次はあんたたちだな、なんて囃立てられてな。かかぁもすっかりその気になって――いや、照れちゃいねぇ。

顔が赤いって? 酒のせいだ酒の。


まぁおれらのことはいいやな。

とにかくいい式で、ミシェルさまもいつに無くはしゃいでて――待てよ、そういやあの時だけちょっとおかしかったな。

いやね、式の途中でグレアム――ここらを回ってる行商人なんだが――が誰かに託かったっていう贈り物を持って来たんだよ。

それが血みてえに紅いバラでさ。――綺麗だったけど何か不気味だったなぁ。

ミシェルさまの顔色が変わったのは、添えられてたカードを読んだ時だ。

そこには――盗み見たんじゃない、偶然見えたんだよ――たった一言、「約束は守ったよ」って書いてあった。

ミシェルさまは、悲しいような苦しいような、そんな顔してたなぁ。

まぁすぐに元に戻ったんだがね。

誰からかって? それがよ……お、唄が始まったな。『灯火掲げて』。好きなんだよな、これ。

ほら、あんたも歌おうぜ。ワインもどんどんやってくれ!

勘定? そんなもん気にするな。なんたって今日は特別な日だからな。

乾杯だ!おれたちのミシェルさまと、それから一番目と二番目の英雄に――

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幻影想界 ぼぶちゃう @Bobchow

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