「異世界マゾおじさんのひのきのぼう」後編

 技術が発達した別世界から、

 この剣と魔法が支配する世界にやってきたマゾおじさん、

 そのぶよぶよの肉、汗ばんだ肌、

 中途半端に生えた体毛、油っぽい体臭、

 わたしたちエルフの美的感覚からすると、

 彼の姿は、もう見られたものではありませんでした。


 「クムクムさん! さっさとこんなやつ出荷しちゃいましょうよ!」


 わたしはマゾおじさんに蹴りを入れます。


 「あふっ」


 蹴りをいれるとマゾおじさんは甘ったるい声を出します。

 甘い息というやつです。気絶しそうです。


 「っていうか、そのヘンな服を脱いでくださいよ!」


 マゾおじさんは、金属と正体不明の物質を組み合わせた服を着ていました。

 正体不明の物質は、黒くてテカテカした膜です。たぶんなにかの動物の革だと思いますが、よくわかりません。

 とにかく異様な服でした。

 その革みたいなものと金属が組み合わさったベルト状のものを身体に巻き付けているのですが、尻とかは完全に露出していて、胸も三割ぐらいはおおわれているのですが乳首のまわりは露出していて、股間は三角形の膜でおおわれています。

 気持ち悪いのです。

 こちらの世界に来たときは、ボール状の奇妙な猿ぐつわもしていました。

 彼はそれのせいで喋れなかったので、強引に外してやりましたが、穴の開いた象牙のような素材でできていて、なかなか手の込んだ細工物のように見えました。

 妙に手の込んだ服なのに、実用性はなさそう。

 防寒にも身体の保護にもまるで役に立たなそう。

 となると、おそらく宗教儀式のための服なのでしょう。


 「早く脱いでまともな服に着替えなさい! 目が腐ります!」

 「む、無理です、女王様の許可がないと……」


 マゾおじさんはハフハフ息をしながら言いました。

 わたしが何度着替えろと言っても、彼はその異様な服を脱ごうともしません。

 女王様の許可がないと脱げないとのことです。


 「女王がいるってことは、おまえのいた世界は王政なのか?」


 クムクムさんがマゾおじさんに問います。


 「いえ、民主主義です。ハアハア」

 「民主主義ってなんだ? アイシャわかるか」

 「知りませんよ! こんな奴を生み出すんだから、よっぽどロクでもないしくみなんじゃないですかね。民主主義」

 「ハアハア」

 「あと、こいつの言ってる女王っていうのは、えすえむぷれいとかいう儀式をとりしきる存在のことらしいですよ」

 「なるほど、つまり司祭みたいなものか」

 「ろくな宗教じゃありません。邪教ですね邪教」

 「邪教に支配された国か……」

 「そのようですね」

 「ハアハア……異世界に来てさっそく女の子ふたりにこんな姿を見られてなじられているッ! ハアハア!」

 「しかしこいつ……太ってるなあ」


 そしてマゾおじさんは、果実のごとくブヨブヨに太っていました。

 こちらが用意できる服に、彼の着られるものがなかったほどです。


 「こいつ、これだけ太ってるってことは、王族かなんかなんじゃないか?」


 クムクムさんはそう言いながら、近くにあった木の棒を持ってきて、それでマゾおじさんの腹をブヨブヨつっつきはじめました。

 たぶん、触るのがイヤなのでしょう。

 ひのきのぼうで腹を突っつかれたマゾおじさんは、気持ちよさそうに身をよじります。本当に気持ち悪いです。


 「よっぽど食べないとこんな風には太れないし、これでは肉体労働ができないだろうし、だとするとこいつは貴族だろうな、こんななりでも。うりうり」

 「ハアハア! もっと突っついて!」

 「そうですかねえ、わたしにはそうは思いませんね」

 「じゃあ、アイシャはどう思うんだ?」

 「ずばり、この男は生け贄ですね」

 「ほう」

 「この異世界のおじさんは、きっと儀式用の生け贄なのですよ。だから大量の食べ物を与えられて、ぶよぶよに太っているのです。おそらく、えすえむぷれいという儀式の最後で、この男を殺し、神への捧げ物とするはずです」

 「うーん。野蛮な儀式だなあ」

 「そういうパターンの儀式では、たいてい生け贄を最後に食べますね。食べることで神と一体化するのです。どうです? 異世界人さん」


 わたしはクムクムさんからひのきの棒を奪いとって、マゾおじさんのケツをすぱーんとぶっ叩きます。ぜい肉がぷるんと波打ちます。


 「ハウアッ! 違います! 違いますけどそれも興奮するシチュですね!」


 マゾおじさんは身をよじって大喜び。


 「あー気持ち悪い! 気持ち悪いですね!」

 「アイシャ、楽しんでないか?」

 「いや、別に楽しんでないです。本人の同意のうえで異世界人を叩けるなんて珍しい機会なんで、せっかくだから叩いてるだけです」

 「せっかくだから」

 「せっかくだからです」


 せっかくだから~、せっかくだから~。

 わたしは歌いながらマゾおじさんを痛めつけます。



  ***



 「しかし、こんな奴を『異世界召喚の成果』とかいってもなあ」

 「ないよりマシですよ」

 「ダークエルフたちからの要望とぜんぜん合わないぞ」

 「どんな要望なんですか?」

 「ええとだな。ダークエルフたちからは……」 


 クムクムさんは仕事用のノートを取り出します。


 「奴らからの召喚士への要望はだな……」




 ①軍事的に利用価値のある異世界の人材を徴用せよ


 ②農業増産に役立つ知識を獲得せよ


 ③あらゆる戦略資源の確保に寄与せよ


 ④異世界のアーティファクトを取得し供与せよ。とくに名刀ほか軍装品・家畜・書物については、格別の恩賞を約束する。

 アリコワ家の権威を増強、あるいは、皇帝に献上できる見栄えのよい豪奢品についても、見合うだけの支払いをする。




 「……と、いうことだが」

 「あー、ダークエルフらしい現実主義ですね、で……」


 クムクムさんとわたしは彼を見ます。


 「ハアハア……痛い! すごく痛い! 今までの女王様でいちばん情け容赦がない! ツボを押さえた冷酷な痛めつけ!」

 「あんたちょっとだまってください」

 「はい、ハアハア」

 「質問に答えなさい」

 「ハアハア」

 「おまえ、軍事の知識や経験は?」

 「ないですね。ナチっぽい衣装のプレイしか経験が……」

 「農業の知識は?」

 「土のついた野菜とか、触れません。都会育ちなので」

 「資源とかは……ないよな」

 「そうですね。資源といえば、食べ物から排泄物を生産できるだけです。ある意味肥料ですね」

 「それくらい動物でもできるわ!」

 「わたしは豚です! 豚とお呼びください! ズートピア」

 「わけのわからんことを言うな!」

 「ハアハア」

 「……おまえ、何か持ち物は?」

 「持ち物ですか……こちらの世界に来たときは、何しろプレイの最中でしたからね。身につけているこの拘束具と……口にはめていたボールギャグと……」


 異世界人は、股間に手をやり、ごそごそと何か取り出します。

 小さな本のようなものが出てきました。


 「げっ」

 「……この『SMハンドブック』だけです」

 「経典か……お前たちの邪教の本では利用価値がないな……」


 クムクムさんは失望した顔をします。

 

 「おまえ、職能は? なにかないのか?」

 「……もとの世界では不動産関係をしていました」

 「なんだそれは」

 「わたしはマンションの専門ですね。マンションの値段を査定することに関しては、それなりです。こうみえましてもね。ハアハア」


 異世界人さんはぷるぷると身をよじります。


 「マンションってなんだ?」

 「でかい建物で、部屋を分けて売るらしいです」

 「はあ」

 「空中の空間をそれぞれべつの人に売るような話ですね」

 「なんだかすごそうだが、使えないのか」


 クムクムさんは少し期待するそぶりを見せます。

 しかしわたしは首を振りました。


 「うーん。この人たちの社会って、私たちの社会と考え方がぜんぜん違うんです」

 「というと?」

 「ダークエルフ帝国だと、土地は皇帝が領主に与えるものですからね。土地の勝手な売買とか言ったら、ヘタすると危険思想で殺されちゃいますよ。土地の支配は領主の権威そのものですから」

 「あー……あそこは土地に細かいからな」

 「わたしたちウッドエルフは、そもそも移動しながら生活してるから土地を売ったり買ったりしませんからね。ナワバリはありますが」

 「狩り場の境界線はあいまいだからな」

 「クムクムさんたちコボルトも、そうホイホイ土地を部外者に売らないですね」

 「昔、ダークエルフたちに売って大損したからな、異種族には売らない」

 「ハイエルフ王国では土地の売買は自由ですが……」

 「あそこは仲介するギルドがぜんぶ牛耳ってるからな。既得権益の固まりだ。まあ絶対に入り込めないな」

 「でしょう。つまり……」

 「つまり?」

 「この人の仕事は、この世界ではできないです」


 わたしがそう結論づけると、場の空気は凍りました。


 「……役立たずだなー! おまえー!」

 「ああっ! もっと言ってもっと言って! ロリ獣人のお嬢ちゃん!」

 「あぁ?」

 「あ、まずい」

 「だれがロリ獣人だー! それ言うなって何度も言ったよな!」

 「クムクムさん、おさえて、おさえて」

 「それは差別だな! もういい! 地獄に送ってやる!」


 クムクムさんはマジ切れしました。

 獣人呼ばわりと、外見が幼いというのは、彼女の二大触れちゃいけないポイントです。言うと本気で怒ります。

 

 「本気の正拳突きをお見舞いしてやる……!」


 クムクムさんは身がまえます。

 彼女が構えるのを見たのは久しぶりでした。


 「ダメですって! 死んじゃいますって!」

 「大丈夫だ……わたしは魔法使いで非力だから、死ぬことはあるまい……」

 「死にますって!」


 わたしはクムクムさんを必死で押さえました。


 「異世界人さん、逃げて! この子、人食い熊より防御力の低い生きものだったらぜんぶワンパンで殺せるんですよ! 逃げて!」

 「ひいい……ハアハア」



  ***



 「あー……腹立つ…………」


 クムクムさんは憎々しげにつぶやきます。

 わたしの説得によって、どうにか、血を見ずに済みました。

 役に立たないとはいえ、生きている異世界人はそれだけで貴重です。

 それを一撃で粉砕してしまってはもったいないのです。


 「じゃあ、マゾおじさんはダークエルフたちに送りつけますね」

 「ああ、かまわん」

 「ま、まあ、なるべくもっともらしい説明文をつけて、格好をつけてあげるようにします。クムクムさんの顔が立つように……」

 「もう、やりたいようにしてくれ」


 クムクムさんはやけくそで言いました。

 わたしは彼女の気が変わらないうちに、仲間に言って連絡をとらせます。


 「わ、わたしはヨソに連れて行かれるのですね?」


 と、マゾおじさんはさすがに不安げにいいました。


 「外は危険なのですか?」

 「ええ、危険ですね。野生動物とか、盗賊とか、魔法の影響で生まれた怪物とか、そういうのがあなたに襲いかかってきますね」

 「ひいっ」

 「まあ、不動産の知識でなんとかしてください」

 「せ、せめて武器をください! なにか武器を!」

 「うーん。武器ですか。たしかにそんな装備では大丈夫じゃないですね」

 「一番いいのを頼む」

 「……おまえなんかこれで充分だ!」


 まだ怒っているクムクムさん。

 彼女は木の棒を異世界人に手渡します。


 「ひのきのぼうをやる! これで何とかしろ!」

 「すごく……大きいです」

 「どうせ輸送馬車に護衛がつくから心配いらん! 勝手にしろ!」


 そういって、クムクムさんは突き放します。

 ふだんは異世界人に優しい彼女ですが、さすがにうんざりなようでした。


 こうしてマゾおじさんは、ひのきの棒を持って、ダークエルフたちの領地に連行……じゃなかった、運搬……じゃなかった、とにかく運ばれていきました。



  ***



  拝啓 召喚士クムクム殿


 貴女より今回供与された下記品目についての件。


  ・異常に太った異世界人 

  ・上記個体の着用していた儀式用衣服

  ・同じく儀式用の下あご拘束具

  ・邪教の経典


 非常にすばらしい。

 今回の成果は文句なく評価できるものだ。

 感謝すると言っておく。



 今回の異世界人の異常な外見に、最初われわれはひどく戸惑った。

 異世界人の言動もまるで知性があるとは思えなかった。

 われわれが貴女の能力を疑ったのも無理はあるまい。


 しかし検分を進めるうち、

 この異世界人と、彼が属していた邪教の経典から、

 「拷問」に関する非常に重要な知見をいくつも得ることができた。


 今回の異世界人は、

 相手の生命を危険にさらさずに苦痛や恥辱を与える方法について、

 きわめて網羅的な知識を持っていた。

 彼の経典と照らし合わせて、ほぼそれらの技術を再現することができた。


 とくに、相手の自尊心を傷つけることで肉体的な拷問に代える方法については、

 画期的といってよいほどの発明である。


 当家には頻繁に暗殺者が送られてくるが、

 彼らを捕縛しても、的確な証言を引き出すのは容易ではなく、

 尋問はしばしば無残なだけの結果をもたらす。


 その点、生命を危険にさらさない異世界の心理的な尋問法は、

 この状況をいくつかの点で改良するだろう。

 むろん必要悪ではあるのだが……。



 儀式用衣服と、下あご拘束具については、

 異臭がしたため、研究するのも不愉快ではあったが、

 軽装複合鎧の部品の連結について改良案が得られた。

 また、部品の精査から、軽装鎧に使える新しい合金を開発した。


 重要性は低いが、経典に描かれた絵の中には、

 いくつか自軍の士気向上に採用できそうな衣服が見られた。

 とくに異世界人が好んでいた記章つき布製軍帽のデザインは良かった。

 攻撃的なうえにエロティックな意匠で、個人的に好みだ。



 件の異世界人についてだが、

 われわれは彼を評価し、拷問吏として、将来的には異端審問官として、正式に迎え入れようとしたが、彼はその申し出を断った。

 彼は「わたしはいじめるのではなく、いじめられたいのです」と言った。


 本人の自由意志を尊重し、金を与えて自由にすると、

 彼はわれわれの国の中でもとくに問題の多い裏路地に向かった、

 そしていかがわしい店の中に消えていったという。

 そこは売春宿の格別に多い地域であったから、まあ想像はつくが……。


 その後の彼の行方はようとして知れないが、

 本人の自由意志であるゆえ、ご理解願いたい。



 さて、肝心な件であるが、

 今後は貴女のプロジェクトの優先度を上げることにした。

 武官に定期的に巡回させるほか、

 当家の主も近いうち視察に向かいたいと言っている。


 当家はクムクム殿の当面の研究資金として、金750枚を提供する。


 最後に、

 前回の手紙ではボク自身たしかにそう書いたが、

 まさか本当に、ひのきの棒を一本だけで異世界人を送り出してくるとは、

 皮肉にしても残酷すぎないだろうか。


 棒一本で武装した半裸の異世界人、

 その姿は、我々の尚武の価値観からすると、あまりにも哀れであった。


 考えを改めることにする。

 旧式化したものではあるが、各種の武器と防具一式を無償で払い下げるゆえ、

 異世界人の生存率向上のため使用されたし。



                   ルカ・アリコワ





 「すごいですね! マゾおじさん大活躍じゃないですか!」

 「お……おう」

 「感謝しなければなりませんねえ。クムクムさん」

 「……ああ、悪いことしたかな。もっと優しくすりゃよかった……」

 「喜んでたしいいじゃないですか」

 「そうかなあ……」


 わたしたちはそう話しあいました。

 異世界から現れ、路地裏に消えていったマゾおじさん。

 あなたのことは忘れません。


 先日、べつの異世界人を連れてダークエルフの町を歩いていたとき、

 見覚えのあるひのきのぼうが、ドアのつっかえに使われているのを目にしました。

 さようなら、異世界のマゾおじさん。


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ファンタジー短編集 『異世界残酷物語』 枕目 @macrame

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