第2話 夢のはじまり

 根の国って、ご存じだろうか?

 そう、『日本書紀』や『古事記』といった日本神話に出てくる理想郷ユートピアの事である。

 太陽神アマテラスや月神ツキヨミの実弟である天候の神スサノオが、最終的に落ち着いた世界の名である。

 スサノオは、アマテラスの治めている天界である高天原を荒らし、(姉のアマテラスと賭けをし、それに勝ち、酒に酔った勢いで、高天原を魔界となる一歩手前まで荒らした。)現世界へと落され、暗黒龍神八岐大蛇やまたのおろちを成敗し、生贄となっていた稲田姫を助け、その姫と共に(なんとなく、ドラゴン・クエストのストーリーに似ている。)根の国へと、旅立って行く。・・・のであるが、その前に八岐大蛇を成敗した直後、八岐大蛇の尾を切り離したその尾の斬り口から『叢雲の剣』(ロトの剣のような最強の剣のこと。後の神剣『草薙の剣』。)を取り出し、姉のアマテラスに捧げた。

 その後、オオクニノヌシノミコトから国譲りが行われた際、アマテラスからニニギノミコトに全権の証として、『叢雲の剣』を譲渡され、景行帝の世にヤマトタケルノミコトによる東夷征伐の際、ヤマトタケルノミコトが暗殺者の策にかかり、炎の葦原から救われたのが、神剣『叢雲の剣』を所持し、携帯してたからと言われる。

 それ以降、『叢雲の剣』は『草薙の剣』呼ばれるようになった。

 この神剣は、今どこに在るかと言うと、海底に沈んでいる。

 平家と源氏の最終決戦である【壇ノ浦の戦い】に於いて、源氏の捕虜になることを拒んだ平家の女房たちが、平家の血を引く幼帝と共に海に身を投げたのである。

 その際に幼帝が、死者の国に於いて真の帝であることを証明の証として、三種の神器(勾玉・銅鏡・剣)を身にけたまま、海底に沈んで行ったのである。

 今の天皇家の神殿に奉納されている三種の神器は、伊勢神宮に奉納されている三種の神器の複製レプリカなのである。


 前説はこの辺にして、本編の方へ移ります。


 根の国の異変の情報が高天原神界にもたらされたのは、太陽神アマテラス月神ツキヨミが現世界に転生してから、五年の月日が経ってからである。

 根の国は、天候の神スサノオが治めている自然豊かな世界。その世界が寒風が吹き荒れ、地は枯れ果て、海は氷原に変り果て、空には暗黒太陽が輝く魔界へと変貌してしまったのだ。

 高天原の神々は、その世界の変貌に暗黒魔龍神八岐大蛇やまたのおろちの復活の息吹を感じ、現世界に転生した太陽神と月神を守護のためと、八岐大蛇を再び封ずるために、八人の龍神騎士の魂を現世界に下せり、生死の境を彷徨っている八人の幼子の魂と融合させた。

 だが、八人の幼子のうち、ひとりの女の子の魂はこれを拒否をし、冥界へと旅立ってしまった。

 その拒否された龍神騎士の名は、ウズメである。

 ウズメは自分を受け入れてくれる者を待つことに決め、猫と言う愛玩動物の体内に入った。

 人間の感情を持った仔猫が誕生した。(なんか、怪談に出て来そうな感じ。)


 それから十数年の時が流れ、龍神騎士として転生した七人の幼子は、高校生として、青春を謳歌していた。

 

高原翔たかはら しょう(17)と同じ高校の同級生である菊池景きくち けい(17)は、半年ほど前から、現実に近い夢にうなされていた。

 その夢とは、北関東にある勾玉のような地形の湖の湖岸で、ムカデの怪物と戦うという、ありそうでなさそうな、現実離れをした夢だった。

 そもそも、地形が勾玉のような湖があるということも、妖しかった。

 「勾玉の地形した湖は、実際にあるよ。僕が知っている限りは、赤城山の三つある火山口跡の湖のひとつだ。」

 と、地学の教師は地図を広げて言った。

 「でも、夢はあくまで夢でしかない。ネット・ゲームのやり過ぎだろう。ゲームはほどほどにな。」

 と、地学の教師はにやにや顔で、つけ加えた。

 翔と景はとにかく、毎晩のように繰り返される夢の真相を確かめるべく、地学の教師が教えたくれた場所へと、出かけることにしたのである。


 初夏のある休日。

 あかりほのかは、名も無き山の中の神社の境内を巫女の姿で掃除をしていた。

 陽は竹箒で、境内の隅々まで掃き清め、神殿内は、月が隅々まで雑巾がけをしていた。

 陽はこの季節が、大好きだった。新緑の隙間から木漏れ日が心地良く差し込み、太陽の優しさを感じられるからである。

 と、言っても、太陽神の化身だからでなく、人間の一女性の感想である。

 神界で太陽神のお仕事をしているよりは、こうして、肉体の身体を持ち、好きなように動き回れることの方が、陽にとっては幸せを感じていた。

 月は大好きな姉と一緒に居られるのがとても嬉しく、こうして、なにかを一緒することが楽しく感じていた。(月神のお仕事は日没からなので、太陽神と入れ替わりとなる。太陽神と月神が顔を合わすことは、まれである。)

 と、言ってもふたりとも、神である記憶は魂に封印しているので、ふたりの普通の女性なのである。普通に恋をし、普通に結婚をし、普通の女性の人生を歩むだけである。


 お昼近くなる頃突然、漆黒の黒雲が現れ、晴天の空を覆ってしまい、暖かった南風からすべてのを凍らせるような極寒の北風へと変わってしまった。

 そして、夏に近いというのに、白い六角形の冷たい雪が降ってきた。

 「不吉な・・・。」

 と、陽は空を見上げた。

 「おねぇ、大変よ。龍神騎士の勾玉が突然、輝きだしたの!」

 と、月が神殿の欄干に出て来て、境内の御神木の近くにいた陽を呼んだ。

 陽は、月の狼狽うろたえたような声に応えるかのように、神殿内へと入って行った。

 祭壇の御神体である銅鏡の前に長方形の宝石箱が祭られている。その宝石箱の中に、それぞれの龍神騎士の神力を封印した勾玉が入っている。

 「あたしが、祭壇近くを拭き掃除をしていたら突然、箱の蓋が開いたの。箱の中を恐る恐る覗きこんだら、紫色の勾玉が輝いていたの。」

 と、月が陽に困ったような顔をして言った。

 「・・・紫白龍しはくりゅうの勾玉が覚醒を始めている。」

 ウルトラマンのカラータイマーのように点滅しながら輝いている紫色の勾玉を陽は、冷静な瞳で見つめながら言った。

 その勾玉の輝きに応えるかのように、御神体の銅鏡に映し出される翔と景の姿。

 「もしかして、この少年たち、伝説の龍神騎士?」

 と、月は陽に訊ねるが、陽は無言で銅鏡に映し出された翔と景を見詰める。


 「ここだ。夢に出てきたとおりの風景だ。」

 と、景は呟いた。

 「ああ、ここで、なにが起こるのだ?」

 と、翔が湖の景観を眺めながら言った。

 「俺の夢だと、翔、おまえを女にしたような戦士と闘うことになる。」

 と、景が翔の姿を舐めるように言った。

 「・・・俺を女にしたような、戦士と・・・。」

 と、翔は淋しそうに呟いた。

 その時、翔と景の背後から、「ここだわ・・・。」と女の子の声がする。

 翔と景は、その声のした方向へ振り向くと、その方向に自分たちと同年代の少女が立っていた。

 少女の名は、神沼優かみぬま ゆう(17)。彼女も、翔と景と似たような夢を半年前から見続けていた。彼女の場合は生理が近ずくと、総天然色いろつきの夢となり、いっそうリアルな体験をしていた。

 「きみたちが、翔くんと景くんね。」

 と、優は、翔と景を指して言った。

 「なんで、俺たちの名を知っているんだ?」

 と、景が優に向って、怪訝けげん悪そうに言った。

 「夢の中で、そう呼び合っていたじゃない。」

 と、優は、景に言い返した。

 「じゃ、きみも、俺らと同じ夢を?」

 と、翔は驚く。


 この三人の背後へと、近づく二つの影があった。

 その影たちは、全身の毛が逆立って来るような殺気を漂わせ、獲物を一瞬にして金縛り、蛇のように三人を襲い掛かった。

 一瞬、閃光が走った。剣が振り下ろされたのである。 

  間一髪、翔は剣を振り下ろした相手の背後へと、くるりと背面跳びをし、「あぶないじゃないか!」と叫んだ。

 「ああーっ!」

 と、剣を振り下ろした相手の顔を見て、景と優は驚きの声を上げた。

 翔は景と優の反応を見て、自分に斬り掛かって来た相手を悟った。

 「・・・れい・・・なのか?」

 と、翔は半疑に呟いた。

 異世界の戦士のコスチューム姿の少女は、翔の方へくるりと向いた。

 その少女の顔は、翔と瓜二つの顔をしていた。この少女は、翔の双子の妹の高原麗たかはら れい(17)である。

 「おまえは、だれだ!」

 と、麗は叫ぶように言った。

 「俺は、翔だ・・・。麗、おまえの兄だ。」

 と、翔は麗に向って言った。 

 「うそだ!うそだ!うそーーーーーだっ!」

 と、麗は叫び声にも似た声を上げた。

 「私に兄などは、いるわけがない!私は私だ!」

 と、叫びながら翔に斬り掛かって行く。


 「月、あたしたちも、神としての封印を解かなくては、ならなくなって来たわ。」

 と、陽は銅鏡に映る光景を見ながら言った。

 「・・・覚悟は出来ているわ。」

 と、月は真剣な眼差しで陽に言った。

 陽と月は、お守り袋を懐から出すと、そのお守り袋の中から、お互いの勾玉を出す。

 オレンジの掛った赤い太陽の勾玉。乳白色に薄いピンクの月の勾玉。

 陽は月の勾玉を月の額に、月は太陽の勾玉を陽の額に当てる。

 ふたりの身体を暖かそうな光が包み込み、陽は太陽神の姿に、月は月神の姿へと変身していく。

 彼女たちが神に戻るということは、肉体を捨て去るということに繋がり、普通の人間の一女性の人生を終らせることであり、高天原神界の御柱に戻り、太陽神は太陽神のお仕事に、月神は月神のお仕事に、本来の姿に戻るのである。

 しかし、陽と月はコスチュームが変わっただけで、他は何も変わらなかった。人間の女性の肉体のままであり、神の力も微弱なものしか、発揮できない。自分の身に危機が訪れた時、我が身を守るための神力ちからでしかなかった。普通のコスプレイヤーと何ら、代わらなかった。

 そう、太陽の勾玉も、月の勾玉も、彼女たちの体内に入って行かず、彼女たちの額に食い込んでいるだけ。

 「これでは、あの子たちを救うことは、出来ない。」

 と、月は悲しそうに呟いた。

 「月、それは間違いよ。あたしたちの力は祈りよ。祈ることで、龍神騎士たちに戦う力を増幅して上げられるわ。」

 と、陽は月に優しく言った。

 陽の言葉に月は、嬉しそうに微笑んだ。

 ふたりは祭壇の前に立つと、さかきを手に取る。

 そして、ふたりは祝詞のりとを挙げ始めた。

 光を点滅してる紫色の勾玉は、祝詞の祈りに応えるように、輝きを増していく。


 「麗に兄がいたとはなぁ。だが、麗に必要なのは、わらわのような妹。」

 と、景と優の前に真剣を握りしめたイオ・サロメ(14)が音も無くすーっと、幽霊のように現れる。

 「すべて、夢の通りに進んでいるわ。」

 優が実感を込めて呟いた。

 「ああ、そのようだ。」

 と、景が優の呟きに応えた。

 「これは夢じゃないわよ。貴方たちは、赤い血を流しながら、苦しみ悶え、死んでいくのよ。」

 と、イオは薄笑いを浮かべながら、ふたりに向って斬り掛かる。


            なんとなく、つづく。

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龍神騎士伝説 佐藤 公則 @kiminori-stou-456

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