第14話

 「ごきげんよう。今日皆様に集まって頂いたのは他でもない、天界の動向についてお話する為です。」

 とある日、真と明日香、八雲、シエル、テイルは突然アリスに呼び出された。呼ばれた先は、初めて楽園ワンダーランドに来た時に話をした、いつかの屋上だ。ここ楽園ワンダーランドにも四季の概念があるのか、そこから見渡せる景色はあの時の深緑の海から一変して、紅黄の焔へと変わりつつあった。

 ほんの少しの間広がる風景へと目をやった後、アリスの方へと向き直る。用意されたテーブルや椅子、ティーセット等もあの日から何ら変わりない。まるでこの空間だけ時間が止まっているかのようだ。

 「こんにちは。こうしてまたお目にかかるのも、随分と久しい気が致しますね。」

 礼儀正しい口調で話したのは、真達がここに来た時にはもう既にテーブルの隅っこにちょこんと座っていたセシルだ。セシルは真が明日香や八雲達に訓練を受け始めた頃に、諜報活動をするとか言って姿を眩まして以来、暫く顔を合わせていなかった。早い物で、もうあれから3ヶ月近く経った計算になるのか…。

 「皆様お変わりなく…と言いたい所ですが、真さん。貴方は見違える程に成長されたようですね。…いや、当時の貴方の様子は、正直とても不安だったもので。こうして元気そうなお姿を拝見できて、とても安心しましたよ。」

 「あー、あの時は心配かけたな。そう言えば、お前にも励ましてもらったっけ。出来る事をやれって。おかげで何とかここまで来れたよ。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。」

 「いえ、私はただ思った事を口にしただけですので。ですが、私の言葉をそうやって前向きに捉えて下さったのは、嬉しい限りです。」

 「…それよりさ、何で楽園ワンダーランド全体に向けての通信じゃなくて、わざわざ私達だけここに呼んだの?もしかして、何か重要な話だったりする?」

 俺とセシルの会話に割り込んできたのは、セシルと同じく先に席に着いていたドロシーの横で早速ティーセットに手を出していたシエル。彼女は目一杯口に頬張ったクッキーを紅茶で流し込んでから、アリスに問いかけた。


 「えぇ、その通りです。ずっと探していた天界のレセプターの所在が、ようやく掴めました。これから貴方達には、レセプターの制御権の確保と無力化、或いはその破壊の任を受けて頂こうかと思っております。」

 「!!」

 アリスの言葉を聞いた瞬間、この場に電流のような衝撃が走った。天界のレセプター。それは、人々の心を奪い、抜け殻のようにしている元凶と言える魔性の鉱石。それをこちらの制御下に置くと言うことは、心を奪われた人達を元に戻せると言う事だ。それと同時に、未だに不鮮明な天界の目論見も打ち破れるという事になる。

 「手に入れた情報によれば、彼らが拠点としている天界の土地、『カオストワール』。そこに建つ彼らの居城『メルガイア』と、対をなす塔『ディオラノス』に一つずつ。そしてそこから少し離れた地下施設、『フェイカーヴァイス』に一つ。計三つのレセプターがあるとの事です。」

 「三つも?一つじゃ収まり切らない程大量に記録をしてるのか?それとも、それぞれに役割を振って稼働させてる…?」

 「あまり派手に嗅ぎ回る訳にもいかなかったので流石に詳しい内情までは探れてはいませんが、そのどちらも、という認識でいるのがいいでしょうね。常に最悪の想定をしておいた方が、色々と対処しやすいですから。」

 「…それで、何か作戦は考えてるのか?流石に敵地に真正面から乗り込むわけじゃないだろ?」

 八雲はどこか落ち着きのない素振りでアリスに問う。恐らく今すぐにでも行動したくて堪らないのだろうが、彼の冷静な部分がなんとかそれを制止しているように見えた。

 「作戦と言うほどのものではありませんが、敵の本拠地に攻め入る事になりますから、物量では圧倒的にこちらが不利でしょう。なので、少数精鋭での隠密行動がベストかと。派遣部隊のリスクは大きいですが、上手く行けば少ない被害でレセプターをこちらの物に出来ます。一度掌握してしまえば、二度と起動出来ないようにシステム自体を封印する事も可能ですからね。」

 「つまり俺達は世界全ての行く末を左右する、その最重要課題を任されるって訳か?…なんか緊張してきたな。」

 「そこまで大仰なものでもありませんよ。抗うか、抗わないか。ただそれだけの事です。そして、貴方達は抗う事を選んだ。…そうでしょう?」

 アリスは涼しい顔でそんな事を言う。確かにそうだ。それぞれ思う所はあるだろうが、決してそんな大層な物の為じゃ無く、もっと小さな、だけど決して譲れない物の為にここにいる。そして、天界と最後まで戦う道を選んだんだ。

 

 「…ところでアリス、瑠奈ちゃんについての情報は何か無いの?せめて安否ぐらいは知っておきたいと思うんだけど…。」

 話の区切りを見つけて、明日香が小さくアリスに尋ねた。そう、確かにレセプターを掌握すれば、他の人達は元通りになる可能性が高い。だが天界にいる瑠奈は、例え心が戻った所で真達のいた世界に一人で帰る事は出来ない。いや、それ以前に明日香の言う通り、瑠奈がまだ無事でいる確証も何も無い。

 「私もそれが引っ掛かっていたんです。レセプターの情報は、少しずつではありますが確実に集める事が出来ました。しかし、瑠奈さんに関しての情報は得られませんでした。…この事からして、天界側からすれば、瑠奈さんにはレセプター以上に重要な役があるのだと思われます。そう考えれば瑠奈さんが危険に晒されている可能性は低いでしょう。…こんな気休めにもならない憶測しか出来なくて、本当に申し訳ありません。」

 瑠奈についての情報が無い事を素直に謝罪し、アリスは真に向かって深く頭を下げた。…そうか、瑠奈の情報は無し、か。確かに心配ではあるけれど、それでも悲報が舞い込んで来るよりはよっぽどマシだった。少し前の真だったら気が気じゃなかっただろうが、今は独りじゃない。周りにはみんながいてくれるし、そのみんなの為にも、俺一人だけ落ち込んでもいられないだろう。そんな風に考えられるくらいには、真も成長していた。

 「いや、いいんだ。気にしないでくれ。それよりも、やっと天界の確定的な情報が入ったんだ。早いとこ、カオストワールとやらに乗り込む為の準備をしないと。そうだろ?」

 「…ふっ、そうだな。折角真も乗り気なんだ。早いとこ奴らを潰しに行こうぜ。それに、俺達に情報を開示したって事は、もう既にお前の方は準備出来てるんだろ?アリス。」

 八雲は真の言葉を待っていたかのように笑みを漏らし、続けてアリスに皮肉っぽい口調で質問した。アリスはそこの所、中々慎重と言うか、抜け目がない。普段はのらりくらりと躱し捌きつつ、万全の状態になって初めて手の内を晒す。そういう性格故に、アリスが今回この話を切り出したという事は。

 「ふふ、お察しの通りです。ドロシーにも座標はお伝えしていますから、行こうと思えば今すぐにでも行けますよ。しかし、そうですね。真さんや八雲の言う通り、行動に移すのは早い方がいいでしょうし、明日一日を準備期間として、明後日には出発しましょうか。細かい作戦はまた明日にするとして、今日はこの辺りで一旦解散と致しましょう。それでは、また。」

 アリスは緊張などは微塵も感じさせず悪戯に笑いながら紅茶をゆっくり口に含み、喉を潤す。それを合図に、真達は各々館内へと続く扉の方へと歩いていく。


 「いや~、いよいよ本格的に行動開始って感じだね!しっかし、攻める場所が思ったより多くてちょっとしんどい系だねぇ。」

 「天界むこうもそれだけ本気でやってるって事なのかな?一応は理想を掲げてる訳だし。ま、それで?って感じだけどね~。」

 屋上を後にするや否や、シエルとドロシーは堰を切ったようにあれこれ話を始めた。

 「ってゆーかドロシーさ、知ってたなら教えてくれたってよかったじゃん。何で黙ってたの?」

 「私だってさっき教えられたばっかりだよ!知ってる事なんて皆と全然変わんないって!それよりセシルだよ!ぜ~ったい色々知ってるし、来ようと思えばいつでもこっち来れたっしょ!」

 「えぇ、まぁ、そう言われると返す言葉も見つかりませんね。しかし、私もアリスに口止めされていた身でして。アリスからしてみれば無用な混乱を避けるため、敢えてこのタイミングまで黙っていたのでしょう。」

 二人の視線に刺されたセシルは、最早懐かしさすら覚えるいつも通りの笑顔で飄々と答えた。

 「まぁまぁ。どちらにしても、やっと問題解決への直接的な行動が出来るようになったんだから。とりあえず良しとしようよ。ね?」

 まるで駄々を捏ねる子供のように頬を膨らませたシエルとドロシーを、明日香は苦笑いしながらあやす。

 「ん~、よくは無いけど、明日香ちゃんがそう言うなら…。でも気持ちが塞いじゃうなぁ…。もっと慰めてくれてもいいんだよ?なんなら私、今夜空いてるし!」

 「…変態。」

 「くくっ。言うなぁテイル。まぁ、妄想は程々にしとけよ?ドロシーちゃん?」

 相変わらず女の子好きなドロシーは一体どんな想像をしているのか、緩みきった顔を軽く上気させて垂涎している。そして、そんなドロシーをからかうテイルと八雲。明日香は言わずもがな、なるべく表面には出さないようにしてはいるが、全力でドン引きである。相変わらず緊張感も何も無いなぁ…。しかし、そっちの方がらしくていいと思うのもまた事実。


 「そうだ、最後に少し体を動かしておきたいんだけど…。明日香、八雲、付き合ってくれないか?」

 いくら楽園ワンダーランドに来てからずっと訓練を続けてきたとは言え、正直な所、今の力がヘリオス達に敵うものだとは思えなかった。けれど、だからこそ、現時点での自分の限界点を知っておきたかった。どれくらい通用するのか把握していなければ、作戦の立案にも支障が出るだろうしな。

 「あぁ、別にいいぞ。ただ大人しく体を休めるだけってのも性に合わないしな。…よし、シエル、テイル、お前らも来い。正直今の真達が相手だと、一人じゃしんどい。」

 「オッケー☆よーし、やるからには勝っちゃうもんね!ね、テイル!」

 「…負けない。」

 そんな真の唐突な提案、にも関わらず乗り気な八雲と、シエル&テイル。明日香だけは少し躊躇いがちだが、みんなの反応を見ると半ば呆れたように肩を落として言った。

 「え?今から?今の内に出発の準備をするとか、英気を養うとか…って色々言ってもどうせやるか…。あんまり無茶はしちゃダメだからね?」

 明日香の心配もどこ吹く風、真達は屋敷の外へと足を早める。そんな流れにいつもの笑顔を更に嬉しそうにさせて、セシルが一言呟いた。

 「おや、中々に面白そうですね。私も観戦といきましょうか。」

 「あ、セシルは最近の真達知らないのか。もうね、あの時とは別人!すっげーからマジで!今や楽園ワンダーランドの主戦力と言っても過言では無いよ!」

 「ほぅ。それは楽しみですねぇ。真さんの成長、この目で見させて頂くとしましょう。」

 「ドロシー、それは言い過ぎだってば。セシルも、そんなに期待すんなよ?あくまでも良くなったってだけだから!」

  

 騒々しく外へ出て、ぞろぞろと館の裏へ回る。館の裏手は少し開けた空き地になっており、八雲との実戦特訓も基本的にはずっとここで行ってきた。見慣れた景色にどこか懐かしさを感じながら、真は深く息を吸い込み、そして吐き出す。

 「…さてと。真、やるなら早く始めようぜ。先に言っておくが、手加減はしないからな?」

 準備万端、八雲は既にテイルとユニオンを済ませ、軽く体をほぐしている。対する真も、もう心の準備は出来ていた。深呼吸をして精神を落ち着かせ、神経を研ぎ澄ませる。

 「ああ、いつでもいいぜ。明日香、サポートよろしく頼む。」

 「うん、任せて。…言っても聞かないだろうけど、あんまり無茶はしないでね?」

 「わかってるって!よし、それじゃあ…いくぜ!!」

 言うが早いか、真は一直線に八雲に駆け寄る。その後ろでは真の補助の為、明日香が魔力を高めていく。

 「一直線か。まぁ、思い切りがいいのは嫌いじゃない。」

 八雲との間合いはあと4、5歩と言った所。それでも八雲は全く動じず、真の動きを観察し続け、ゆっくりと構える。

 「行くよ、真!」

 明日香は掛け声と共に片手を前に突き出す。それと同時に起こる閃光。目が眩む程の光量の中、八雲に向って光の矢が放たれた。

 「遠距離からの先制攻撃、そして崩れた所に近距離から追撃か、定石だな。」

 光が瞬く一瞬前。八雲は半身で避けて的をずらし、さらに真を迎撃する為に一歩足を引き、スタンスを大きく取る。明日香の放った光の矢は、事前に察知した八雲の回避行動によって、八雲の横を通り抜け…なかった。八雲に達する前にその光は消え、発していた眩い光も辺りの空気に散っていく。その代わりに煌めくのは、寒々しさすら感じさせる程に洗練された、一振りの長刀。

 「そこだぁっ!!」

 その間僅か数コンマ。真は明日香の魔力を刀に変え、八雲の背面側から居合斬りよろしく薙ぎ払う。距離、速度、パワー共に申し分のない一撃。…が、その切っ先に触れたのは、雷光を湛えた漆黒の鎌。

 「いい線だったが…、惜しかったな。」

 「ふっふっふ、私を忘れてもらっちゃ困るなぁ、真ちゃん?」

 八雲の後ろから影を伸ばし、真の刃を難なく受け止めたシエル。その影は瞬く間に絡みつき、刀をガッチリとその場に固定する。そうして真が動きを止めたその一瞬、八雲は大きく振りかぶり、燃え滾る魔爪で勢いよく空間ごと切り裂いた。途端に広がる衝撃と熱波。地面が抉り取られ、風は灼け爛れる。

 「あっぶねぇ…。直撃してたらアウトだったな。」

 紅く舞い散る灰燼の向こう側、刀を捨てて飛び退いた真は、額の汗を手の甲で拭いながら呟く。

 「真、大丈夫?…流石に一筋縄ではいかないね。」

 「まぁ私がいるんだし、あったりまえじゃん?…ふっ、世の中そう簡単にはいかないんだよねぇ、これが。」

 「…まだ、やる?」

 「あ、スルー?スルーなの?はぁー、お姉ちゃん悲しいなぁ…。」

 

 秒間の攻防を繰り広げた直後、何事も無かったかのように当たり障りのない会話を始める面々。そんな彼らの様子を見、物思いに耽る少女と猫が一人と一匹。

 やがて日が落ち、長く続いた戦いで砂埃と生傷だらけになった両雄が仲良く並んで倒れるまで、二人(?)はずっと彼らを見守っていた。かたや真達の成長を実際に目の当たりにして、天界との戦いに光明を見出し。かたや激しくも優雅に舞う少女達の姿に見惚れ、脳内に桃源郷を描きながら。

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