第13話 いつか終わるその日まで
それから数日して、怪我から回復した勝巳は、ADAMASTORを訪れていた。
いつものようにアルカナを当てて、最奥の部屋に通される。
そこでは、にやにやとした笑みを口の端に乗せた、店主が待っていた。
「よう勝巳、元気だったか」
「ええ、どうにか」
それきり、特に話すことも無いので、お互い黙っていた。
「そういえば」と勝巳が突然話し出す。「僕、Mr.フェンスターに誘われたんですよ。那由他記室委員会のエージェントにならないかって」
「それは凄い。あれのエージェントに誘われることなんか、滅多にないことだ」
「断りました。僕は、魔術師になりたいわけじゃない」
「そうか!」
と店主は爆笑した。
「面白いヤツもいるものだ。会えた僥倖に感謝しよう」
それから、ふと考えて、
「勝巳、もしかしたらお前は、俺の後継者の一人になりうるかも知れないな――」
珍しく真剣な口調で言った。
その時だった。まったくの虚空から、突如として腕が出現し、彼をぶん殴ったのだ。勝巳は驚いて、げっと思わず叫んでしまった。
その腕を、彼は何度も見たことがあったのだ――。
「……ッァ!」
ぎっと歯を食いしばると、店主は再び、いやらしい薄笑いを浮かべた。
「そうか、そうかい、友情ってのは素晴らしい、本当に素晴らしすぎるものだ」
「皮肉ですか」
勝巳は、泣きだしそうな声で言った。
アイツは、まだ自分のことを、友達として思っていてくれるのか。陰から見守っていてくれるのか。
「いいや、どうしようもないくらいの羨望、だ」
店主は眼前の書類に片端から血で
「これは――?」
英語で書かれているが、字が汚すぎて全然読めない。のた打ち回る蛇のような筆跡だった。よく見れば、左右と上下がひっくり返った筆記体で書かれていた。
「彼の存在を公に俺が記録した――いわば戸籍書類だ。渡した先が天界寄りの思想団体だったら、それは指名手配書になるだろうし、魔界寄りだったら
勝巳は冷め切った紅茶をすすって、その書類を眺めていたが、
「アイツは、結局、僕のために失敗して、人間じゃいられなくなった。僕は彼のために成功して、人間でいなきゃならない――そう思うんです。だから、僕はこれを自分で持っています」
彼は低い声で術式を詠唱し始めた。簡単な術式だった――紙上の情報を肉体へと、呪的に書き写すための。
ほんのりと文字が光を帯びると、すっと紙から浮き上がり、勝巳の口の中へと次々入り込んでいった。最後の一文字を呑み終えると、勝巳は小さく喘いだ。異物を飲み込むというのは、楽な作業ではない。
「損な性格をしているな、お前」
店主はそう言って、呆れてしまったようだ。
「それで彼はお前だけの悪魔になったが、存在が広まれば、お前を殺してでも、
「それは、それまでですよ」
勝巳は椅子から立ち、部屋を出て行こうとした。ガキが妙にませやがって、と店主は小ばかにして笑った。だが、声は明らかに彼という人間を、面白がっていた。
「そういえば」
大きな扉を開けながら、勝巳は言った。
「僕、アイツに最後に何ていうつもりだったか、分かりますか?」
その最後とは――隆が悪魔化する以前、そこそこ平凡だった生活の中でのひとときを指していた。
勝巳が死ぬことを覚悟していた時に、隆に言いたかった事だった。
「分かるさ、分かるとも。――言おうか、俺が?」
自信たっぷりに、店主は嗤う。
「いえ、やっぱり、僕が言いますよ。僕が一番言いたかったんだから」
やや乱暴に扉を閉じた後、扉にもたれたかと思うと、勝巳はその場に力なく座り込んだ。膝を抱えて、そして、カウンターの方を見上げた。
ランプが灯って、オカルトな品々を照らし出す中に、異様なほどの気品をたたえて、シンはカウンターに腰掛けていた。絶対と絶頂が織り交ざったかのように、堂々と美しかった。
「シンさん――僕は」
すがるように差しだした手を、彼女はカウンターから降りて、そっと手の平で包んだ。
「彼はあなたの側にいる。言えば、届きます」
「ありがとう、シンさん」
勝巳は片手で両目を押さえた。今の感情を見られたくは無かった。だから、そうするのが一番いいと思ったし、彼女も別に咎めたてはしなかった。
彼は極力、感情を抑えて言った。
泣き喚けば、きっとアイツに笑われる。
今は気配は感じられないが、必ず近くに、隣にいるのだから。
「僕は、アイツにずっとずっと、いつか終わるその日まで、言っていたかったんです。――『じゃあな、また明日』って」
END
また明日 2626 @evi2016
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