ファンタジー短編集 『異世界残酷物語』

まくるめ(枕目)

盗賊アイシャとただのしかばね

「盗賊アイシャとただのしかばね」前編

 「ぶきや、ぼうぐは、そうびしなければ、いみがない」


 ……と、いうのはエルフに古くから伝わることわざです。

 使えるものは生きてるうちに使っておけ、という意味です。

 死んでしまったら、どんな武器や防具や道具もぜんぜん役に立ちません。

 物惜しみせずに今の最善を尽くせということですね。


 「……と、いうことなんですよね」

 「……」

 「あはは、もう言ってもむだですね」

 「……」

 「うかつに兜を脱ぐなんて、自殺行為ですよん」


 そう言いながら、わたしは足元に転がった鉄の兜を蹴とばします。

 この兜の持ち主は、わたしの目の前で死んでおられます。

 わたしを長いこと追跡してきた方でした。

 彼は大きなアカバコクタンの若木にもたれて息絶えていました。

 この木にとっては運のよいことです。

 くさったしたいになった彼の汁を吸収して、この木は大きく育つことでしょう。

 いいことです。

 このあたりの土が肥えます。すべてよし。

 今日は彼にとって死ぬのにいい日だったはずです。

 この世のすべてはすばらしいのです。




 彼は同族でした。

 長い耳と細く筋肉質な手足、緑がかった黒髪、まだ乾いてない血。間違いなくわたしと同族、ウッドエルフと呼ばれる種族の者です。

 彼の頭には、矢が深々と突き刺さっていました。

 矢は耳の下を貫通していました。あごの継ぎ目の、わずかな隙間です。おそらく即死です。それなりに力量がなければ、矢で狙える場所ではありません。

 こうして「ぼうぐのそうび」を怠ったばかりに、わたしの追っ手さんは死んでしまったのです。

 問題なのは、殺したのがわたしじゃないってことなんです。

 もう一人、誰かがいるのです。

 別の何者かがわたしを追っているのです。

 その人物の目的がわたしの追跡なのはおそらくまちがいありません。

 わたしが今いるこの森は、誰も近づかない土地だからです。

 集落からも遠く、通り道にもならない山のふもとの樹海です。

 狩人だってここに入り込むはずはありません。

 なぜなら、獣たちもこのエリアを避けるからです。

 近づくのはわたしぐらいです。

 



 わたしは死体にはなしかけます。


 「兜かぶっておけばよかったですね。もうむだですが」


 わたしは子供に目線を合わせるようにかがんで、死んだ同族に言います。

 わたしが死体に話しかけているのは、べつに愛とかではありません。

 かといって、へんじがないことによってただのしかばねであることを確認するためでもありません。

 友達がいないからでももちろんありません。

 まあ、友達はあまりいませんが……。

 それはとにかく。

 話しかけているのは、ちょっとした魔除けです。

 ウッドエルフの信仰では、死んだ者は土地の精霊により導かれて、その死者の親族の霊が集まった大霊オーバーソウルのもとに至ります。

 それから部族の大霊に会い、つぎにすべてのウッドエルフの大霊に会い、そしてすべてのエルフ種族全体を総べる大霊に会い、すべての背骨のある動物の大霊に会い……という旅を巡ります。

 ……あ、迷信だと思ってます?

 迷信じゃないですよ。

 われわれウッドエルフに伝わる、聖なるキノコを食べる夜通しの秘義を行えば、これとまったく同じ体験をしますから。

 それはそれとして。

 孤独に死んだ者や戦死者は、この旅路に向かう時に迷ってしまうとされています。

 迷った死者は、近くにいる者に悪霊やささやき声となってとりつき、あらゆる不運や病気を呼び寄せるとされております。

 そうならないためには、トクタクを行う必要があります。

 死者にまだ生きているかのように話しかけたり、死をからかったり。こうすると死者はまだ自分が生きているとカン違いしたり、混乱したりするので、とりつかれるのを避けられると信じられています。


 「こういうジンクスも、わりと必要なんですよねえ」


 だからわたしは、ただのしかばねに話しかけていたのです。

 まあ、完全に信じてるわけじゃないんですが。

 でもね。

 わたしがトクタクをやってるのをバカにしていたわたしの手下は、みんな死んじゃいましたから。

 十三人いたわたしの直の手下のうち、四人はもう死んだのを確認したのですが、彼らはみなこれをやりませんでした。

 死んだわたしの手下の中でも、とくに蟲使いのジャグと、それから脱獄のオーリスと呼ばれていたふたりの同族の死に方はすさまじいものでした。

 ジャグは自分が操っていた毒蟲に刺されて全身をかきむしりながら狂死し、オーリスは結核のような症状が出たあとすぐに、全身が発光カビにおおわれ、緑色に光りながら死んだといいます。

 いずれも獄中死でした。


 「おまじないで退けられるのは不安なのです。つねに冷静でいないといけない時に、心にざわつきがあってはならないのですよ」


 わたしはそうしかばねに話しかけます。

 もちろん返事はありません。

 あったら困ります。

 トクタクの最中に死体が返事したら、それは死を意味するとされています。

 わたし、ゲンをかつぐのです。

 いちおう盗賊ですから。

 それに、これから死体を調べますからね……。

 



 彼が腰に結わえた道具袋には、ガラス瓶が入っていました。

 なかには薬らしき赤黒い液体が入っていました。

 どんな薬かはわかりません。薬なのはおそらく確かでしょう。「?薬」って感じですね。ごく微量を舐めてみましたが、毒入りの酒みたいな風味でした。

 よくわかりませんが、いちおう手に入れておきます。

 それから、小さなガラスの箱。

 中には鮮やかな黄色の液がしみこんだ布が入っていました。


 「おお、いいもん持ってんじゃないですか」


 わたしはガラス箱を自分のふところに入れました。

 これは戦闘用の傷薬です。

 傷薬といっても、実際にはヘビの毒です。

 ウッドエルフの支配する森のはるか南にある砂漠地帯、そこに住む蛇の毒です。

 この毒は一瞬で血液をぷよぷよの樹液みたいに固めてしまうのです、グラス一杯の血に垂らせば、すぐに血がニカワみたいになります。

 浅い傷に軽くまぶせば一発で血が止まります。

 地獄のような痛みがともないますが、戦闘中でも傷はすぐふさがります。

 いい薬ですよ。

 そんなわけで、傷薬ゲット。

 ……。

 え?

 ひどい薬だ?

 ……そりゃあんた、戦闘中に一発で傷をふさげる薬なんて、そうそうあるわけないじゃないですか。無茶なもんに決まってますよ。

 ちなみに深い傷にこれを使うと、固まった血が血管に入り込んですぐ死にます。



 

 死体からは有力な情報は得られませんでした。

 目立つポケットから砂金が見つかったし、彼が身に着けていた金の指輪も手つかずだったので、少なくとも物取り目的はないでしょう。

 指輪や砂金はもちろんもらっておきました。

 わたしたちウッドエルフはもともと定住しない民族なので、いつでも動けるようにお金は貴金属や宝石にかえて身に着けておきます。

 ようするにいつでも夜逃げしたりできるように、です。


 「じゃあ、わたし行きますね! ゆっくり死んでてください」


 わたしは死体に別れを告げて、彼がくれた金の指輪を身に着けます。

 ザクロ石のついた男物のおおきな指輪で、親指でないとはまりませんでした。

 持ち主が死んだ指輪は、死を回避するというジンクスがあります。

 死んだ手下たちの指輪も、わたしの左手で光っています。

 さすがに遺品を監獄から盗むのは苦労しました。



 

 われわれが追われる身になったのは、数か月前のこと。

 わたしたちが、ある教団のもつ秘宝に目をつけたからです。


 その教団は地下宗派で、おもに裕福なエルフの子弟を勧誘していました。

 とくに都市に住む教養のあるハイエルフたちを強くひきつけているようです。

 彼らの秘宝は「特別な偶像」で、それは強い権威を教団に与えているようです。

 またその教団の「秘密の液体」が肉体の不滅をもたらすとのこと。

 いかにも魔法好きのハイエルフが好みそうです。

 つまりカネになりそうです。


 とはいえ、それが正確になんなのかはわかりません。

 しかし、持ち主たちがそれを守ろうとしていることはまちがいありません。

 なにしろ、それについて調べただけで、調査の任にあたっていたわたしの部下を殺すほどですから。

 一種の警告だったのかもしれませんが、それでわたしは、むしろこの盗みクエストの遂行を決意しました。人を殺すぐらいの価値はあるはずだからです。

 まさか、わざとけんか騒ぎを起こさせて獄中に潜入させたジャグとオーリスを、あっさり消してくれるとは思いませんでしたが。

 獄中に潜入して狙った囚人を殺す、簡単ではありません、高い暗殺技術です。

 まるでわたしのように優秀です。


 わたしは調査を続けました。

 結果、その財宝が、異世界の技術で作られたアイテムらしいことがわかりました。

 おそらく、何らかの現実的な効力があるものでしょう。

 異世界から異世界人がもちこんだアーティファクトや知識には、しばしば信じられないほど高度な技術や効果があります。

 それらはわたしたちの目には、しばしば霊的に映るのです。




 教団の本拠地は、森の奥にある奇妙な建造物でした。

 それは木でできた左右対称の建物で、一階建ての平べったい形をしていました。

 入り口は中央で、庭のようなスペースをはさんで木の壁に囲まれています。

 奇妙なのは屋根で、平べったい陶器のようなものを重ねてつくられていました。スケイルメイルと呼ばれる金属鎧に似ています。

 見たこともない建物でした。

 おそらく、異世界の建物をまねしたものでしょう。

 それなりに高度な木工技術で作られているようでしたが、ところどころウッドエルフの技術で補修されているのが目につきました。おそらく、異世界の技術を再現しきれなかったのです。しばしばあることです。


 「んー……」


 わたしは唸りました。

 もちろん、この建物をどう攻略するか考えていたのです。

 破壊するだけなら燃やせばいいのですが、今回はお宝のゲットです。

 侵入しようにも、異世界の建物なので、中の構造がよくわかりません。未知のトラップがある可能性が高いのです。

 じっさい、建物の前にある庭のようなスペースが異様でした。

 庭と言いましたが、じっさいには白い砂が敷かれているのです。

 そしてその砂に、畑のうねのような模様がいちめん作られているのです。


 (あれは間違いなくトラップの一種……)


 と、わたしはその「砂の庭」を見て思いました。

 砂についた模様は、おそらく農具のようなものでつけたものです。そしてこれは、侵入者の痕跡を残させるようにする防御術とみて間違いありません。

 砂の庭に足跡がついていれば、侵入をすぐに見抜けます。

 ウッドエルフの無音歩行技術を使っても、ハイエルフの高度な魔法で姿を消しても、この砂でできた庭をあとを残さず突破することは難しいでしょう。

 なかなか考えたものです。

 そのわりに、中央には丸い石が敷いてあって、ふつうに入れそうですが、おそらくこれもトラップ、決まった石だけを踏まないと罠が発動するはずです。


 (異世界の防衛設備……)


 しばらく見ていると、奇妙な武器で武装した三人の信者が、あたりを警戒していました。


 (うわぁ……ヤバいっすねあの武器)

 

 異世界の武器です。

 それは見たこともないものでしたが、ヤバいのは一目でわかりました。

 長い棒の先に、金属の曲刀がついた武器です。

 スピアに似ていますが、おそらく曲刀で切りつけるためのものです。

 形態が変わったスピアなので、とりあえず変態スピアと呼ぶことにします。

 おそらく、体に引き寄せるようにかまえて、体ごと回転させて斬撃をくりだす武器のはずです。円の動きをする刃は、達人であれば予測の極めてむずかしい攻撃を達成するでしょう。

 密林のような場所ではうまく使えないでしょうが、彼らの建物は見通しがよく障害物が少ないです。金属鎧なら防げるでしょうが、盗賊のわたしは最低限のレザーアーマーしか装備していませんでした。

 わたしの手持ちの武器は、小型の弓と短刀、それから投げナイフだけです。

 あの変態スピアの間合いで囲まれたら死にます。

 のちにその変態スピアはナギナタと呼ばれていることを知ることになりますが。

 

 (のんびり観察するわけにはいかないですね……)

 

 こういう場合、根気よく観察して攻略法を見つけるのがいいでしょう。

 しかし、その選択肢は選べません。

 わたしには未知の追っ手がついています。

 追っ手の詳細は不明ですが、この教団の関係者である可能性はきわめて高く、彼がどこにいるかもわかりません。

 のんびり野営でもしようものなら、教団に情報が伝わり、山狩りにあう可能性もあります。

 あるいはもう伝わっています。警備の人数からして、可能性は半々ですが。

 わたしは賭けに出ることにしました。


 「どうもどうも」


 わたしはアーマーと武器を目立たないように隠し、お手々をふりふり、正面から建物に近づいていきました。


 「じつは、あなたがたのお仲間から伝言を託されていまして」


 警備の信者たちは、すこし戸惑ったようですが、強い敵意は見せませんでした。

 よし!

 こいつらはわたしのことを知りません。

 情報が伝わる前に中に入る、速攻を選びました。

 これは賭けでしたが、最悪、三人なら変態スピアの間合いにはいる前に弓で射殺せる自信はありました。四人以上いたら迷ったと思いますが。


 「これを渡されたのです」


 わたしは、死体から盗んだ液体のビンを見せました。


 「おおっ! 秘薬!」

 「ついに」


 信者たちは色めき立ちました。

 どうやら成功です。


 「どうぞ中へ!」


 彼らはあっさり中に入れてくれました。

 信者たちの顔ぶれを見ると、どうも、お人よしっぽい人たちです。

 動きからしても戦闘スキルはありません。

 

 「ご親切にどうもどうも」


 わたしは信者たちと全く同じように石を踏んで、中に入りました。

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