「盗賊アイシャとただのしかばね」中編

 「そうですか……彼は」

 「ええ、死のまぎわに、この薬品をわたしに託したのです」

 「痛ましいことです」

 「きっと強盗のしわざでしょうね。悪いやつもいるものです」

 「なんてむごい。殺して死体からものをとるなんて」

 「まったくですね! 死体からものを盗むなんて最悪ですね!」


 わたしは適当に話をあわせました。

 そうして、信者たちについて建物に入っていきます。

 教団の建物は、中に入るといきなり広間になっていました。

 木の床がしかれた大広間で、作業着のようなものをまとった信者たちが、足を組んで瞑想のようなことをしています。ざっと三十人はいるようでした。


 (戦闘になったらまずいな……)


 そう思いました。

 異世界の様式で造られた建物とはいえ、まさか、入ったらいきなり大広間とは思いませんでした。柱すらありません。

 もし敵対してしまったばあい、周囲の信者たちに一気に囲まれてしまうでしょう。

 障害物のないこの空間では、彼らの変態スピアは真価を発揮するはずです。

 防御施設としてはふつうない構造です。もっと迷宮のような構造を想像していたので、かなり頭に描いていたプランを修正しなければなりませんでした。

 そのころのわたしはまだ盗賊としてレベルが低かったといえます。

 空気の流れや音の反響などから、建物の構造を知る能力を、わたしが覚えるのは、もっとあとのことでありました。




 「死んだ彼のことはとても残念です。虫も殺さない人だったのに」

 「虫も殺さない?」

 「ええ、殺生はなるべく避けるのが我々の本義です」

 「彼は戦闘員だったんじゃ?」


 わたしは多少踏みこんだ質問をしました。

 信者のひとり、ハイエルフの女が振り返り、わたしをじっと見ます。

 ちょっと踏み込みすぎたかもしれません。


 「あ……つまり、危険な任務を?」

 「いえ、彼はあくまで秘薬を運ぶのが仕事です」

 「鎧を着ていたから、てっきり戦士かと」

 「いえ、ただ身を守るためだけです。戦いは避けていたはずです」


 どうも腑に落ちませんでした。

 わたしは彼に追跡されていると思っていたのです。

 教団を調べ始め、手下のジャグとオーリスがやられた時から、何者かに監視されているのは間違いありませんでしたし、続けてべつの手下が殺されもしたのです。

 だから、わたしはこの教団がきわめて攻撃的だと思っていたのです。

 しかし、変態スピアや砂の庭はともかく、信者たちは思ったより平和的です。

 こちらを警戒する様子もあまりなく、お人好しな印象でした。

 戦闘スキルも明らかにありません。

 わたしが全身に小型武器を隠していることも、いつ斬りつけられても回避できるように位置や姿勢に気を配っていることも、まるで見抜けない様子でした。


 「なんにせよ。あなたはとても重要な役割を果たしてくれました」


 そういって、彼女はわたしから薬液の入ったビンを受けとりました。

 

 「この秘薬で、ついに秘術が完成するのです」

 「秘術とは?」

 「異世界から現れた賢者がもたらした秘術です。肉体の不滅化です」

 「異世界の秘術!」


 わたしは思わず興奮しました。

 まさにこれがわたしの狙いだったのです。

 彼女らはわたしの反応を、自分たちの教団に対する興味だと思ったようでした。

 おそらく新しい信者候補だとでも思ったのでしょう。好意的な反応を見せました。


 「よろしければ、わが教団の秘術をご覧になっていくと良いでしょう」

 「えっ、いいんですか? そう簡単に秘宝を見せちゃって良いんですか!」

 「ええ、もちろん」


 彼女らは手招きし、わたしを広間の奥に導きました。

 紫色の布が天井から垂らされ、空間が仕切られています。

 ハイエルフの信者はその布に手をそえ、おごそかに語りだします。




 「わが教団は、異世界から現れたヒューマンの賢者によって創設されました」

 「ヒューマンって……あの古代種ですか」

 「ええ、目をうたがいました」

 「あの、耳が丸いヒューマン?」

 「ええ、ほんとに耳が丸いのです。伝説のとおり」

 「クマみたいに?」

 「貝の内臓みたいな耳です」

 「うわあ……」


 彼女とわたしは、それぞれ自分のとがった耳を引っぱってみせました。

 ヒューマンは、とうに滅んだ古代世界の種族です。

 ヒューマンは耳が丸く、雑食で、寿命が短いとされています。

 伝承のなかに出てくる存在ですが、異世界からしばしば迷い込む、あるいは呼び出されることがあり、存在そのものは否定されていません。

 まあ、火を吐くドラゴンなどよりは現実的な存在です。


 「異世界からきたヒューマンの賢者ですか……」

 「召喚されたのです。異世界召喚です」

 「そんな危険なことをしてるんですか」

 「私たちが呼んだのではありません。異世界の賢者を呼びだしたのはどこかの在野の召喚士です。私たちはただ、異世界人の教えを受けただけです」

 「その召喚士は?」

 「異世界人を放ってどこかに行ったようです」


 そのころ、異世界から生物や物体を呼び出す異世界召喚は、かなりうさんくさく危険なものでした。まるで規制されておらず、技術も未熟だったのです。

 戦争が終わって在野になった多くの召喚士たちは、そこらじゅうで異世界召喚の実験をくり返していました。


 彼らの召喚術は、しばしば……

 上半身だけ召喚してしまったり、

 かべの中に異世界人を具現化して「かべのなかにいる」にしてしまったり、

 内臓をもとの世界に置き忘れてしまったり、

 とにかく悲惨な結果をもらたし、

 生きてこの世界の土を踏める異世界人は三割ほどでした。

 うまく召喚が成功しても、

 役に立たないと判断されてそのまま放逐されて死んだり、

 あるいは異世界のアイテムだけ召喚士に奪われて死んだり、

 とにかく悲惨の一言でした……。


 つまり、むちゃくちゃだったのです。

 召喚の成功率を上げるための建築物や、異世界人のあつかいを定める地位協定や、異世界召喚の法律的な手続き、召喚後の健康管理などが整ってくるのは、もっと先のことです。

 わたしが盗賊から足を洗い、ヒューマンとともに旅したりするのは、さらに先のことです。




 「そのヒューマンは、どのぐらい生きたのですか?」

 「三年ぐらいですね」

 「三年!」

 「そのあいだ、わたしたちに教えを広め、教団を拡大しました」

 「長生きですね、異世界人にしては!」

 「ええ、奇跡的です」


 そう、異世界人はすぐ死ぬのでした。

 そのころ、こちらに来た異世界人の死因トップは病死でした。

 ちょっとケガしただけで傷口が腐ったり、

 蚊に刺されただけでウッドエルフ赤斑病にかかって全身が腫れて死んだり、

 コボルト風邪が重症化してそのまま死んだり、

 ……そう、彼らはこちらの世界の病気に耐性がなかったのです。


 「ですが……ただ死んだのではありません。彼は……」

 「どうしたのです?」

 「死期が近いことを悟り、われわれに異世界の秘術を伝え……そして!」

 「そして?」

 「仏様になったのです!」

 

 彼女はそう言って、布をばっとめくりました。


 「げっ……げええええええええ!」


 そこにあったのは……。


 たくさんのロウソクがささげられ……、


 美しい刺繍の入った法衣をまとい……


 ていねいに祀られた……、


 足を組んで座る……、


 つやっつやの……、


 「異世界人の死体だああああああああああ!」


 わたしは叫びました。

 目の前にあったのは、かぴかぴに乾いていて、しかもなぜかツヤがかった、異世界人の死体でした。

 死体というか、干物って感じです。


 「なんで異世界人の死体をおがんでるんですかあなたたちは!」

 「死体じゃありません!」

 「じゃあ干物ですか!」

 「干物じゃありません!」

 「じゃあなんですか! これは!」

 「即身仏です!」

 「そくしんぶつ?」

 「そうです! この異世界からやってきたヒューマンは、我々の世界で即身仏、つまり霊的な本尊と化したのです! これこそまさに異世界の秘術! 肉体の不滅化なのです!」


 そう彼女は語ります。

 そのハイエルフにしかみられない深い青色の目には、いまやたしかな狂気の色が宿っていました。


 「肉体の不滅化って……」

 「すぐに朽ちるヒューマンの哀れな肉体が、このあたりの気候の中でも朽ちず、こんなにはっきりと形を残しているのは、まさにこの賢者の霊力と……」


 そう言いながら、彼女はわたしが持ってきたビンを開けて、

 中身を死体……じゃなかった即身仏とやらにぶっかけます。


 「この異世界の技術で加工した塗料のおかげです!」

 「何ですかその塗料は」

 「うるしという技術です。美しい塗膜を作り、腐敗を防ぐのです」


 彼女はハケでウルシとやらを即身仏に塗りたくります。


 「あとは、これに金箔を貼れば、本尊が完成します!」

 「はあ」

 「異世界の秘法です!」

 「なるほど」

 「この異世界人の即身仏の加護で、わが教団はこの大陸じゅうに仏教を広めることができるでしょう!」

 「ブッキョー?」

 「われわれに伝えられた異世界の宗教です」

 「それって邪きょ……あ、いや、まあいいのですが……」


 わたしは死体を前にして全身脱力していました。

 期待していたお宝や知識と、まるで違ったものがめのまえにあったからです。


 「は、はははは……」


 即身仏? ウルシ?

 こんなの、ただのしかばねじゃないですか!

 さっきのウッドエルフの死体と何も違いませんよ!

 こんなもののために、わたしは優秀な手下を四人も失ったのですか!

 泣きますよ!

 泣きそう!


 ……とりあえず。

 わたしは、部族の風習にしたがい、トクタクを行うことにしました。

 目の前のしかばねに話しかけることにしたのです。


 「いや~、大変ですね。異世界からやってきたお方、大活躍っすね……」


 ただの習慣のつもりで、わたしはそうしたにすぎませんでした。

 

 「ヒューマンを見たのは初めてですが、カピカピですねえ……」


 それはただの無意味な言葉でした。


 目の前のしかばねから返事がかえってくるまでは。

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