OL☆アブダクション

ロテッド・シュリンプ

第1話

「おかしい……なによ、なんなのよこの状況……」

 全身銀色タイツに身をつつんだ男二人を目の前に、この私こと真田明美は、ベッドらしきものに横たわりながら、両者を威嚇するように睨みつけつつ、心中でぼそりとつぶやいた。「どうして、こうなった……」


 確か、事のはじまりは仕事帰りの夜道だったはず……

 ……っていうか、前々からあの通りは危ないと思ってたのよ。ただでさえ街頭の立ってる間隔がミョーに広くて暗かったのに、整備不良かなにかでロクに明かりの灯ってるもののほうが少なかった……私みたいな“か弱いゆるふわ乙女”が歩くには、あまりにも危ない場所だったのよ。

 だっていうのに、迂闊だったわ。いくら今日が金曜日で、繁忙期の残業続きで疲れてたからって……家についたらこないだ奮発して買ったお気に入りの蔵の純米大吟醸と、帰り道にあるコンビニで買っただし巻き卵を一緒に食べて体と心のデトックス☆とか、多少浮ついた気持ちでいたからって……

 でも悪いのは加藤くんよ! 一昨日、仕事帰りにモールで買ったけど仕事場に着けていくにはちょっと甘すぎるかなとか、お局様にチクチク言われないかな大丈夫かな、とか悩みに悩んだ末に着けていったピンクのカチューシャ。昼休みにさりげなーくアピールしたら「頭の形がよく出てるね」って褒めてるのか貶してるのかわかんない感想を爽やか笑顔のまんま言ってくるんだもん。そのあと仕事中ず〜っとモヤモヤして、帰りに勢いでコンビニのだし巻き買って大吟醸開けて今日のことは忘れようって決意するのも仕方ないわ。うん、仕方ない。ホント加藤くんってデリカシーあるのかないのかわかんないわよね。でもそこが好き……

 っていやいや、そういう話じゃない。

 ええと……そうよ、私はいつも通り帰路についてたんだった。それから「ああ、誰でもいいから私を仕事から解放されるところに連れてってくんないかなー」とか軽い冗談カマしてたら、いきなり空が明るくなって、急に体の重さがなくなってって、朦朧とする意識のなか、金曜日の夜景がだんだん下へ下へと離れていって……

 そして今に至る、と。

 そうよ、なんでかわかんないけど私はここで寝てて、気がついたらこんの気持ち悪い銀色タイツ着たオッサン二人が私の両隣に立ってた。まったく、意味わかんない。誰か連れてってくんないかなーとかボヤいたからって、本当に連れて行く馬鹿がどこにいんのよ。ウソに決まってんでしょ……!

「な、なあ。このサンプル、目を覚ましてないか……?」

「あぁ、絶対起きてるよなコイツ……でもどうしよう、睨んでくるだけで立ち上がってもこないし……チョー怖い……」

 とかなんとか思ってると、急にオッサン同士が会話し始めた。……っていうか日本語!? なんか見るからに外国人っぽい顔立ちだし、全身タイツだから(?)てっきり通じないものかと……あーもう!

「ちょっとアンタたち!」

「うわっ!?」

「どわっ!?」

 全身タイツの二人が、突然の私の大声に驚いて後ずさった。強張った体をゆっくり起こしながら私は続けて言う。

「なんかもういろいろ訊きたいことがあるんだけど、まずここはドコよ!」

 驚愕に顔を歪めた眼前の二人が、互いに顔を合わせ、パクパクと口を開け閉めしている。どうやら状況を飲み込めずにパニックに陥っているらしく、どちらが質問に答えるべきなのか混乱している様子だ。まったくトロくさいわね……!

「あーもうアンタ! そう、アンタ! いったい、ここは、どこなの!?」

 向かって右側に立っていたほうの男にそう詰めよる。すると男はアワアワと焦りながらも、

「えっ、あっ、と、あの……こ、ここは、えーと、たしかお前たち“地球人”が言うところの……UFOの船内だ」

 あー、なるほど。UFOね、ふむふむ。

「…………は? 今、なんつった?」

「いやだから、UFOと……」

 UFOって、あのUFO……?

 理解が追いつかない。何言ってだコイツ。

 そんな風に思っていると、左側の男がなまっ白い壁に設置されているスイッチをカチリと操作した。すると壁の一部が静かにスライドし始め、小さな覗き窓らしきものが出現、そしてそこには信じられないものがひとつ、ポツリと小さく浮かんでいた。TVで見慣れた、青くて丸い物体……紛れもない、それは地球だった。

「うそぉ……」

 自然と、自分でも信じられないくらいに間抜けな声がぽろりと漏れた。

 窓に近づいてじっと見てみたが、どうも3DCGとかそういう類のものには見えない。

 信じられない、ホントにUFOなの……?

 そんな奇天烈な現実が頭に入ってくると、段々そこにいる銀色タイツのオッサン二人に対して怒りがこみ上げてきた。

 ここがUFOの中ってことは、つまりあいつらは宇宙人ってんわけ!? っつーかそもそもあんな銀色でピッチピチな全身タイツで宇宙人って今時いていいの? イメージとして古すぎない? そもそもこれってアブダクションってやつ? えーいもう、イラッとすることがあまりに多すぎる。とにかく、詳しくあの二人に問いたださないと……

 私はそう決心すると振り返って、さきほど詰め寄った男(よく見ると腹が出ていてほうれい線が目立つので〈中年太り〉と命名)に再び睨みつけながら質問した。

「何これ、どういうこと!? なんで私が……その、えーと……誘拐されなきゃなんないの?」

「お、落ち着いてくれ! ちょっと我々も混乱していて理解が追いつかないんだ! そもそもお前、麻酔を打っていたはずなのになんで動ける」 

「はぁ!? 麻酔!? ちょっと、そんなもん使って私になにしようってつもり!? 強姦? 人身売買? あ、そういえばそこのアンタ!」

 さきほど窓のスイッチを操作したほうの宇宙人(〈中年太り〉とは違って筋肉も脂肪も全くないガリガリ体型なので〈ガイコツ〉と命名)を指差した。

「アンタ、さっき私のこと『サンプル』だとかなんとか言ってたわね」

「え、あ、はい……」

「なに、私を解体でもして実験材料に使おうってハラなの? ねえ、そうなの!?」

「いや、その……」

「答えあぐねるってことはそうなのね!? やっぱり、口には出せないようなあんな事やこんな事をするつもりだったんだわ……! まったく、見た目も変態なら中身も変態ね! 宇宙人のくせに!」

 などと言っていると、問いただされてひるんだ〈ガイコツ〉のかわりに、いつのまにか覚悟を決めたような様子の〈中年太り〉の方が口を開いた。

「いや、違うんだ、聞いてくれ。俺たちは君を標本にするためにアブダクションしたんじゃない。地球で手に入れた色々なものについて質問するために呼んだだけなんだ。な?」

 〈中年太り〉が〈ガイコツ〉に同意を促すように言った。〈ガイコツ〉はそれを聞いて「え、あ〜……」と一瞬固まったあと、私と〈中年太り〉を交互に見ながら首をはげしく縦にふる。

「ほら、俺たちは、君に害を加えるつもりはないんだ。ただちょっと手法が手法だったから、君が暴れないようにちょっと睡眠薬を打ったんだ。許してくれ」

(なにそれ、怪しいわね……)

 言い訳がましい〈中年太り〉の言葉に私はそう思ったが、口には出さなかった。

 よくよく考えれば今、私はこのUFOの中のこの部屋で、乗組員の宇宙人二人と一緒にいる。もし今ここで私が暴れて部屋から逃げ出せたとしても、窓から見える風景からしてUFOの外は宇宙空間。船外へ逃げ出す術はない。勢いで恫喝するように問い詰めてみたものの、冷静に考えれば袋のネズミにほかならない状況にいるのだ。〈中年太り〉の言葉が真であるにしろ偽であるにしろ、下手に抵抗するのは得策じゃない。こうなったら、大人しく言うことを聞くフリでもして、地球に帰る方策を考えるほかにない……いや、でもこれ帰れるのかな……ああもう、こんなことなら「ゆるふわ女子ならカマトトぶらないと」とか演出せずに一度でも加藤くんをデートに誘っておくべきだった……とっておきの大吟醸も、もったいぶらずにさっさと開けとくんだった……嗚呼、私のウェディングロード及び酔いどれウィークエンドよ、さらば……

 って、これじゃまるで死ぬみたいじゃない。もう、頑張れ自分。九州女児の意地見せたらんかい!

「ふ、ふーん、質問ね……。なによ、そんなことなら最初からそう言いなさいよ。起きたらいきなり知らない場所にいたからビックリしたわよ……。ま、UFOに一回くらいアブダクションされるってのも面白い経験だわ……で、私に何を訊きたいの?」

 軟化した(ように見える)私の態度に、二人の宇宙人はほっと胸を撫で下ろすように小さくため息をはいた。しかし、いったい私を誘拐してまで何を訊きたいのか……

「よかった。よし……そうだな、それじゃあまずはその、頭につけてるものが何なのか訊きたいんだが……」

 頭につけてるもの? はて、なにか珍妙なものでも着けてたかしらと手をやってみると、今朝、加藤くんの気を引くためにパイルダーオンさせてきたピンクのカチューシャに触れた。

「え、頭って……カチューシャのこと?」

「カチューシャ……?」

 眼前の二人は得心せずといった様子で顔を見合わせた。どういうことだろうか。まさか、カチューシャのことを知らない?

「ちょっと待って、アンタたち、これがどんなものか分かってないの?」

「いや、それは通信機かなにかなのではないのか……?」

「は? 通信機? 何言ってんのよ、カチューシャよ、カチューシャ。ホラ、お洒落するために女の子がよくつけてるでしょ。あ、でも宇宙人のファッションは地球のものと違うから知らない……?」

 私のその解説もよくわかってないのか、二人の頭上にはどんどんクエスチョンマークが増えていく。いったいどういうことなのよ……?

「あの、まずひとつ訊きたいんですけど……ファッション? とはなんですか?」

「……は?」

 あまりに素っ頓狂な〈ガイコツ〉の質問にこちらまで呆気にとられてしまった。……もしかしてこの二人には、ファッションという概念がないの? そういえばこいつら、ファッション性のかけらもない銀一色のタイツ着てるのよね……もしかして……

「ねえ、アンタたちが来てるそれ、宇宙服とかじゃないの?」

「宇宙服? いや、まあ服には違いないが、これは宇宙にいるときだけでなく、母星で生活している時にも着ているスーツだが……」

「それ以外の服を着たことは?」

「これ以外? 予備はいくつかある」

「でもデザインは全部同じ?」

「ああ、その通りだが……」

 なにを当たり前のことを聞いているんだ? といいたげな顔で〈中年太り〉がそう答えた。

 なるほど……なんでこんな絶望的にセンスがないタイツに身を包んでるのかわかったわ……最初は宇宙服なのかと思ってたけど、この宇宙人たちは何時如何なる時もこのカッコなのね。そりゃこんなクソダッサいタイツしか知らないんなら、たいした機能性のないカチューシャを通信機とかなんかそういうものと勘違いするのも無理ないわ……いや無理ないのか? うーん、まあ、いいわ……

「ところでその……カチューシャ? は通信機ではないんだな?」

 〈中年太り〉が再度確認するように訊いてきた。

「ええそうよ。これはただ頭につけて……えーと、髪をまとめたりするのに使う、ただそれだけの物よ。機械ですらないわ」

「ああなんだ、そうなのか……」

 また、安堵のため息を漏らす二人。

 そしてすぐ二人は、「よし、じゃあ次はあれについて訊こう」と言いながら部屋の奥の壁を操作しはじめた。すると突然、白い壁の一部が開くように展開しはじめる。どうやらこの宇宙船は壁に色々なものを収納できるらしい。棚や箪笥の類が見当たらないと思ったら、壁面に出し入れできるようになっているとは……

 しかしそんな大層な仕掛けの中から出てきたものは、なんてことのない見慣れた物品のひとつだった。

「これだ。ええと……」

「明美、よ」

「うむ、アケミ。これは一体何なんだ?」

「……だし巻き卵だけど」

 うん、紛れもない、だし巻き卵。溶いた鶏卵にだし汁を混ぜ、ふっくらふわふわに焼き上げた、あのだし巻き卵。……っていうかこれ、私が仕事帰りにコンビニで買ってきたやつじゃない。

「だし巻き……卵?」

 どうやらこの伝統的日本料理もまた、〈中年太り〉と〈ガイコツ〉はご存知ないらしい。ファッションが違えば、食文化もまるっきり違うのかしら。仕方ない……

「えーと……ざっくり言えば、卵に味付けして焼いたものよ。卵くらいは、知ってるでしょ?」

「ええ……卵でしょう? 生物が産まれてくる、あの」

 何故か〈ガイコツ〉が、恐る恐るといった様子でそう言った。

「そうよ、その卵を、味付けして焼いたの。それがだし巻き卵」

 私のその言葉を聞いた直後、二人の顔がみるみる強張っていった。なにか末恐ろしいものを聞いた、というような感じで。

「そんな……そんな…………」

「し、信じられない。生き物の卵を、食べるなんて……」

「野蛮だ……命の価値を踏みにじる行為だ……自然への冒涜だ……」

「あー、はいはい……」

 なんとなく、この二人がどういう環境で生きてきたのかがわかってきた。細かい部分はともかくとして、確実に地球の文化で育ってきた私とは全く違う人生を歩んできたんだと……

 それにしても、卵を食べるということすら知らなかったとは。まあこれまでそういう価値観を持たずに生きてきた者からすれば、“他の生物の卵を食べる”なんていうのは理解不能に思えるのかもしれない。だからって、地球に来たんなら嫌というほどそういう光景は目にしたと思うんだけど……

 まあ、いいわ。ともかく、こいつらがつけ入る隙を見せるまでは協力するフリをして見せないと。次よ、次。

「で、ほかに訊きたいことはないの? ホラ、いつまでもそんな顔してないで」

 未だにだし巻き卵の件でドン引きしているオッサン二人に、私はパンパンと手を叩いて質問をうながした。……そういえば、麻酔が抜けたのか体の強張りが完全に解けてるわね。

「わ、わかった……。よし、じゃあ次はあれを」

 急かされた〈中年太り〉が〈ガイコツ〉に目配せをする。と、二人は再び収納を起動させ、だし巻き卵とは別のモノを壁の中から取り出してきた。

「次は、これだ」

 〈ガイコツ〉が手に持ったのは、一本の線香花火だった。鮮やかな黄と紫の二色で彩られた、細い紐状の夏の風物詩。日本人なら誰でも一度は目にする線香花火そのものである。

 それを眼前の男は、妙に慎重な手つきでそっと私のほうにつき出している。

「それは線香花火ね」

「線香花火? なんだそれは?」

「えーと、まず花火っていうのはー……こう、火をつけると……うーん…………あっ」

 線香花火についてそう説明しようとした途端、私の頭の中にとある名案が浮かんだ。そして、ふとあることに思い当たって、スカートのポケットに手を突っ込む。すると指先に冷たく硬いものが触れた。

 よし、取り上げられてない。コイツら馬鹿ね、ロクに身体検査すらしてないなんて……しかもこの、なんの変哲もない線香花火をなにか得体の知れないものと勘違いしてる。ふふ、ちょうど良い……こうなったらやるしかないわ。

 私はそう思い立つと、すぐさま座っていたベッドから立ち上がり、〈中年太り〉のほうへ歩み寄って手にしている線香花火を、ぶん、と奪い取ってやった。

「なっ、いきなりなにを……!」

 〈中年太り〉が突然の私の行動に困惑の声を上げる。

「フフ……フフフフフ…………」

 眉をひそめる宇宙人二人を尻目に、B級ドラマでも見たことないような、とびきり怪しい含み笑いをかましてやった。いいのよ私、こういうのは雰囲気が大事なのよ……!

 そして分捕った線香花火を掲げ、私は言った。

「アンタたち、油断したわね……これはね、爆薬よ」

「なっ、爆薬だと!?」

「ええそうよ。でもただの爆薬じゃない……これは地球人が発明した中でも最も高性能と言われている、ウルトラスーパー爆薬という名前の爆薬なのよ!!」

「「な、なんだってー!?」」

 眼前でオッサンどもを一様に驚愕した。いいわ、それよ、その反応よ。

「馬鹿な……確かに、我々も一度は爆薬かその類のものかと思って色々試してみたが、なにをどうやっても爆発させられなかった……河川敷でそれに子供たちが火をつけていたのを見て不思議に思い回収してみたが……彼らもやはりこれには火をつけていただけだった……爆薬であるはずがない……」

「鈍いわね、これは“特殊な発火器具”を使わないと安全装置が起動して爆発しない設計になっているのよ!」

「し、信じられん……そんなことが……」

「あるのよ。その証拠が、これよ!」

 言って私は、スカートのポケットの中から100円のオイルライターを勢い良く取り出した。それからライターを線香花火の先端部に近づけてやる。

「なっ、なんだそれは……」

「わからないの? これがその“特殊な発火器具”よ!」

 それを聞いた途端、宇宙人二人の顔が絶望に歪んだ。

「何……! くっ……貴様、何をする気なんだ……我々は危害を加えるつもりはないと……」

「本当に?」

「な……」

「本当に何もしないって言うわけ? 勝手にアブダクションしといて? 信じられるわけないじゃない。実際のところは、隙をみて私にまた麻酔でもかけて、標本にでもするつもりだったんでしょ、違う!?」

 ひたすら大きな声でがなりたてながら、私は線香花火にオイルライターをグッと近づけた。答えなければ、今ここで爆発させてやるぞ、と。こういうのは、立ち止まっちゃダメ。とにかく、押して押して押しまくるのが一番よ……!

「どうなの!?」

「くっ…………そうだ、そのとおりだ……」

 私の脅迫に〈中年太り〉が内に潜めていた真意を暴露した。やっぱりそうなのね……やはり疑って正解だったわ。まあ、万が一にもこんな全身銀色タイツのオッサン二人を信用することもなかっただろうけど……。なんにしても、こうなったら最後までハッタリを貫き通すしかない。

 脅迫に屈し、すっかり脱力してしまった様子の〈中年太り〉と〈ガイコツ〉に、さらに追い打ちをかける。

「戻して!」

「……は?」

「私を地球に戻して!」

「なっ……それは無理だ!」

「なんでよ!」

「我々の存在を知られた以上、君を帰すわけにはいかない! 侵略のための事前情報収集のためにきているのだ……調査していることを現地人に知られてしまうのは最も避けなければならない事項の一つだというのに……!」

 むう、一度折れたからあとは大丈夫だと思ったが、水際でなかなか粘ってくる。まったく面倒ね……こうなったら……

「いいわ、それならこの“通信機”で地球に救難信号を出してもいいのよ……?」

 そう言いながら私は、頭に着けているピンクのカチューシャをコツコツと指で指してやった。

「“通信機”だって……!? そんな、それはさっき通信機ではないと言ったはずだ……!」

「ワザとよ、ワザと。ちょっと嘘をついてアンタたちをからかってやったのよ……!」

「そ、そんな…………」

 嘘に決まってんでしょ馬ー鹿! こんな通信機があってたまるか! でも……ふふ、効いてるわ、効いてる効いてる。シメシメ、と思いながらも私はさらに追い打ちをかけてやる。

「アンタたち、さっき地球を侵略するために調査してたとかなんとか言ってたけど、身の程知らずね。地球人の秘密をなにも知らないなんて……」

「何っ……そ、それはどういうことだ……?」

「私がアブダクションされるときに持っていた“だし巻き卵”、あれ、なんの卵か知ってる……?」

 どんな答えが返ってくるのか、と戦々恐々した表情で銀色タイツの二人がゆっくりと首を横に振った。

 それを見た私は、思いきり意地悪くほくそ笑んで、小さく低い声で“だし巻き卵”の正体を答えてやった。

「……宇宙人よ」

 その瞬間、二人の顔からサッと血の気が引いていくのがわかった。私はそれを意に介さず、さらに詳細を続けていく。

「あれはね、昔地球人にケンカを売ってきた卵生宇宙人の卵なのよ。戦争で負けた憐れなその宇宙人は、戦後に私達の家畜になったの。それからずっと、地球人はそいつらの卵を食用にして食べ続けてるわけよ」

「そんな……嘘だ…………」

「本当よ」

 線香花火をぷらぷらと振りながら私は言葉を続けた。

「地球にやって来たのが、そもそも間違いだったのよ。一見すると科学技術の発展が遅れた星に見えるけど、あの星にはアンタたちに解析できなかったこの爆薬だけじゃなく、様々な超ハイテク兵器が山のように存在してるの……その地球人に対して侵略しようなんて、アンタたちは本当にどうかしてるわ」

 それから私は、ゆっくりと撫でつけるように、頭部のカチューシャに指を這わせた。

「なんなら、私が今ここで通信機を使って『ここに地球人へ牙をむこうとしてる馬鹿がいる』と報告してもいいのよ……?」

 ヒッ、と〈ガイコツ〉の悲鳴が漏れる。よし、ここまで来たら、もう勝ったも同然よ……!

「あとは、わかるでしょ? 地球人と全面戦争したくなかったら……」

「わ、わかりましたっ!」

 私が要求を言い終えるまえに、二人が慌てた様子で了解した。

「理解が早くてけっこう……なら、さっさと地球に向かいなさい」

「はいっ!!」

 …………勝った! その時私は、心の中でそう叫びながら、小さく拳を振り上げた。


 家についた時には、既に時計の針は午前6時30分を指していた。

「もう、いつもなら起きる時間じゃない……」

 いかん、疲れた。どっと疲れた。凄まじく疲れた。……でも仕事を休むわけにもいかない。ちょっと前に退職者が出たせいで、今の職場の流れは私がいないと完全に停滞してしまう。っていうか、今日って世間一般で言うところの土曜日……つまり休日よね。なのに出勤だなんて……

「はぁ、あんなことがあったのに、また出勤とか……最悪」

 つい30分ほど前まで宇宙人にアブダクションされていたのに、今度は少しの休憩もできず、すぐさまブラック企業でたのしいおしごととは……あまりにも情けなくて泣けてくる。

 結局、買ってきただし巻きも大吟醸も開けられず終いか……まあいいわ、今日の仕事が片付けば、明日は貴重なお休み。疲れがたまるればたまるほど、大吟醸も美味くなるはず、たぶん。

 …………っていうか私、よくよく考えれば地球救ったのよね?

 ま、今となっちゃどうでもいいわ……あ、ウチの会社でも潰させておくべきだったかな……

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OL☆アブダクション ロテッド・シュリンプ @kusattemoevill

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