最終話 俺を呼び名で言う彼女は、嫌いじゃないかもしれない。
曇りがちな空は、今すぐにでも雨が降りそうなほど、澱んでいた。
俺は病室で上半身だけ起こしつつ、ぼんやりと窓を眺めていた。
と、病室の扉をノックする音がした後、白髪交じりの刑事と若い刑事が入ってきた。
二人の刑事は、俺がいるベッドのそばにある丸椅子に座った。
「気分はどうだ?」
「まあまあですね」
「そうか。それはよかった」
白髪交じりの刑事は口にすると、窓の方へ視線を向けた。
「夕方には雨が降ると天気予報では言っていたな」
「そうなんですか?」
「ああ。まあ、入院している君にはあまり関係ないことだが」
「いえ、こうして窓から眺めている風景の天気によって、気分が変わるものです」
「そういうものなのか?」
白髪交じりの刑事が言っていると、若い刑事が潜ませた声をかけていた。
「そういえば、高塚志乃がようやく犯行を自供したよ」
「そうですか」
「五日間ぐらいだったかな。ずっと黙秘を貫いていたんだが。君が意識を取り戻してから、急に自供をし始めた」
「そうですか」
俺は何事もないかのようにうなずく。
「それで、桜井の妹は」
「ああ、彼女の方は憔悴しきっていてね、まだ事情聴取できるほどではなくてな」
「そうですか」
「まあ、無理もない。味方だった君を刺してしまったのだからね」
「やはり、彼女をあの場に呼んだのは間違いだったのでしょうか?」
「警察としては、一般人に余計なことをしてもらいたくなかったと言いたいけどね」
「ですよね。でも、俺としては、彼女の、『先にわたしの前に来て、犯人だって、名乗りを上げてほしいです』っていう望みを少しでも叶えたくてですね」
「そういうことは、今後二度とやらないでください。下手すれば、命を落とすところだったんですよ」
「すみません」
若い刑事に強い語気で言われ、俺は軽く頭を下げた。白髪交じりの刑事が、「まあまあ」と若い刑事の肩を叩く。
「まあ、わたしらとしても、君に高塚志乃が逃げられたことを電話で伝えたのは、まずかったと思っている。すまない」
「いいえいいえ」
「ところで、前の話で、学校を休んだ理由と怪しい人物というのは、どちらも高塚志乃ということなんですか?」
若い刑事の質問に、俺はゆっくりとうなずく。
「シノは、何と言いますか、自分のことが上手くいかなくなると、どんな手段でも排除しようとしますから」
「それで、嫌われていた高塚志乃から逃げるために、学校を休んだと」
「よくご存知ですね」
「一応、事情聴取の中で、君のことを伝えたところ、『トモくんは嫌いですから』と言っていましたから」
若い刑事の声に、俺は思わず吹き出してしまった。
「どうしたのかね?」
「いいえ。その、やっぱり、人間はうそをつく動物なんだなと思いまして」
俺は口にしてから、頭を枕の上に埋めた。
二人の刑事は何なのかわからないような表情をしていた。
別にわからなくてもいい。
俺は内心で、シノや桜井妹の心配をしつつ、退院したら、会いに行こうと決めた。
彼女は本当に俺のことが嫌いなのだろうか。 青見銀縁 @aomi_ginbuchi
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