怪異(十三)

「このままでは殺されるわ」

 曹華は戦々恐々としていた。

 無理もない。

 伏皇后のあの行為を見せられては。

「あの女は普通じゃないわ」

 曹華は貴人である。皇后に次ぐ位であるが、あくまでも皇后に仕える立場である。

 しかし、そんなことに構っている余裕などなかった。

「まったくもって正気の沙汰じゃないわ。あの女は私たちを殺すつもりなのよ」

 実際、曹華の予感は当たっていた。

 すでに伏皇后は毒を買い入れているのだから。

「操成お姉さまはあの後寝込んでしまったわ……。

「落ち着いてくださいませ。もしも晴玉さまの身に何かあったら、魏公が黙っていませんわ」

「それは甘いわよ! ああいう女は後先考えないわよ」

 曹華は髪を掻き毟った。

「そうだわ! いっそのこと王異さんに相談しましょう!」

「王異……? あの西涼の婦人にですか?」

「あの人なら男勝りで頼れそうだから、きっと力になってくれるに違いないわ」

 翌日、王異が呼ばれた。

 曹華は昨日目にした事をすべて話した。

 最初は劉協と痴話喧嘩でもしたのかとしか思わなかった王異も、さすがに蒼ざめた。

「それはただ事ではありませんわ」

 王異は真剣だった。

「このままでは晴玉さまに危害が及ぶかもしれません。一刻もはやく魏公に知らせませんと」

「お父さまのことだからとっくにご存知のはずよ。それよりもこのままだとあたしたちの身が危ないわ」

「この件については陛下は?」

「すっかり落ち込んでいらっしゃるわ」

「漢の皇帝のくせに情けない。それでも男なのかしら」

「どうしましょう。あたし、あんな女に殺されたくないわ」

「まず、食事には気をつけた方がよろしいですわ。いつ毒を盛られるかわかったものではありません」

「まさか知らないうちに毒を口にしてないかしら……」

「まだ元気そうですから、それは問題ないかと。でも、これからのことはわかりませんから、お気をつけになった方がよろしいですわ」

「ええ……」

「とにかく食べ物には注意しませんと」

「侍女たちによく言っておくわ」

「それと」

 王異の目が野生の猫のように光った。

「陛下との仲はどうでしょうか?」

「陛下との?」

「ええ」

 王異の言葉が、湿り気を帯びた。

「べつに問題ないわよ。相変わらず優しくしてくれるわ」

「そうではなくて……」

「ああ……。それはまだあれから何も……」

「他のお二人も?」

「たぶん……」

「それは由々しき問題ですわ。晴玉さまも陛下に好かれる努力をなさらないと」

「努力といっても……」

 曹華は早熟ではあるが、まだ十五歳である。三十路の王異とは勝手が違う。

「それもそうですわね。本来ならば、こういうのは男の方が気を遣わなければいけないことですから」

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