「盗賊アイシャとただのしかばね」後編


 いまわたしの目の前にあるのは。

 ウルシでベトベトになった異世界人の即身仏。

 即身仏とは言っても、ようするに


 朝の紅顔は、夕には白骨になっている。

 と古代エルフの歌にあります。


 いわく


  朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり

  既に無常の風来りぬれば、すなわちふたつの眼たちまちに閉じ

  一の息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて

  集りて歎き悲しめども、更にその甲斐あるべからず


 そう、はるか古代のエルフは歌ったといいます。


 「いやあ、みんな死ぬものですねえ」


 わたしはただのしかばねに言いました。


 「そうさ……」


 即身仏から声がしました。


 「アイシャよう」

 「げっ」

 「お前もそのうちこうなるんだよ……」

 「わお」


 人はいつか死ぬ。

 聞き慣れた説教ですね。

 でもさすがに、カピカピの死体が言うと説得力があります。


 「おおっ、仏様がしゃべった!」

 「奇跡だ」


 信者たちが色めき立ちます。


 その瞬間、わたしはうしろに跳びました。

 わたしが天井を蹴り、着地の体勢をととのえると同時に、

 わたしのいた空間を、変態スピアが大きくなぎ払いました。


 「そうですね。千年もすれば、わたしも寿命が尽きるでしょうが……」


 わたしは着地して、戦闘態勢を整えました。


 「あんたのが先っすよ。あんた今日死にます。今日は死ぬのに良い日ですか?」


 わたしは両手で彼を指さします。


 「オーリス、それ死ぬやつですよ」


 即身仏の影から、変態スピアをかまえた男が姿をあらわします。

 種族はわたしと同じウッドエルフです。

 三つ編みにしたぼさぼさの髪と、骨ばった長い顔。


 「さすがに避けたか……」

 「いや、襲いかかるのにしゃべっちゃダメでしょ」


 わたしはもう一回両手で彼を指さします。


 「まあ、黙ってても避けましたけどね。息の音でバレバレです」

 「……」

 「まだわたしの教えた呼吸法ができないんですか」


 わたしはしゃべりながら、じわじわ後退します。

 そうしつつ、全身に隠した武器をさりげなく準備します。

 本来、殺すつもりなら、立て続けに責めてこちらの体勢を崩すべきなのに。


 「な、何者ですか。あなたは!」

 「侵入者だ!」

 「教会の刺客か?」


 信者たちが騒ぎ出しました。


 「……下がれ、お前たちに興味はない。俺の狙いはこの女だ」


 オーリスがわたしを指さします。

 信者たちの視線が一気にわたしにそそがれます。


 「あ、気にしなくていいっすよ。うちの盗賊団の内輪もめなので」

 「盗賊……?」

 「ええ、ご心配なく。ここにわたしが盗むべきものはないので」




 「説明は生き残った方がすればいいさ……」


 オーリスが変態スピアを構えながら、じわじわとすり足で距離を詰めてきます。

 他の信者たちはわたしたちからそそくさと離れました。


 「ジャグを殺したんですね?」

 「ああ、アイツの飼ってた虫を使ってな」

 「へえ。やりますね」

 「やつの持っていた薬品をべつのものにすり替えた。それだけだ。やつは自分の飼ってた毒虫に全身やられて死んだよ」

 「なるほど……80点あげましょう」

 「体型が似ていたべつの囚人を殺し、服や番号を取りかえ、発光カビの胞子を擦りつけてごまかした。お前のことだから遺品を回収したがるだろう。指輪を見れば俺が死んだと思う、まさにその通りだった。おれがさらに手下を殺しても、お前は教団に追われてると思いこんだ」

 「なるほど、あのウッドエルフは?」

 「とくに必要はなかったが、お前の手下の可能性があったから、念のため消した」

 「グッド、いい仕事です」

 

 わたしはオーリスを指さしました。


 「なんて……ひどい。どうしてこんなことができるの」


 信者の女性が青い顔で言いました。

 わたしはオーリスを指さして彼女に言います。


 「あ、こいつわたしに惚れてんですよ」

 「そ、そうなのですか」

 「団長のわたしがなびかないから殺そうと思ったんでしょう」

 「まあ……盗賊のみなさんも大変なのですね」

 「うちの盗賊団は恋愛NGですから!」

 「そうなのですか」

 「いいかげんなことを言うなああああああああああああ!」


 オーリスはぶち切れました。


 「そう怒らなくても」

 「べつの団員と逢い引きしてただろうがお前はああああああ!」

 「デートは良いんですよ」

 「ふざけるなあああああああ!」


 オーリスは変態スピアをブンブン振りまわします。

 うまく怒らせることができました。


 「逢い引きって、誰のことです? サラですか? アン? アリス? カロラインですか? クラリスにはまだツバつけてないし……、リネットは死んだし……」

 「新入りの女団員に手を出すのをやめろ!」

 「女の子は別腹なんで……団の結束も強まるじゃないですか」

 「何がだ! お前のその悪癖が……」

 「最近だとノエルちゃんが可愛かったですよ」

 「俺のノエルにも手を出したのかあああああああああ!!」


 オーリスはさらにぶち切れました。

 この男は感情的なのが最大の弱点です。


 「おっと、動くと死にますよ?」

 「なん……だと……?」

 「すでに罠を張りました」


 わたしは両手の指をあやとりのように動かしてみせます。


 「いま、わたしとあなたの間には、細い金属の糸がたくさん張られています」

 「なんだと?」

 「鋼糸です。ピアノ線とも呼ばれる。異世界の武器です」

 「ピアノ線……?」

 「下手に動くと、刃物みたいにスパスパ切れてしまいますよ?」

 「ばかな……そんな」

 「盗賊なら誰だって、隠し技のひとつはあるものですよ」

 「くっ……」

 「大人しくしていたら、命だけはたすけてあげます」


 オーリスはわたしをじっと見つめます。


 「ふむ、ウソだな」


 オーリスはずんずんこちらに歩いてきました。


 「あ、やっぱバレました?」


 わたしは投げナイフをオーリスの左目めがけて投げつけ、左手でもう一本投げます。


 「お前のウソのつき方にはクセがある」


 オーリスは難なく変態スピアでナイフを払いました。

 一本目の陰にかくした二本目も避けられました。


 「おまえの行動パターンは把握している!」

 「やっぱ惚れてんじゃないですか」

 「惚れてなどいない!」

 「愛ですよそれ」


 わたしは斜め後ろに歩きながら、円を描くように距離をとりました。

 距離を詰めようとするオーリスを足止めするため、両手の親指を使って、小さな鉛玉を何発も撃ち出します。

 これは指弾と呼ばれる異世界の戦闘技術でした。

 苦手ですが、歯を折ったり目をつぶす程度の威力はあります。


 「こんな時間稼ぎでどうにかできると思うか?」


 オーリスはわたしの攻撃をしのぎ、即身仏の影に隠れました。


 「ええ、できます」


 わたしは飛びこんで、即身仏を思いきり蹴りました。

 即身仏……まあ異世界人の死体ですが、

 死体はポーンとオーリスに飛んでいきます。


 「きょ、教祖さまあああああああ!」

 「仏様ああああああああああああああああ!」


 信者たちは悲鳴をあげます。


 「やっぱり死体にこだわるのって不健全ですよ!」

 「くっ!」


 即身仏アタックを受けたオーリスは、体勢をくずします。

 はじめてオーリスが受けに回りました。性的な意味ではありません。


 「作りだした幻想を崇めるのはいけませんよ!」


 わたしは即身仏をさらに蹴り込みます。

 即身仏の腕が折れました!

 わたしは折れた即身仏の腕をつかみ……。

 ブーメランのようにして投げつけます!


 「仏様のうでがああああああああああ!」

 「執着してはなりません!」

 「教祖さまの腕が!」

 「神にあったら神を殺しなさい!」


 「うぬうううう!」


 オーリスはウルシと死体の粉のついた顔に、憤怒の表情をうかべています。


 「死ねえええ! アイシャ!」


 オーリスは武器を振りあげます。

 その瞬間、

 ぴっ、と音がして、

 その腕から血が噴き出しました。


 「な、何をした?!」


 オーリスは状況が分からない様子でした。

 彼の腕は持ちあげたまま動かず、空中に固定されています。


 「貴様!」

 「だから言ったのに……」

 「うぐっ……」

 「ちゃんと警告しましたよ、ピアノ線の存在は。ウソつかないんですよね。わたし。ウソは一日百回までです」


 オーリスは腕を動かそうとします。

 わたしが空中にかざした手を引っぱると、オーリスの身体から血が噴き出します。

 わたしの指は指輪で保護されているので、切れることはありません。


 「異世界の武器……実在するとは」

 「即身仏を利用して糸をあなたの身体に巻き付けたのです……」

 「くっ……」

 「そんなことに即身仏を使わないでください!」


 信者たちが悲鳴をあげました。


 「俺の負けだ……さあ殺すがいい」

 「わかりました。さあ傷薬をどうぞ」

 「ぐわああああああああああああああああああ!」


 わたしがウッドエルフの死体からとった傷薬を投げつけると、

 その毒でオーリスは悶絶死しました。

 彼の手から毒の塗られたナイフが落ちます。

 最後まで油断ならないやつでした。




 こうしてわたしは生き残り、

 何も手にすることもなく教団を後にしました。


 崇拝する死体を失った教団は、

 より神秘主義的になり、

 ずっと座り続けたり問答をしたりする教義を開発

 その難解な教義はハイエルフたちの心をとらえ、

 さらに広まっていくことになりました。


 異世界人のもちこんだウルシの技術は、

 その後食器などに利用され、

 ウッドエルフの民芸品として、

 大量のおみやげを生産し外貨の獲得に貢献することになります。


 めでたしめでたし。

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