怪異(十四)

「女は、怖い」

 曹操は宮中での出来事を布団のなかで夏侯惇から聞いた。

 持病の頭痛がひどくて、床に臥せっていた。

 曹操の許可なく寝室に出入りできるのは夏侯惇だけである。

「皇后は危ないのう」

「はあ……」

「兵士を埋めて、鍬で頭を割ったとか」

「はい」

「いや、本当に恐ろしい」

 曹操は首を左右に振った。

「あのような女を陛下のお傍に置いておくと、いまに大変なことになるかもしれぬ」

 もっとも、伏皇后をそういう精神状況に追い込んだ張本人は曹操であるとも言えるのだが……。

「董昭はまだか?」

「もうすぐ来るかと。おや、来ましたな」

 董昭がやってきた。

 たいへん恰幅のいい男である。太っている。

 肝も太い。

 かつて曹操の暗殺を企んで失敗した医者の吉平は、宴会の席で凄惨をきわめた拷問を受けたが、文武百官が恐怖に震えているなか董昭だけは平然と飲み食いしていた。

 曹操が魏公の地位に就いたのも、この董昭の力が大きい。

「よく来た。早速だが聞きたいことがある」

「伏皇后と、陛下に嫁いだ三人の公主……いや、失礼。いまは貴人でした。それらについてお訊ねでございますか?」

「うむ」

「あれ以来、一番上の方はすっかり寝込み、真ん中の方も部屋に閉じこもり、一番下の方もまったく落ち着かず、歌や踊りどころではないといった有り様」

「ううむ」

 曹操は唸った。

「それでは伏皇后の思い通りではないか。この調子では皇子を産むのは夢のまた夢ではないか」

「なにか手を打ちましょうか?」

「いや、まだ動く時ではない」

 と、曹操は言った。

「もっとも、あの女を長く生かしておくつもりはないが」

 曹操の眼が餓えた狼のように光った。

 乱世の姦雄と呼ばれた男の目だった。

 夏侯惇は愕然とした。

 曹操が伏皇后を除外しようとしていたのを、今まで知らなかったのである。

「とはいうものの、嫁がせた娘たちに危害を加えさせるわけにはいかぬ」

「ごもっともでございます」

 と、董昭が言う。

「親としては心配でならぬ」

「まったく……」

「陛下が守ってくださればよいのだが」

「はあ……」

「陛下は、まだ娘たちを気に入ってくださらぬのか」

「あれから一晩たりとも、陛下と床をともにしていない様子で……」

「では、いまは誰が陛下の寵愛を受けているのか?」

 曹操の眼光が凄みを増した。

 もしも、曹家の三人の娘を差し置いて劉協の寵愛を受けている者がいれば抹殺すると言わんばかりであった。

「それが、誰一人としておりませぬ」

「なに?」

「伏皇后をふくめて誰一人として手をつけておりません」

「身分の低い宮女どもをふくめてか?」

「はい」

「そんな馬鹿なことはない。それとも陛下はご病気で身体の具合が悪いのか?」

「身体の調子は悪くないかと」

「信じられぬ……」

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三国志曹節伝 愛のままにわがままに 神楽 佐官 @platon

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