「異世界マゾおじさんのひのきのぼう」前編

  拝啓 召喚士クムクム殿


 こちらの地方では、収穫の季節も終わりつつある。

 我らが帝国の農民も、一週間つづく収穫祭の準備に入っている。

 今年は豊作で、徴税も順当だ。

 乾期が三か月で終わればいいのだが。


 今の時期、どの蔵にも食料が大量にある。


 これ自体はいいことだが、すなわち盗みや掠奪もすばらしい成果をあげる。

 周辺の盗賊や不帰順部族は活性化しており、しばしば貯蔵庫が襲われる。

 井戸の水位はだんだん下がっていく。

 これからの乾期は、われわれダークエルフにとって心休まるものではない。



 さてそのような時候にわざわざ貴女の提案された。

 「異世界人の初期装備」の件であるが、

 当家としてはそのような提案は受け入れられない。


 この世界に呼びだした異世界人に軽装鎧を供与すれば、

 生存率が上がるとの貴女の提案であるが、

 それは本当に充分な費用対効果があるか?

 棒でも持たせておきたまえ。



 むろん、貴女の召喚が役に立てば問題はない。

 その点で言うならば、ここ最近の貴女の成果は無残というほかない。

 われわれが求めるのは、実用性のない知識などではない。

 異世界から得られる戦略的優位であることをお忘れなく。



 利用価値のある異世界人を召喚したまえ。

 


 当家はダークエルフの諸侯の中でも財政的には恵まれている。

 だがそれでも、異世界人の召喚に予算を裂くことに反対の声は多い。

 内政を仕切るボクとしては、貴女への支援を弁護するにも限度がある。


 そのようなわけで、追加の支援はできない。

 代わりというわけではないが、食料を供与する。


                   ルカ・アリコワ






 「あーっ! むかつくなー!」


 クムクムさんは手紙を読んで叫びました。

 全身の毛を逆立て、地団駄をふんでいます。

 彼女が足を打ちつけると、石の床がゴリッと音を立てます。


 「ちょ、ちょっと。床が割れてます」

 「お、おお、すまん」


 彼女が足をどけると、石床の一部が砂になっているのが見えました。


 クムクムさんはコボルトという種族です。

 背が低く、尾があり、手足は毛皮でくるんだようにモコモコしています。顔から胴体にかけてのエリアはモコモコではありませんが、きめの細かい柔毛があります。

 それらの毛は感情や気温にあわせて逆立ったり寝たりするので、彼らの思っていることは手に取るようにわかります。


 「怪力なんだから気をつけてくださいよ」

 「それよりアイシャ、この手紙見てみろ。一銭も出さないとよ」

 「あー、やっぱ断られましたか」

 「それどころか、わざわざイヤミまで書いてきおった!」


 クムクムさんは手紙をぐしゃっと握りつぶし、大声を上げます。

 

 「むかつくよー! 殴りに行きたいよー!」

 「シャレになりませんからやめてください」

 「むう」

 「まあまあ、食料はもらったんだから、いいじゃないですか」


 そう言いながら、わたしはカボチャを貯蔵庫に運びます。

 わたしたちの異世界人召喚プロジェクトの支援物資として届いたのは、

 大きな荷車にいっぱいのカボチャでありました。


 「これもイヤミだな」


 クムクムさんは山盛りのカボチャをみて言います。


 「いや、これは優しさだと思いますよ」

 「そうかなあ」



  ***



 「腹立つなあ……ちょっと外で岩でも割ろうかな」

 「それ、やめるって言ってたじゃないですか」

 「ああうん……」

 「もう武闘家はやめた。ジョブチェンジだって言ってたじゃないですか」

 「腹が立つとついな……」

 「もうこの辺、岩ないですよ」


 クムクムさんは、機嫌が悪くなるとものに当たるクセがあります。

 素手による自然石割りとか、回し蹴りで木を折ったりしてストレスを解消するくせがあるので、環境破壊もいいところです。


 「機嫌なおしてくださいよ。ほら、カボチャ煮たんで、食いましょう」

 「今年は甘いですよ」

 「なら食う」

 「炒った種もあります」

 「それも食う」


 ふたりで炒ったカボチャの種をポリポリ食っていると、

 クムクムさんはようやく落ち着きをとりもどしてきました。


 「ダークエルフの男はみんなヒネてて性格悪いな」

 「そういう偏見はいけませんよ」

 「ルカは性格悪いじゃないか」


 「あれはあの人の性格なので、ダークエルフ全体について言うのは」

 「そうかなあ」

 「まあ、彼もものすごい苦労してますからね。成果を出せてないプロジェクトにイヤミのひとつも言いたくなりますよ」

 「むう」

 「皮肉を言うぐらいいいじゃないですか。まえの担当官は、報告が遅れたりするとすぐキレて怒鳴りこんできたけど……」

 「前の方がよかったな」

 「そうっすか?」

 「彼女、いい人だったじゃないか」

 「えー」

 「怒鳴りこんでこられたほうが気楽だけどなあ。こっちも怒ればいいし」


 そうクムクムさんは言いました。

 わたしたち召喚士への支援は、いまは手紙をくれたルカさんの担当ですが、以前はべつのダークエルフの武官が担当していました。

 気が短い人でした。

 何かあると馬車をかっ飛ばしてわたしたちの施設に怒鳴りこんできたものです。

 ちなみに女性です。ダークエルフの武官はすべて女性です。


 「わたしは苦手でしたけどねえ……彼女」


 そう言いながら、わたしは天井を見上げます。

 天井の木版に穴があいています。

 その武官は、ダークエルフとしてもかなり身長が高い人で、怒って手を振りあげるクセがあったので、よく天井に穴を開けていました。


 「わたしはあの人の方が好きだったなあ」


 クムクムさんも天井の穴を見上げました。

 彼女は懐かしげにため息を吐きます。

 その武官とクムクムさんは、会うとだいたい怒鳴りあいになっていました。

 両方ともすぐキレるので、すぐケンカになってしまう状態でした。

 てっきり仲が悪いと思っていたのですが。


 「マメでいい人だった」

 「ええええ……」

 「だって現場に顔出すじゃないか。ここなんか遠いのに」

 「それ、たんにヒマだったんじゃないですかねえ」

 「ルカは手紙でぜんぶ済ませるじゃないか」

 「効率がいいでしょう」

 「担当がルカになってから、まだわたしは一度もヤツの顔見てないんだぞ」


 クムクムさんはそう言ってむくれます。


 「あ、すっごい可愛いですよ。ルカさん。エルフがみんな目の色変えます」

 「エルフの基準で美形でもなあ」

 「まあまあ」

 「前の担当官の方がよかったなあ……あー、またアイツと怒鳴りあいたいなあ!」

 「わたしは二度とゴメンです」


 相性というのもふしぎなものです。

 まえの担当者は、たしかにクムクムさんとはなんだかんだ気が合ったようでした。

 そういえば、空いた時間に腕ずもうや肩パンとかで遊んでいました。


 「わたしはイヤです。わたし怒られっぱなしでしたもん」

 「だいたいはおまえが悪くて怒られてたけどな」

 「報告書が三か月遅れたぐらいで怒るようなことでしょうか?」

 「怒るようなことだよ!」

 「気が短すぎです」

 「あと、おまえ研究資金を使って仲間たちに酒や食い物をふるまっただろ!」

 「それがなにか?」

 「あれは二度とやるなよな」

 「なんでですか。ちゃんとクムクムさんにも平等に分けたじゃないですか」

 「そういう問題じゃない!」

 「みんなのものなんだから、みんなでわけあって何が悪いんですか」

 「研究資金なんだよ!」

 「でかい獲物がとれたらみんなで分けないと恨まれますよ」

 「鹿じゃないんだよ! 研究資金は!」


 クムクムさんはなぜか怒りの矛先をわたしに向けました。

 雰囲気が険悪になってきたので、わたしはとりあえずお茶を提案しました。


 「まあまあ、お茶にしましょうよ」

 「うー」

 「こないだ買い出しに行ったときに、めずらしいお茶を買いました」

 「おっ」

 「お菓子でも食べましょう」


 ナッツ入りのクッキーを見ると、クムクムさんは機嫌がよくなりました。

 ちなみにお茶とお菓子も研究資金から買ったのですが、まずかったでしょうかね。

 仲間と分けてるのに、なぜいけないのでしょうか?



  ***



 「まあ、向こうの言い分もわかりますよ」

 「むう」

 「なんにせよ。いちおうダークエルフたちからも援助受けてるんですから、それなりの成果はだしてあげないと」

 「むう」

 「クムクムさんは召喚した異世界人に自由を与えすぎなんですよ。異世界人なんか、縄でふん縛って送りつけちゃえばいいじゃないですか」

 「それはかわいそうだろう」

 「お人好しですねえ」

 「いちおう権利というものがだな……どんなやつにも」

 

 と、いいつつクムクムさんは部屋の片隅を見やります。


 「な、縄で?」


 ぶよぶよに太った異世界人さんが、期待の目でこちらを見ています。

 ほとんど日焼けのない脂ぎった肌に、ギトギトした脂汗が浮かんでいます。

 こちらが持っていた服はすべて彼の体型に合わなかったので、ボロ布を巻き付けています。


 「ぜひ! しばってください!」

 「ほら、マゾおじさんもああ言ってますよ」

 「うーん」

 「しばってダークエルフに売り飛ばしましょう」

 「ううーん……でもなあ」

 「本人の希望じゃないですか」

 「……触りたくないんだよなあ」



 この「マゾおじさん」がこの世界に召喚されたのは、ついこの間のことでした。


 彼は、頼んでもいないのに、この世界に現れたのです


 わたしたちがこの世界に呼びだしたのではありません。

 彼のほうからこちらの世界にきたのです。

 それも、本人もそれを望んだわけでもありません。


 いわば一種の事故で、彼はこの世界にきたのでした。

 その召喚先が、たまたまわたしたちのところだっただけです。

 もとの世界でやっていた「えすえむぷれい」とかいうものが原因のようです。


 「えすえむ」に使用していた道具やロウソクの配列、その「ぷれい」に参加していた人たちの精神の状態が、ちょうど魔術的に意味のある状態になり、その結果として、この世界に召喚されたという次第です。

 あくまで憶測ですが、そのようなことだと思われます。


 彼に魔法の知識はないようですが、おそらく潜在能力があるのでしょう。

 一般的に言って、魔法の才能と変態性はほぼ比例しますから。


 「もう、こいつ送りつけましょう。ダークエルフに」


 わたしはその異世界人を指さして言いました。


 「いちおう誠意はみせてあげないと」

 「うーん。でも本人の希望とか」

 「この際、本人の権利は無視しましょう、いいですよね?」


 と、わたしは異世界人に言いました。


 「も、もちろんでございます、美しいエルフのお嬢さん。わたしには権利などありません。豚とお呼びください! この豚と!」

 「アンタより豚のが上等ですよ。おらおら」

 「ああっ、すごい! もっと蹴って!」

 「おらおら」


 わたしは異世界人のケツに蹴りを叩きこみます。

 彼はそうすると喜ぶのでした。

 わたしは親切なので、たくさん蹴りをいれてあげます。


 「こいつ……役にたたんだろ! 明らかに」

 「まあ役にはたたないでしょうねえ。ですよね?」

 「はい! わたしはなんの価値もないマゾ豚でございます!」

 「本人が言っているんだからまちがいないな」


 クムクムさんは、カボチャの種を指ではじいて口に入れます。


 「こんなやつ、わたしだったら絶対召喚せんわ」





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