エピローグ
魔王の帰還を待つ世界
朝から残暑の日差しの中、桜の花びらの舞う坂を登る。
九月末にもかかわらず舞い散る桜吹雪を眺めながら、俺は他の生徒に混じって、粛々と自転車を押していた。
「まったく、せっかくメンテナンスしたのにまた病院通いですよ」
その横で、左腕の包帯をさすりながら土谷の野郎は力なくそうぼやく。
あれから一週間。
まだ色々と問題はあるものの、俺たちはすっかり日常を取り戻しつつあった。
「生きているのが奇跡みたいなものなんだから、その程度は我慢しろ」
「いやいや、お兄様だってわかっていたでしょう。アレは全部計算通りですよ」
相変わらず無遠慮に、こいつは人をお兄様と呼んで不敵に笑いかけてくる。
この
魔王病の中の力を使って自分を強化し、対抗する。
俺のあの最後の手段も、こいつの判断を参考にして思いついたものである。
もっとも、土谷の野郎は俺ほど具体的になにかをしたという話ではなく、単に剣士の
同時に二人の魔王病発症者を出したことはどうやら大きな問題となったらしく、道上はあれ以来ほとんど学校に姿を現していない。
たまに見かけてもすぐに学校を出て行くばかりだ。
まあ、それでなんら問題が生じていないということは、やはりあいつは教師としては別に必要ないのだろう。
一度、俺たちのほうが道上に連れられて検査のために魔王病の研究施設へと出向いたが、特に問題は見つからなかったらしい。
「よお、相変わらずシケた面してるな、後輩ども」
背後から声をかけてきたのは、あのダンジョンに潜ったもう一人の人物、
「運動はいいぞ。特にジョギングはいい。なんてったって心と身体をリフレッシュしてくれるからな」
あの魔王病の事件の後、滝見センパイは運動に目覚めてことあるごとに俺たちにもそれを勧めてきた。
どうやら戦闘でほとんど役に立てなかったことが相当堪えたらしい。
「それに、この分野なら
笑いながら、センパイはシュッシュと口で言って空に向かってパンチを繰り出してみせる。
この人は本当に殴りあいでもするつもりなのだろうか。まあ、そうなったら美月はひとたまりもあるまい。
あいつは身体能力はそう大したことがないのだ。
その美月と火宮は、まだ施設の方でリハビリと称した検査を続けている。
なにしろ魔王病はまだまだ謎が多い。
道上曰く、諸々含めて一ヶ月程度はかかる見込みらしい。
魔王病の治癒とは、いったいなにを指し示すのだろうか。
誰だって、魔王となりうる可能性は秘めている。
美月の前の土谷の野郎だってそうだし、センパイの美月に対する感情も、俺とさして変わらなかっただろう。
魔王病にも才能がある。
己の欲求を表現する術を見つけられず、それがナノマシンと結びついた時、少年少女は魔王となるのだ。
俺の右腕には、もうあの銀色の腕輪はない。
そしてそれは、俺の魔王の力の消失も意味していた。
検査結果もそのことを証明している。
結局俺は、誰かの力を借りなければ魔王にもなれなかったということだ。
かつての俺なら、そのことにこそ魔王への拠り所を感じていただろう。
だが、今はそんなことを考えたりはしない。
少なくとも今は、帰ってくる奴らのことを考えるので精一杯だ。
魔王復帰については、その後考えればいい。
俺はかつて、魔王という名の病に冒されていたのだから。
魔王という名の現代病と、その特効薬 シャル青井 @aotetsu
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