奇跡の軌跡
奇跡の軌跡のその先で
あれから十年以上経った。
わたしは、大学を卒業して同棲しながら、暫くの間社会人を経験した。
籍だけは卒業と同時に入れてはいたけれど、実際問題今後のお金の問題で貯金が必要だった。
いや、多分お金の問題は無かったと思う。だけど、金銭面で甘えるのはなんか嫌だったから。
ささやかだけど結婚式も挙げたし、なんだかんだで今は二人目を妊娠している。
春のうららかな日差し降り注ぐ午後。
大きくなったお腹を庇って動かないというのは悪手だと学び、運動がてら、夫婦で子供も一緒に散歩に出ている。
ぽかぽかと暖かくて、ついつい眠気に負けてしまいそうになるけれど、子供がやんちゃ盛りだから気が抜けない。
「おおい、そっちは危ないだろ!!」
「えー、あっちみたいー!」
好奇心盛り。どこに連れて行っても興味深く当たりをうろうろしてて、在りし日の自分自身を見ている用で、振り回されるお父さんを見ると微笑ましく思う。
今でこそ、彼と手を繋ぐ頻度は減ったけれど、間に子供を挟むという事は二人の時よりももっと心温まる物で。
わたしたちとの間にできた命の結晶がいるというのは、なんとも言えない気持ちになる。
わたしたちの事を知っている人達からは漸くかなんてよく言われるけど、爛れた性生活の中で学生のうちによく出来なかったと自分自身が思っているくらいだ。
「おかーさん、あれ、あれなに?」
最近やっと言葉を覚えてきた自分の子供が可愛くて、お父さんの手を振り切って指差す物に、ついつい甘やかして応えてしまう。
わたし一人の時ならそれでもいいんだけれど、たまにの仕事の休みでわたしたちの相手をしてくれているお父さんに花を持たせてあげなければ。
「お父さん、あれなあに?」
「あー、あれはなー」
そんなやりとりを繰り返して。
わたしのゆっくりとした足取りに合わせてくれたお陰で、ようやっと目的地に到着。
危険遊具指定されて、遊具の殆どが無くなってしまっているけれど、歴とした近所の公園だ。
そんなに大きくも無く、小さくも無く。子供を自由に遊ばせていても目の届く広さ。
わたしは、ベンチに腰を下ろす。
座るときに、ふうなんていうおばさんくさい声が出てしまう当たり、流石にもう歳だなあって思ってしまう。
「何か飲むか?」
「ありがと、んー、一緒のでいいよー」
「アイツも飲める奴にするかー」
「そうだねー」
早速遊びに出て行ってしまった子供の背中を見ながら、なんて平穏で幸せな日なんだろうと思う。
隣には愛する人がいて、その人との子供までいて、さらには二人目だ。
元々男だったわたしが、こんな幸せを謳歌してもよいのだろうかと思う。思う度に隣に座る愛する彼に相談を持ちかける。
彼はいつだって大丈夫だよと言ってくれて、わたしもそれを信じるようにしていた。
子供を連れて飲み物を買いに行ったお父さんが戻ってくる。
そして、お父さんからすぐに最愛の彼へと様変わりすると、
「そろそろ動くのきつくなってきたんじゃないか?」
「そうだねー……流石に七ヶ月目だし、お腹重い」
その労りが妙にこそばゆくて。
お腹を撫でれば、そこに命の息吹を感じる。
そして、視線を感じる。
「お腹触る……?」
「む……」
「いや、見てたしねえ」
「そりゃあ、まあ、なあ?」
気持ちは分かる。
蹴ってくる感覚とか、手のひらに伝わるととても愛おしく思うのだ。
「へんたーい」
「今更そんな事言われても、そっちだってノリノリの時あるだろー」
「まあ、そうだねー。求められると嬉しいからね」
これまでにした様々な行為の一端を思い出す。
最初は恥ずかしい思いもしたけれど、今じゃまたかーなんて言うのもある位だ。
そんなことを穏やかに話していると、たたたっとわたしたちの子供が駆け寄ってくる。
「おとーさん、おかーさん、おなかすいた!」
家を出てきたのがお昼前。
ゆっくりとのんびりと歩いてきたこともあって、時間はもうお昼の頃合いだ。
少しだけお友達と遊んでいたのが見えたからか、子供の手が泥だらけになっている。
「そっかー。じゃあ、お弁当にしようか。お父さんと手を洗っておいでー」
「うん! おとーさん、はやくはやく!」
背中を見送って、持ってきていたバスケットを広げる。
中にはお父さんと子供の好きな物を詰め込んだお弁当だ。
わたしの好みも大分混ざっているけれど。
家族連れで遊びに来ている人たちが何人か。
一様に楽しそうな笑顔が見受けられる。
きっと、他の人達からすればわたしたちの光景も充分に幸せそうな光景に見えるのだろう。
春風が舞う。
なんてことの無い休日のお昼時分。
最愛の彼と、自分がお腹を痛めて産んだ子供がいて、そして、お腹の中にはまたもう一人いる。
こんな平凡な日常が、どれだけ幸せなことなのだろうか。
激動の一年を超えて、女としての幸せを得たボク。
それは、魔法という奇跡を巻き込まれて受けたから。
歩んだ軌跡は誰に歩めと言われた物では無く、自分で選び取った物だ。
手を洗って帰ってくる、お父さんとわたしたちの子供。
わたしボクは、そんな二人がとても眩しく見えてしまった。
「おかーさん、おべんと!!」
「はいはい。準備できてるよー?」
それでも眩しさに負けずに、お母さんをやらないといけない。
大変だなーって。母さん達もこんなに幸せで大変だったんだろうなあって今になって身をもって実感した。
「それじゃ、食べようか」
最愛の彼も無理してお父さんをやっていてくれるのだから、わたしだって負けていられない。
ふとした表紙に、わたしも彼も親の仮面が剥がれてしまうから。そのたびに二人して笑っているけれど。
だから、幸せを噛み締めながら、わたしたちはこんな何気ない平凡な晴れた昼時分に、家族三人でお弁当を食べるのだ。
「こっちの子もお腹すいたって」
お腹を蹴られて苦笑する。
訂正。お腹の子供も含めて四人でお弁当を食べるのだ。
「それじゃあ、いただきます」
―<巻き込まれて女の子になったボク 了>―
巻き込まれて女の子になったボク 来宮悠里 @yuris-k
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