第14話
一
とっぷりと日が暮れた後、株主総会は幕を下ろした。
部屋からぞろぞろと人が出てくる中、龍見ともう一人――百目木の親戚である老人は最後まで残っていたが、二人きりになった時点で、龍見が老人に話しかけた。
「上手く行きましたね。完璧です。全てあなたの目論見どおりだ」
「準備期間が十分ありましたからな」老人の声色は、明らかに今までとは異なり、張りのあるものであった。同時に、曲がっていた腰が伸び、全身が一回り大きくなる。そして髭と髪に手を伸ばすと、それを無造作に剥がした。果たして、その下には龍見が見覚えのある顔があった。
「やあ、本当に倉間さんだ。凄いな」
第一種装甲探偵、倉間辰比古である。変装により、百目木の親類になりすましていたのだった。
「ご満足頂いた様で」
「満足も満足、大満足ですよ。これで私も気持ちよく本社に戻れる。闖入者はないということでしたが、それも本当でしたな」
「百目木側が雇った探偵はしっかり無力化しておりますよ」
「流石だ。プロの仕事、見させて頂きました。我々もこうありたいものです」
「ご満足頂けた様でよかった。――では、これにて請け負った業務は完了したということで、こちらにサインを頂けますか」
倉間は胸から二枚の紙を取り出し、龍見の前に広げた。
龍見は受け取るとそれを上から下まで舐めるように見回し、言われた通りに一枚ずつ署名した。
「一枚はお控えです。お持ち下さい――では、私はこれで」
「ええ。倉間さん、念を押すようですが、今回のことはご内密に」
「勿論。どうぞ、またご贔屓に」
倉間は笑うと、さっさとその場を後にした――直前、踵を返し、龍見を見やった。
「龍見さん。お約束の通り、今回の件は我々誰にも話しません。しかし例外もある」
「何」龍見の声が裏返った。「それは契約違反だ」
「いや、契約書にも書いてありますよ。それは龍見さん、あなた方が反社会的な行動を取り、結果警察やJADAから我々に協力の要請があった時だ。その時は我々も、要請に沿って情報を開示するなり、何なりとせざるを得ない。それは探偵の義務ですよ。我々は顧客以上に、社会にこそ必要とされている存在でなければならないのですから」
龍見はじっと倉間を見つめた。そうしてしばらく沈黙が場を支配した後、龍見が突然破顔した。
「やだなァ、反社会的だなんて……じゃあ、今回の件はどうなるんですか。曲がりなりにも、お天道様に褒められる様なものじゃないですよ」
「これは大丈夫です」倉間は龍見に笑いかけた。「駄目ならそもそもお引き受けしませんよ。そもそも我々の仕事の殆どが法的にグレーなものだ。グレーなら問題ありません。反社会的というのは、もっと真っ黒な行為のことです。大量殺人や国家転覆といった、社会そのものにダメージを与える行為ですよ」
「…………」
龍見は蛙の笑みを絶やさない。倉間は答えを聞くことなく、では、とだけ言って、とうとうその場を後にした。
二
倉間がビルを出て恵比寿の街に出たのは7時を回ってからである。日はとっくに傾き、涼風が顔を撫でる時間帯であった。
彼は公衆電話を見つけると、ボックスの中に見を滑らせた。ポケットから取り出した小銭を投入口へ乱雑に入れ、手早くダイヤルを回した。数度のコール音の後、
「倉間探偵事務所です」
「早乙女か」
「所長ですか」早乙女は、一週間前倉間が弐子の同行を内偵するよう命じていた、女性の三種装甲探偵である。「真空会さんの件、終わったんですか」
「ああ」倉間はけだるげに言った。「サインも貰って、これから戻る。弐子はどうなった」
「――――」早乙女は言いよどんだが、「先程、家城さんが戻ってきました。弐子さんと椎名さんは重症です。しばらくは出勤できそうにないかと」
「……負けたのか」
「そうらしいです。相手は一人。確かに三種かそれ以下の装甲探偵だった、と」
それを聞いた倉間は、持っていた受話器を台に叩きつけた。通話が終了し、小銭が返却口から転がり出てくる。
敗北。それは手塩にかけて育て上げた愛弟子の弐子を、事務所から追放することを意味する。弐子は賭けに負けた。しかし強いて言えば、倉間もまた敗者であった。
「惜しいねえ。いなくなるのか、弐子が」
だが約束を違えるべきではない。倉間は弐子を一旦外に送り出すことに決めていた。例え、事務所の戦力が大きく削がれることになったとしても。
「しかし、三種以下の探偵に、二度も」
倉間はボックスから出ると、ブツブツと独り言を呟いた。
「そいつだな。まずは、顔でも拝まなきゃなあ……だが、その前に」
倉間は振り返ると、今しがたまで入り込んでいたビルを見やった。百目木洋行が入っている階の窓ガラスからは、ランタン灯の橙光が漏れている。
「忠告はしたぜ、龍見さんよ――くれぐれも第一種装甲探偵相手に舐めたマネしてくれるなよ」
圧縮プラズマ炉を積んだ自動車が、鈍く低いエンジン音を立てて脇を通る。
剣呑な空気を全身に纏いながら、倉間は踵を返し恵比寿の駅に向かって歩き出した。
三
同時刻。国を追われた王、百目木冬弥と鋭吉を乗せたハイヤーは杉並区の自宅に到着した。
「お代は頂戴しておりますので」
運転手は素っ気なくそう言って、もと来た道を引き返していった。
冬弥は溜息を吐いた。
「母さんになんて言おうか」
一方の鋭吉は、呆けた表情のまま、ぼんやりとどこかを見つめるだけであった。
「しっかりしろ、鋭吉」
冬弥は鋭吉の背中を小突いたが、結果は変わらない。
再び溜息を吐いたが、意を決して、冬弥は自宅の鍵を開けた。2階建ての巨大な洋館は先々代が会社を興した際に建てたものを、10年前冬弥が改築したものである。当時は業績が順調そのものであったが、今となってはそれも過去だ。
「ただいま」
「お帰りなさい、今日は早いのね」
居間から妻である茉子が顔を出した。一人で食事中だったようで、口元を押さえている。彼女はここ数年、夕食は一人で取っていた。冬弥は元々深夜に帰ってくる上、鋭吉を筆頭に子どもたちも家に寄り付かなくなっていたためだ。朱音は未だ高校生という身分なので例外だが、食事をとる時間は、やはりずれている。
「あなたの分は用意していないけれど」
「ああ、構わない。後で適当に何処かで食べてくる」
茉子が冬弥、鋭吉を不思議そうに見遣った。
「どうしたのよ。二人して、こんなに早く帰って」
冬弥は逡巡したが、意を決して口を開いた。
「会社を乗っ取られた」
「…………え?」
「クーデターにあってね。二人して、見事に追い出されたよ。明日からは無職だ」
「どういうこと? 冗談でしょう?」
「すまない。冗談ではない。今日株主総会があって、そこで――」
しばらくぼうと黙って冬弥の話を聞いていた茉子であったが、やおら下駄箱の上に飾っていた花瓶を掴むと、それを二人めがけて投げつけた。腕が悪いのかわざと外したのか、花瓶は壁目掛けて飛んでいき、けたたましい音を立てて四散した。
「乗っ取られた!? あなた、お父様から譲り受けた大切な会社を乗っ取られたって――それって、無職ってことなの!?」
「……そうなる」
「なによ、無職!?」茉子はヒステリックな声を上げた。「大の男達が、二人も、明日から穀潰しになるですって!? 冗談じゃない、冗談じゃないわ!」
「茉子。落ち着け――」
「馴れ馴れしく呼ばないでよ!」いつも溜めていた不満の出し時だと言わんばかりに、茉子は矢継ぎ早に謗言を並べた。「あなたがお金を稼いでくるから私はこの家に居てあげるのよ! したくもない家事をして、子供を育ててきて、自分の時間を捨てて――こんな歳を取って、それで、無職ですって!?」
目は潤み、血走っている。見ていられないとばかりに冬弥は溜息を吐き、天井を見上げた。
「すまない」
「すまないじゃないわよ!」
茉子は叫ぶと、自室へと引き返してきた。かと思えば、片手に財布、もう片手に口が開いたままのバッグをつかみ、二人を押しのけて土間にヒールを放り出した。
「茉子、どこへ行くんだ」
「どこだっていいでしょ! あなたとこれ以上一緒にいるなんて耐えられないわよ!」
「母さん!」
遂に鋭吉が口を開いた。「やめてくれ、悪いのは俺なんだ。俺が騙されたから、親父がはめられたんだ」
「知ったこっちゃないわよ! 触らないでよ!」
狭い玄関に、茉子の金切り声が響く。冬弥は、急速に生への執着心が萎みつつあることを実感していた。長く社長をやって来て、彼は幾度も死を覚悟して仕事をしてきた。打ちのめされる度に、どうやって自殺をするのが迷惑にならないかを考え、しかしそこから腹を括って立ち上がり、難局を乗り切ってきた。全ては家族と会社のためであった。それら全てが、良い思い出も悪い思い出も、ただ意味を持たず空虚なものにすり替わってしまった。
(死んでしまおうか、いっそ)
冬弥がそう考えたその時、耳に住宅街に似つかわしくない重低音が響いてきた。それは家の前で停まった。不思議に思い、全員が扉の方を見る。
玄関先には、末子である朱音がいた。
四
「……ただいま」
向こう側には巨大なバイク、そしてそれに乗った一人の男がいる。朱音の男か、と一瞬冬弥は考えたが、雰囲気からすると、どうも恋人という関係ではないらしい。
「聞いたよ、父さん。会社、辞めさせられたんだって」
朱音の言に、冬弥は驚いた。「早いな。ついさっきのことだったのに」
他人事の様な発言がどうにもおかしく、朱音はくすりと笑うと、バイクに乗った男に向かって振り返った。「――あんたの言ったとおりだったね」
一方の男は頷きもせず、じっと朱音を見つめていたが、バイクから降りて冬弥達の方に歩き出し、口を開いた。
「はじめまして。朱音さんに雇われた装甲探偵――羽邑燕次といいます」
「装甲、探偵?」冬弥は驚いた。「私が雇っていた連中とは違うのかね」
「彼女個人に雇われました。ボディガードとして」
「どういうことだ」冬弥が朱音に尋ねた。
「いろいろあってさ」発端が自身の勘違いであっただけに、歯切れは悪い。「身の危険、感じるところがあって。実際さらわれたし」
「さらわれ――」
「そこを助けてもらったワケ」
燕次は頷くと、絶句する冬弥に向かって小さく頭を下げた。
「この度はご愁傷様でした。しかし相手が悪かった」
「相手が悪い?」鋭吉が口を挟んだ。
「はい。第一種装甲探偵が本気を出せば、会社の乗っ取りなど朝飯前です。手段はいくらでもある。例えばご家族を人質に取られても、百目木冬弥さん、貴方は脅迫に負けず社長でいられ続けますか?」
「それは――いや、」冬弥ははたと思いついたように言った。「私も装甲探偵を雇った。家族に危害が及ばないようにだ」
「結果から言えば不十分でした」燕次は首を振った。「実際にお嬢さんはさらわれた。貴方も最初から相手の本気度を知っていれば、もっとお金を出して、より良い装甲探偵を雇ったのかもしれません――いや、知ったところで本気にしないでしょう。事実、この規模の会社を乗っ取ろうとするのにこれだけの探偵を動かすのは大赤字の行為だ。経営者である貴方はきっと、これは相手方が流してきた嘘の情報だと思いこんでしまうでしょう。だからこそ、防ぎようがなかったとも言えます」
「防ぎようが、なかった――?」鋭吉がうわ言のように呟いた。
「鋭吉さんを引き込み、朱音さんをさらい、その上株を買い占め、かつ第一種装甲探偵を雇うという財力――あまりに非現実的だ。目をつけられた時点で、元々勝てる相手ではなかったのです」
「そういうことらしいから、まあ、そんなに落ち込まないでよ、親父」
朱音は脳天気な声で笑った。場違いではあるが、彼女なりの慰め方なんだろう。燕次はそう感じた。
「――ところでさ。母さん、その格好は何」
朱音が目を向けた先には、少しタイミングを逃した形の茉子がいた。
彼女ははっと我に返ると、冬弥と鋭吉を押しのけ、ヒールを鳴らして玄関を出た。が、行く手を朱音が塞いだ。
「だから、そのカッコは何、って聞いてるんだけど」
「朱音、あなたも来なさい。お母さんの実家に帰るわよ」
「どういうこと」冬弥に視線を向けるが、返事はなく、朱音は再度茉子に向き直った。
「なんでそうなるの。そりゃ、親父と兄貴はプーになったんだろうけどさ。なに、借金でもあるわけ?」
「私はね、朱音」茉子は鼻息を荒くした。「
聞いていた朱音は、急速に身体の芯が冷えていくことに気付いた。家族関係には
だが、
「……あたしは行かない」
「来なさい」
「嫌だ」
「来なさい!」
「嫌だよ!」朱音は絶叫した。「行きたきゃあんた独りで行けよ!」
あまりの声に、冬弥と鋭吉がぎょっとした表情で彼女を見遣った。
茉子も同然である。冷めた態度を見せるとばかり思っていただけに、朱音の反応は予想外だったのだ。
「このままだとあなた、あの学校卒業できないわよ! 一体毎月幾らかかっていると思っているの!?」
「じゃあ辞めればいいじゃん!」
「あなた、できの悪いあなたをあの学校に入れるのに、私がどれだけ苦労したと思ってるの!?」
「あたしはあそこがいいなんて一言も言ってない!」間髪入れず、朱音は反論した。「学校なんて、別に他に幾らでもあるじゃんか! 春陵が学費がかかるって言うなら、公立でもいいし、何だったら辞めて働けばいいじゃん! お金ないならさ、この家売って、もっと安いところに住めばいいじゃん!
やり方なんて幾らでもあるんだからさ、だからさ、別にさ、何も、家族を辞めなくったってさ……!」
朱音の両の目から、遂に涙がぽろぽろと玉になってこぼれ落ちる。
彼女は顔を覆いながら踵を返すと、燕次に抱きつきながらバイクまで連れていき、自身は先に跨った。
「出して」
「……いいのか?」
「一回、出して。
……話、聞いてよ」
背中にすがりつく朱音。燕次は溜息をつくと、「小一時間後、また来ます」と冬弥たちに言い残し、エンジンを作動させた。
装甲探偵 羽邑燕次 鬢長ぷれこ @pureco
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