――好きでいてもいいですか?

 六限目の終了のチャイムがなる。

 後はホームルームが終われば、長い今日一日が終わる。


 ボクにとっては、やっと今日の始まりだけれど。

 外を見れば、雪がはらりはらりと舞い始めていて、外は寒いんだろうなあという思いが強い。

 しっかりと防寒対策をしないといけないなあ。


 鈴音先生のあまりやんちゃするなよと言う言葉を聞き流して、やっと一日が終わった人達が三々五々に散っていく。

 瑞貴はまだいるかなとおもったら、いつの間にか教室からいなくなっていて。

 そんな事を考えた瞬間に、メッセージが届く。


『悪い! ちょっと用事頼まれたから、遅れる!』


 なるほど。それなら心を落ちつけながら、待つことは出来るかもしれない。

 ボクは了解と短く返して、どうしようかと思案する。

 うんうん唸っていると、教室に残っていたクラスメイト数人がボクの所にやってきた。


「ねえ、姫ちゃん」

「気合い入れるよ!」


 急な物言いでボクはびっくりした。


「え、なに……?」


 戸惑いの声をあげると、にまにまと厭らしい笑みを浮かべて一歩距離を詰める。

 逃げようと思って、席を立とうとしたら肩を思い切り押さえつけられて、動けなくなった!

 なんだこれ! 目茶苦茶恐いんだけど!


「もー、姫ちゃんの一世一代の大勝負くらい手伝わせてよー」

「え、いや、何を……!」

「いつも桜華ばっかりずるいと思ってたんだよねー」

「だから、なに!?」

「桜華から聞いてない?」


 困惑してるボクに、やっと興奮が収ったのか冷静になったクラスメイトの一人が首を傾げながらそんなことを言った。

 まったく、なにも、聞いていないと言う事を伝えると。


「姫ちゃんが聞き逃したんじゃあ……」

「今日一日上の空だったしねー」


 えーと……ちょっとまって、いやでも、そんな話一ミリたりともした覚えがないんだけど。えー……?


「一応時間稼ぎに、適当な用事でっち上げて呼び出したけど……ってまだやってなかったの?」


 そして、これまたいつの間にか外に出ていたのか、桜華が教室に戻ってきていた。

 いや、ほんと、ボクが与り知らぬ所で一体なんの相談事をやっていたんだ。


「あんまり時間稼げないと思うから、早くやってしまわないと」

「そうだよねー、というわけで、やるよ! 大人しくしててね!」


 大人しくしててと言われても、ボクには何が何だかわけが分からないのだから、自分の席で借りてきた猫のように小さくなってぷるぷるしてるしか出来ないわけで。


 それから暫く、自分の体をあちこち弄くり回された。

 髪を梳いて貰ったり、改めて化粧をされたり、ヌードカラーのネイルをされたり。

 途中でお菓子を食べさせて貰ったり。

 まるで本当のお姫さまのような扱いを受けた。


「そういえば、最近姫ちゃんがいつもネックレスにして大事に付けてる指輪、あれはめないの?」

「あ……」


 今日もずっと身につけている。安っぽいチェーンに通した簡単なネックレス。

 あの日瑞貴がくれた指輪。

 あれ以来、気恥ずかしくて指に嵌めるのは避けていたのだけれど。

 体育の日なんかにみんなに見られて、事情を説明したらからかいを受ける事は無くなった。


「付けてくれた方が彼も喜ぶんじゃ無いかなー」

「そうだよそうだよ」


 口々にそんなことを言ってくる。

 存在自体を忘れていたわけじゃ無いんだけれど。


「やっぱり付けた方がいい……?」


 ボクの問いに、みんなが一様に頷く。桜華までもが頷いている。

 拒否権はないようだ。


「恥ずかしい……」


 首から外して、チェーンから指輪を抜き、指にはめる。

 左手の中指。薬指に一番近い指。

 愛おしくてどうしようもない、不思議な気持ちが胸の内にやってくる。

 右手の指でそっと中指にはまった指輪を撫でる。

 指に通すのはこれが二回目だ。

 一回目は瑞貴にはめてもらったとき。それからは頑として指にははめなかっった。


「よーし、いっといで!」


 ばしんと背中を叩かれた。

 目茶苦茶痛いのだけれども、それ以上にみんなが応援してくれていることがとても嬉しく思う。

 ボクの気持ちなんてバレバレなのはいただけないけれども、それはそれ。

 今は素直にありがたくその気持ちを受け取ろうと思う。


「いってくるね!」


 みんなにそう言って、ボクはバッグの中からラッピングしたチョコレート、それにメッセージを添えた手紙を取り出して待ち合わせ場所である、人通りの少ない裏門へと向かう。

 はらり、はらりと、降る雪が舞い遊ぶ様の中、息を切らせて向かう。


 瑞貴は遅れると言った。

 だけど、どれくらい遅れるかとは言っていない。

 もしかしたら、もう到着していて、待たせているかも知れない。

 それだったら、ちょっと嫌だけど……。

 待っていてあげたい。せめて、心の準備が出来る位には待ちたい。

 だから、ちょっと卑怯だけれど……。


『瑞貴の用事がいつ終わるかわからないから、時間きめよう?』


 ボクは足を止めてそうメッセージを送った。

 待ち合わせ場所に移動しながら、暫くして、返信が来る。


『こっちも少しばかり手間取ってるから、遅くなる五時くらいには行けると思う』


 時計を見るとまだ四時を少し回ったばかり。

 今日は短縮授業だったこともあって、終わりが早かったのだ。

 だから、ボクに色々してくれても時間が余っている。


『わかった、じゃあ五時位に裏門で』


 そう返事を返して、ボクは歩みを進める。

 何も急ぐ必要がなくなったから、心を落ちつけながら移動ができる。

 上がった息を整えて、白く煙る吐く息を楽しみながら、鼻先に乗る雪の冷たさに顔を顰める。

 裏門まではすぐについた。

 何気なしに最短距離で来てしまったのだから。


 こんなに早く着くなら、待ち合わせの時間を駄々こねて早めれば良かった。

 まだ、四十分くらいある。

 長いなあ……。また待ちぼうけかー。自業自得だけれども。


 火照った頬が冷えて、手がかじかみだして、寒さに洟をすする。

 体が冷えるのはすぐだった。

 だけど、今はその寒さすら心地良くて。


 まだかな。


 そう思って、時計の針が、デジタルのディスプレイが、一分ずつ時間を刻んでいくのが楽しい。

 早く来すぎたけれど、その待つ気持ちはとても心地良い。


 まだかな。


 何度そう思っただろうか、刻を刻むのを眺めながら、待ち合わせ時間よりも幾分早くボクにとってもう、見慣れた愛おしい姿が見える。

 何度もデートとかしたのに、待ち合わせの度に、彼の姿を見れば胸が高鳴る。

 もうさんざん経験してきたことだというのに、未だにときめくなんて、ボクの胸の構造は一体どうなってるんだろう。


「すまん、待たせた」

「ううん、そんなに待ってないよ」


 首を振って答える。

 とても待った。けれど、その待ち時間すら幸せな一時であったから。


「それで、こんな所に呼び出してどうしたんだ?」


 鼻の頭を真っ赤にして、困ったように問いかけてくる瑞貴に、言葉を失った。

 ボクも困った。

 今からする事の覚悟はしたはずなのに、いざ、それをすると考えると頬が熱くなる。

 瑞貴があらわれたときに慌てて後ろ手に隠したチョコレートはいつだそう、とか。

 来る前に下駄箱にでも入れちゃえばよかったかなあ……。


「どうした……?」

「な、なんでもないよ!」


 慌てて言葉を濁す。

 今日はちゃんとするって決めたんだから。


 でも、言おうとする言葉がつっかえる。

 明らかに不審な様子を見せてるボクの態度に、瑞貴は苦笑を浮かべている。

 早く言って、楽になってしまえばいいのにって、自分でも思っているのに……。


 瑞貴の答えも分かってるんだから。

 みんなが言ってるように、ボクの今から伝える想いは断られることのないイージーモードの問いなのに。

 だって、今から言う言葉、あの時の返事だから。

 なんのしがらみも無くなって、女の子になったボクの答えを待っているんだから。


「えっと、これ……バレンタインだから。チョコ作ってきた」


 どうして日和った! 違うでしょ!

 うわああ、もう、思ってることとやってることが全然違う……。そうじゃないのに!


「お、ホントに作ってきてくれたのか、嬉しいな! 包装も綺麗だ」

「が、頑張った。ラッピングはあんまりしないから、何回か失敗してねー」


 目の前の好きな人が子供のように驚きながら笑っている姿がとても可愛く見えて、こんなに喜んで貰えるならケーキなんか作ってくればよかったかなって思った。そんなに手間じゃないし……。


 って違う! そうじゃない!!


「そ、それと!!」


 もう、ここまできたら、言うしか無いんだ。

 こっちが大本命なんだから。


 胸に手をあて、大きく深呼吸して、ぎゅっと目を瞑った。


 思い起こされるのは、ボクが女の子になってから日々。

 瑞貴にであって、色々と助けて貰って、好きだと気付いてから、彼のために色々と甲斐甲斐しく世話を焼きたくなった想い出。

 それと同時に、今のこの体や心にも触れて欲しいと渇望した想い。

 たった一年で大きく育った気持ち。

 それが溢れた結果の、今の選択。


 ボクは愚か者だ。今までの事を全て捨て去るほどに一人の人に入れ込んだ。

 でも、今はそれを後悔していない。むしろ誇らしく思う。

 選んびとった物を胸を張って誇れる。


 クリスマスのあの日、屋上で渡された言葉。

 結婚を前提に付き合って欲しいと。まだ高校生のボク達にとってその言葉の重さは分からないけれど、普段はおちゃらけている瑞貴が、真剣な顔をしてボクに言ってくれた言葉。

 そして、ボクが今から返す言葉。


 左手の中指に銀の輪っかが鈍く光っている。

 その指輪をさするように、右手でそっと握りこんだ。


 ――お願いします、格好良く返事をさせてください。


 目の前で、無邪気な笑みをまざまざとみせながら、どうしたのかと問いかけてくる思い人の顔をみて、そして撫でた銀の輪っかに勇気を貰って。

 胸は最高潮にドキドキと張り裂けそうなほどに高鳴っている。


 あの時の瑞貴も同じくらいにドキドキしていたんだろうなって想像できて。

 覚悟は決めた。

 やっとだ。生き方を決めて、性別を決めて、もう後戻りもできない状況になってやっと。

 とてもふらふらしてしまった。

 けれど、ようやく、いまにして、きまった。


「あのね……ボク……」


 違う……そうじゃない。

 ボクじゃダメなんだ。

 もうボクは男じゃ無いんだから。

 だから、それにあった一人称がある。


「ううん……わたし・・・は……」


 公共の場とかのTPOに合わせた言葉遣いなんかじゃなくて、自分の意思で初めて使う一人称。

 それが、わたし・・・が女の子になって、男の子に恋をした証だから。


「貴方のことを好きでいてもいい、ですか……?」

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