告白
さて、帰り道である。
該当とネオンに照らされて、繁華街の通りは昼間と同じくらい明るい。
時刻は深夜を回り、流石に人気は少なくなったものの、昼夜が逆転したこの界隈は、これからが本領を発揮する時間帯だ。
店長には、しっかり
右足を負傷した
「それで、どうしてお二人は喧嘩をしていたのですか?」
「それがねぇ、細かいところは記憶がないのよね。文句ばっかり言ってないで、葵のところへ行ったらって言ったところまでは覚えているんだけど・・・・・・」
「アタシ? アタシに何か御用ですか?」
葵は自分を指差し、きょとんとした目で男性二人を交互に見た。
疲れきって男前も半減した翔太さんが、ぎろっと私を睨む。
「
「いやぁ、つい。でも、いい機会じゃないですか。二人揃って葵の前に立っているんだし、どんとぶち当たれば良いんですよ」
無責任に言って、葵の肩を掴むと、二人の方へ押し出した。
足が止まり、翔太さんと颯介くんは、お互いの気持ちを確かめるように顔を見合わせた。
「葵。俺は、前からお前のことが好きだった」
「葵先輩。僕も先輩のことが、ずっと好きでした」
颯介くんは、翔太さんに肩を預けたまま、首まで真っ赤になって俯いている。翔太さんは、堂々としたもので、しっかりと葵の目を見て立っていた。
二人の緊張が伝わり、私の心臓まで早鐘を打っている。握り締めた掌に、じわりと汗が滲んできた。
私の立っている位置からは、葵の背中しか見えない。彼女は、今、どんな顔をして二人を見ているのだろう。
「アタシは・・・・・・」
小さな、小さな声が聞こえた。
何処にいても解る、葵特有の高いアニメ声。
「アタシは、お二人にそう言っていただけて、すごく幸せです。翔太さんは、心から信頼できて頼れる良き先輩で、颯介くんは懐いてくれている可愛い後輩です。お二人がいなければ、アタシはここに立っていなかったかもしれません」
葵はそれだけ言うと、しばし黙考した。小さな顎に手を当てて、少し首を傾げているのが、後ろ姿からも想像できる。
「単純に疑問なのですが、何の取り得もないアタシの何処を、そんなに気に入っていただけたのですか?」
後ろで聞き耳を立てていた私は、思わず仰け反った。
きた! 核心をつく質問!
男性陣は再びお互いを見合い、まず翔太さんが口を開いた。
「俺は、葵が小さな体で、物事に全力でぶつかっていくところをずっと見ていた。どんなに高い壁があっても、常に前向きで・・・・・・そこが、力強くもあり危なっかしくもある。笑顔の裏で、沢山の努力をしていることも知っている。だからこそ、俺が隣でお前が迷うことがないよう、手を引いてやりたいと思った」
ほうほうほう。
小さく頷きながら、翔太さんの意見を拝聴する。
「僕は―――」
颯介くんは、真っ赤になったまま、それでも毅然として葵を見つめた。
「困っていたり、弱っていたら真っ先に手を差し伸べてくれる、そんな優しさを好きになりました。もちろん、僕だけが特別じゃなく、皆に平等だって知っています。だからこそ、葵先輩は皆に愛されている。じゃあ、先輩を助けて、支えてくれる人は何処に居るんだろうって思ったんです。力じゃ及ばないけれど、気持ちの上だけでも、僕が支えになれたらって思って・・・・・・」
颯介くんの声は、だんだんと小さくなり、最後は夜の闇に溶け込んでいった。
なるほど、なるほど。
私は頷く。
二人とも方向性は違うけれど、葵を心から想っていたことに、少し感動した。
けれど―――何か足りない気がするんだよなぁ―――。
私は、腕を組んで暗闇に浮かび上がる街並みを眺めた。
私よりも、二人の方が葵と一緒にいる時間は長い。知り合って数ヶ月の私に、彼女の何が解るって訳でもないけれど、二人が語る葵は、彼女のほんの一部分だけであるような気がした。
もちろん、それは間違いではない。
葵には葵の『同僚だけに見せる顔』というものがあるのが当然だ。それに、葵を見る目だって、人によって感じ方が違うだろう。
腕と仕事に対する熱意は誰にも負けない。前向きで、不撓不屈な精神の持ち主。
反面、一般常識を何処かへ置き忘れてきた、天然系おっちょこちょい。
相反する二つの性質が、この小柄で胸の大きな体躯に、愛らしくあどけのない笑顔に隠れている。
葵は背筋を伸ばすと、突然、腰を九十度に折り曲げて深々とお辞儀をした。
濃紺のスカートがふわりと持ち上がり、形の良い脚とお尻が一瞬露になる。
開けた視界の先には、硬い表情で葵を見つめる二人がいた。
「お二人の気持ちは、すごく嬉しいです。でも―――ごめんなさい」
葵は、ぱっと顔を上げた。
「アタシが、今のアタシになれたのは、詩織様に出会えたから・・・・・・詩織様の隣にいる時だけは、本当のアタシでいられるのです。
だから、今は男性とのお付き合いは考えられません。もう少し、詩織様と一緒にいさせてください」
葵は極上の笑みで、私を振り返った。
「そういう訳で、これからも宜しくお願いいたします―――詩織様」
「え・・・・・・私ぃ?」
自分を指差しながら、私は絶叫した。
葵は、返事を聞くまでもないといったようにくすりと笑うと、可憐にスカートを翻して茜さんの後を追う。
残された私は、指を指したまま、ぎこちない動作で首を返した。
茫然自失の態で、二人は私を見つめている。
沈黙と気まずさが、私たちの間に激流となって流れていた。
「嘘・・・・・・だろ」
「そんなぁ」
翔太さんと颯介くんは、がっくりとその場へ膝を付く。
嘘偽りのない本心だとしても、告白を断る理由に個人名を挙げないで頂きたい。
私の頬を、冷たい汗が流れて落ちる。
私が男で、葵が私を好きだというのなら、まだ解る。それなら、きっと二人も心から納得できたに違いない。
でも、本人しか理解できないような理屈で、あっさり振って逃げるなんて・・・・・・しかも私を置き去りとか、勘弁してくれ!
私は、首筋を撫でながら深々と溜め息をついた。
ちらりと横を見ると、二人は当分立ち上がりそうにもない。
―――友人として、一応フォローを入れておくかぁ。
私は、もう一度溜め息をついて、二人の正面へとしゃがみ込んだ。膝を支えにして、頬杖を付く。
「ねぇねぇ、二人とも。顔を上げなさいってば」
呼びかけに答えて、げっそりとした表情で二人は顔を上げる。翔太さんは眼下が落ち窪んで生気が無いし、颯介くんは自我を失って泣く気力も無いらしい。
「そんなに落ち込むことも、ないんじゃない?」
軽い口調に、翔太さんの目が一瞬だけ生気を取り戻す。
「落ち込むなと言う方が、どうかしている」
「そうかなぁ。二人は、私よりも葵と過ごす時間が長いんだし、結果を覆すチャンスは、まだ、かなり残っていると思うけど」
颯介くんが首を捻る。
「どういう意味ですか?」
「ええと。つまり、今日の葵は私を選んだけど、未来永劫そうだと決まったわけじゃないのよ。その証拠に『もう少し』って言ったでしょう?」
話しの意図が掴めていない表情で、二人は頷く。
「だからね、葵の傍にいて、二人の気持ちや行動が彼女に影響を与え続けている限り、葵の気持ちが変わることも有り得るのですよ。
『恋人』と『友人』は別物。葵の心も価値観も、日々変わっていくんだから、隣に居て欲しいのが『友人』じゃなくなる日が、いつかきっと来る」
私は、おどけてウインクをした。
「その日まで待てるかどうかは、お二人次第ね」
「渡部詩織・・・・・・」
「詩織ちゃん・・・・・・」
暗い影がさっと薄まり、二人の顔が少し輝いた。
私は鼻の頭に皺を寄せ、クサイことを言ったかなと思いながら立ち上がる。
「詩織、で結構ですよ。翔太さん。
それに―――私だって、お二人に負けるつもりはありませんから」
ひひひ、と私は意地悪く笑った。
忍べない忍 都路垣 若菜 @egaku-kokonobi
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