ある日、乙女ゲーに落とされてしまった俺は

桐崎

第1話

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現実逃避の先の世界 1

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コミュ障で根暗で卑屈な月見里梅吉が何故かVR乙女ゲーにログインしてしまいログアウトできなくなってしまったって言う話です。シャレとノリだけで書かれた第一話。

20000文字以内

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 慌てて角を曲がったらイケメンとぶつかった。

 短髪の茶髪にピアス、制服のブレザーから覗くシルバーのアクセサリーは髑髏とか十字架とかいかにもな奴だ。

 釣りあがった鋭い一重の瞳に薄い唇。鼻筋は通っていて顔は整っている。いわゆるイケメン。

 容姿と目つきが悪さから思うにいわゆる不良キャラだろう。

 「イテテ……おい、お前、どこ見て」

 お決まりのセリフに冷や汗が止まらない。

 何故こんな事になってしまったのだろう。

 何故こんな場所にいるのだろう。

 (ありえない。ありえない。ありえない。ありえない)

 冷静になれと自分に言い聞かせる。

 頭でそう必死に考えるのに、俯くその視線に映るスカートから出た生足に頭は余計に混乱していく。

 (だって、この視界、どう見てもこれは俺の身体じゃないか)

 太ももを摘まんでみる。

 摘まむ指先も自分が見慣れたものとは違う。

 細長い指先に整った綺麗な爪、毎日見慣れていた筈のゲームタコが見当たらない。

 途端に今度は冷や汗でなく身体の血が一気にすぅぅっと引いていくのが分かった。

 「お、おい大丈夫か?」

 不良が何か言っているが右から左に言葉はただ流れていくだけだ。

 「なんで……」

 絶望的な気持ちになりながら、さっきから何度も行っている行為が未だ反映されない。

 「なんでログアウトできないんだよ!!!!!!!!!」



 月見里梅吉(やまなしうめきち)二十歳。大学浪人生。趣味はゲーム。

 この時代、バーチャルリアリティーMMOが大流行りしている中、彼が好むのはもっぱらオフラインのゲームだった。

 曰く「なんでゲームの中まで他人の機嫌を窺わないといけなんだよ」だそうでゲーマーだが、オンラインのMMOはプレイしない。

 コミュ障だと自負する彼は、人見知りが激しくまず初対面の相手に挨拶も出来なければ会話なんて夢のまた夢だ。

 そもそも、ゲームと言うのはそういう遊び相手のいない梅吉のような人間の為に開発されたのではなかったのだろうかと最近のMMO主流のゲーム界に一言言いたい。

 外の世界では何もできない一見無能のレッテルを貼られがちな人間が、ゲームの世界だけなら伝説の勇者になれる。

 それは、一人で黙々と誰の力も借りずに達成されるべき事であり誰かの力を借りてはいけないし借りられない。

 攻略本や攻略サイトを見ながら、徹夜してクリアした喜びを噛みしめる。

 一見現実世界では何の意味もないその行為だが、それは梅吉には重要な生きがいだった。

 何より他人は怖い。

 ゲームの中ぐらい誰の否定受けない優しい場所であってほしい。

 そんな彼の最近のお気に入りはエロゲーだ。

 バーチャルリアリティーの技術により精密に再現された女性の身体は童貞の梅吉にはとても極上なものだった。

 ゲームなので多少感度は落ちるがそれでも自分でするよりは数段気持ちいい。

 何より。

 「ゲームの女はいい!」

 怒らない。

 泣かない。

 口が悪くない。

 金もかからない。

 梅吉がどんなに不細工で、汚くて、頭が悪く、稼ぎが無くても運命の相手にしてくれるのだ。

 女神――彼女達は正に女神だった。

 「ああ、楽しみだ」

 そして今朝、梅吉の手の中には通販で届いたばかりのエロゲー「恋する幼馴染は切なくて君のことを思うとすぐHしちゃうの」があった。

 しかし今から彼は予備校に行かなくてはいけない。

 「うおおおおお!今すぐやりてぇよおおおお!」

 発売直ぐに人気が爆発し予約していたにも関わらず入手に一週間かかってしまったずっとずっと欲していたゲームだった。

 思わずパッケージを抱きしめゴロゴロとベットの上でのたうちまわる。

 「予備校なんて行かないでエロゲーしてぇー!」

 ゴロゴロ

 「リアルなんてクソゲーだろ!ゲームの中から出たくねぇーよ!」

 ゴロゴロ

 「リアルからログアウトした――っ!?」

 言い切る前に後頭部に鮮烈な痛みを感じる。

 「お母さんが朝飯だって」

 後ろから呻くように低く聞こえたのは多分妹の桜子(さくらこ)の声。

 恐る恐る振り返ると、桜子は手に広辞苑を持って仁王立ちしていた。

 (殴ったね!?しかも開く側を手で持ってるって事は広辞苑の背の角の部分で殴ったね!?)

 ――という言葉をごくりと飲み込む。

 一言を十言で返してくる女。それが月見里桜子(やまなしさくらこ)。頭の回転は速く、賢い彼女は高校卒業してすぐに働き出した一個下の妹だ。

 上下ジャージのままの兄の自分とは違い既に黒いタイトスカートのスーツに着替え化粧もばっちりしている桜子。

 「最近の化粧ってフォトショップ並みだよな」

 妹のすっぴんを知っている梅吉は思う。

 アイライナーと付け睫毛、あとカラコンを入れると瞳が大きくなみえるようになってそれだけで大分別人になるらしい。

 女は怖い生き物だと桜子のすっぴんを目の当たりにする度に思っていた。

 (あれが、あれだもんな)

 もはや詐欺ではなくそれは芸術に等しい完璧なメタモルフォーゼである。

 梅吉の一言に再び桜子は広辞苑の背で兄を殴る。冴えわたる痛みに本当にリアルからログアウトするんじゃないかと思った。

 「次に言ったら、コミケのパンフの背表紙で殴るからね」

 コミケのパンフの紙は重たい。きっと痛みは広辞苑のそれより激痛だろう。想像して梅吉は思わず震える。

 「やめて下さい。死んでしまいます」

 桜子は梅吉に厳しい。今迄数々のエロゲーで妹キャラを攻略してきて思ったが、リアル妹ほど厳しい女はいない。

 「じゃあ朝から喚いてないでごはん食べて早く予備校行ってくれない?ウザいから」

 妹キャラを創る人間はきっとリアルに妹を持っていない人間だ。

 妹は怖い。

 歳が近いせいもあるだろうが、女が怖いの半分ぐらいはこの妹、桜子のせいと言ってもいいだろう。

 「リアルつらぁ」

 そう思いながら梅吉はのろのろと起き上がった。

 今日も一日が始まってしまう。せめて帰って来てすぐゲームができるようにとハードにディスクをセットし後ろ髪を引かれる思いで自室を後にした。







 夕方六時、帰宅してすぐに梅吉は自室へと直行した。

 目的はあのエロゲー「恋する幼馴染は切なくて君のことを思うとすぐHしちゃうの」をプレイするためだ。

 ヘッドギアを被り、ベットに横になると電源を付けてシステムを起動する。 まずは名前の入力。梅吉なんて名前は古めかしくてゲームの世界にしっくり来ないのでゲームをする時の名前はいつも「梅」にする。

 梅は梅で古めかしいが、梅吉よりはマシだし、まったく違う名前にしてしまうのはそれはそれでリアリティーが無くて自己投影しにくい。

 苦肉の策として梅吉は名前入力のあるゲームはこの名前を固定で使っていた。

 後は血液型と誕生日を入れ、いよいよゲームが開始される。意識が落ちていくのが分かる。テレビの電源を切った時のようにぶつりと意識がブラックアウトした。


「梅?梅?起きないと学校遅刻しちゃうよ」


 そう自分を起こそうとする声に、ああそう言えば今回は幼馴染ものだと思い出す。

 と言う事は起こしに来たのは勿論、攻略キャラでヒロインの――。

 (ヒロインにしては声が低くないか?)

 疑問を持ちながら瞼を開ける。

 「男?」

 目の前には優しそうな顔の甘い雰囲気のイケメンがいた。

 耳が隠れるぐらいの長さのハニーブラウンの髪の毛、前髪はやや長めで額の真ん中で分けている。目は少したれ目なのかそれがいつも笑みを浮かべているように見える。整った顔立ちで体格も良さそうだ。

 (ジャニーズとかに居そうな顔してるな……サポートキャラとかか?)

 それにしてもエロゲーに自分以外の男、しかもイケメンはまずいだろう。

 前評判が凄いだけのクソゲーだったのだろか……期待度が高かっただけに少しショックだ。

 「まぁ、決めつけはよくないからな」

 もう少しプレイしてみるかとまずはゲームを進めるために起き上がる。着替える服をモニターの中から探す。

 さっきサポートキャラのジャニーズ顔が学校とか言ったから制服をチョイスして指先で押す。脱ぐことも着ることも自動と言うのは本当に楽だ。

 リアルも早くこの技術を開発して欲しいと思う。

 (それにしても足元寒――…)

 俯いた自分の視界に映る太ももは女の子の白い太ももで、というかその前に自分が着ている紺色の制服がどう見ても女物だ。

  いきなり女装イベントが発生したのだろうか。

 よく出来た変態ゲームだ――なんて思いながらふと、傍らに居たサポートキャラだと思っていたジャニーズを見る。

 「さぁ、梅、ごはんを食べて一緒に学校に行こうか」

 よく見ればその下にハートマークの表示。『好感度』と書いてあるところを見ると。

 「お前、攻略キャラ……?」

 指を刺して聞いてみる。

 「お前なんて酷いなー……俺は幼馴染の宇佐美周(うさみあまね)だよ。あと女の子なんだから言葉使いはちゃんとしようね」

 ジャニーズこと宇佐美周が言った言葉に梅吉は軽く頭が混乱する。

 (コイツ女の子って言った?え?そういうイベント?俺は男だー!みたいなそういうイベント?誰のために?!)

 発売日から一週間も持ったのにこの仕打ちはどういう事だろうかと軽く苛立ちを覚えた。

 「~~~っ!?」

 打ちひしがれながら覗き込んだ鏡に映る姿に梅吉は声にならない絶叫をした。

 まず、これは本当に鏡なのかとそれを疑った。

 その中に居る人物は容姿はすっぴんの時の桜子によく似ている。肩まで伸びた栗色の髪の毛に前髪は一直線にパッツン。短すぎず長すぎず。一応は二重の瞳と小ぶりな唇はリアルな自分の容姿に類似するが、男にしては狭いなで肩の肩幅や丸みを帯びた骨格がどことなく妹だった。二目と見れないほど不細工な分けではないが、絶世の美人と言うわけでもない。

 でもなによりびっくりしたのは――。

 (だってこの人お、おっぱいがある)

 試しにポーズをとってみると中の人物は同じ行動をする。まさか、まさかと思いながら大きくはないが手頃な胸のふくらみに恐る恐る触れてみる。おそらく鏡だろう物の中のそれも同じ動作をし、そして触ってる感覚がしっかり手の平から伝わる。

 そしてようやく気が付くのだ。

 いつも股座にある、自分が男と言う証。プライドを象徴する身体の一部の感覚が完全に消失している事に。

 「ひぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

 梅吉は奇声を上げて走り出す。そうせずにはいられなかった。

 何故こんな事になっているのか、自分がやりたがっていたゲームはそんな変態ゲーだったのか。ネタバレを危惧して前情報を何も頭に入れなかった事が今回の敗因なのだろうか。

 (とにかく、とにかく、ログアウト!)

 混乱する頭でメニュー画面を出しログアウトボタンを探す。指先で必死にプッシュしながら角を曲がって――冒頭に戻る。





 「いきなり走り出すからびっくりしたよ」

 絶望に打ちひしがれてる梅吉の背後から周が現れる。

 後ろにイケメン。前にイケメン。

 (イケメン地獄だ!)

 まて、ネタキャラで一人ぐらい攻略に男キャラが居てもいい。イベントで自分が女になるなんてものも斬新な気がまぁなしじゃないかもしれない。

 でも、

 (この不良にも好感度のハートマーク見えるぞ……?)

 そこでようやく梅吉はもしやと思うのだ。

 ユーザーページの右端に小さく自己主張しているゲームタイトルの存在に

 『乙女色ストロベリー~約束の丘で~』



 「乙女ゲーじゃねぇかよ!!!!!!」



 何故、何故こんな事になってしまったんだろう。

 しかもログアウトできない。

 (どうせログアウトできないなら、自分だけチート状態で散々俺強ぇ!したいよ!)

 こんな乙女ゲーでイケメン地獄で、ED迎えるまでという事は誰か攻略しなければいけないと言うことだ。

 確かに、自分の性癖はノーマルとはいいがたいかもしれない。最近SMにも興味がある。しかし、でも、ホモではない。男を落とす趣味はない。全ての変態行為に対して、相手が女性であることが限定されている。

 絶望だ。

 絶望的だ。

 「どうしたの?」

 そう聞こえたのはか細い、女の子の声。

 (……このイケメンパラダイスに女の子?)

 それは唯一の希望の光だった。

 セミロングの黒髪に梅吉と同じ紺のブレザーを着た女の子が心配顔でこちらを見ている。目が大きくてかわいらしい清楚な感じが物凄くタイプだ。

 (そうか)

 この地獄を抜け出すそれは唯一の方法。

 ログアウトが出来ないとなったらもはやそれしか方法は残されていなかった。



 「友情エンドを俺は目指す!」



 こうして、梅吉の壮絶な学園ライフが始まった。



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ある日、乙女ゲーに落とされてしまった俺は 桐崎 @neogro69

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