第13話

 「さて、と。真があの時咄嗟に創り出した刀。あれはかつてスサノオが使っていた十拳剣、天羽々斬。真自身の記憶になくても、その神性に刻まれた記憶は確かに真の中に眠っているんだ。これは結構重要で…と言うのも、物質変換の能力は何でも制限なく作れるわけじゃないんだ。その人が知っている、理解しているモノしか作り出せない。構造が複雑な物や抽象的な概念、空想なんかを完璧に具現化させるのは、絶対無理では無いけれど限りなく不可能に近い。だから、基本的に引き出しは真とスサノオ、その二人の記憶の範疇になる訳だね。」


 真達が楽園ワンダーランドに来てから、早くも一週間ほどは経っただろうか。真は明日香や皆の言う通り、まず休む事に専念した。それと同時に、今自分自身が置かれている現状、天界や楽園ワンダーランドの状況などをそこそこは整理したつもりだ。シエルやドロシーの案内で軽く楽園を歩いて回ったり、ある程度はこの現況に慣れて来たと言っても差し支え無いだろう。そして今、やっとこうして明日香に魔力の使い方を、八雲にも実戦での教練を教えてもらえる運びになったわけだ。

 「まずはあの時やったように、物質変換を練習しよう。そうだね、そこの木材を木刀にでも変えてみようか。スサノオの記憶については、多分戦いの中での方が理解出来ると思うから、まずは真の記憶にある物から、ね?」

 明日香の説明を聞く真の目の前には、何の変哲もない木材が用意されている。これを木刀に、か…。真はそれに手を伸ばし、持ち上げる。意外にずっしりとくる木材を片手に、頭の中に木刀の形をイメージする。無論、真にとっては京都や日光辺りの土産物程度の記憶しかないが、今はこの木材を変化させる事自体が重要なのであって、質はまた後から磨けばいい。一度深く呼吸をし、目を閉じる。右も左も分かりはしないが、とにかく集中、集中だ-。


 「…真はごく普通の人として生きてきたから、まずは魔力そのものをコントロールする必要があったのかも。…これはボクの教え方が悪かったかな。ごめんね?」

 かれこれ一時間は経っただろうか。真が手にした木材は木刀になるどころか、特に何の変化も見られなかった。苦戦するとは思っていたが、まさかここまで絶望的な結果になるとは…。

 「いや、単純に俺の力不足か、才能の無さだろ。くっ、我ながら情けない…。」

 「そんな事ないよ。実際、真は一度成功させてるんだし。…んっと、それじゃあ改めて。」

 言い終えると、明日香は軽く目を伏せる。すると、明日香を中心にして、周りの空気が少し変わった。口で説明するのは難しいけれど、空気に存在感が出たというか、色が付いたというか、そんな感じだ。

 「なんとなくでも、感じてるかな?今真が感じているもの、それが魔力だよ。何て言うか感覚的なものだから、こうして身を持って知ってもらうのが一番早いかと思って。…この魔力は、真の中にもちゃんとあるんだ。まずは周囲の魔力を感じ取れるようになって、そして真の中にある魔力を自身で認識してもらう所から始めよう。」

 確かに、ヘリオス達と対峙したあの時も同じような空気感を感じていた。ただ、あの時感じていたのは息が詰まりそうな程重たくて、逃げ出したくなるくらいに刺々しい、敵意に溢れたモノだったけれど。それに比べて、今感じている明日香の魔力はとても暖かくて優しい。まるで煌々と照らす陽の光に包まれているようだ。

 「…うん、分かる。これが、明日香の魔力なんだな。…よし……。」

 真は再び目を閉じて、魔力と言うものを全身で受け止め、そして受け入れる。それと同時に、心の内部、深層へと意識を沈めていく。果てのない小さくも深い暗闇の中に、しかし明日香の様な暖かな光を探して、奥へ、もっと奥へと。

 明日香は真の中に確かに魔力があると言った。その言葉を疑う理由なんてないし、きっと明日香が言うなら本当の事だ。明日香を信じろ。そして、明日香を信じた自分を信じろ-。


 …そうして目を閉じてからほんの二、三分だった気もするし、もっと長かったような気もする。集中しすぎて時間感覚がおかしくなり始めた頃、周囲に拡散する魔力、それに近い何かを胸の中に感じた。明日香のものとは随分と違う雰囲気だが、その本質が同じだという事だけは感覚でなんとなく分かる。それを敢えて物に例えるのなら、そう、黒鉄と言った所か。映り込む物全てを両断してしまいそうな、妖しくも凶悪に研ぎ澄まされた一振りのそれだ。

 「…これが、俺の魔力か…?」

 「真、一旦休憩しよう。あんまり一度に負担をかけると、後が大変だよ?」

 真の様子を見計らって、明日香が声をかける。言われた途端、途方も無い疲労感がどっと押し寄せて来る。どうやら時間感覚だけじゃなく、疲労感も麻痺してたらしい。

 「あぁ、そうするよ。…思ったよりしんどいな、これ。でも、おかげでなんとなく分かった気がするよ。」

 「うん、一時はどうしようかと思ったけど、この調子なら予想以上に早く物に出来るんじゃないかな。」

 「だといいけどなぁ。…明日香、ありがとな。」

 「お礼なんていいよ。それより、この後は八雲と実戦の特訓でしょ?しっかり休んで備えておかないと!」


 そんな感じでしばらくの間は他愛のない話をしながら休憩していたが、そのうちバタバタと駆け回るような足音が遠くから聞こえてきた。その騒音は徐々に真達のいる部屋に近くなり、ドアをバーンと開け放つ轟音と共に途絶えた。

 「まーこーとーくーん!特訓は順調かな?今回様子を見に来たのは、皆のアイドルシエルちゃんだよっ☆」

 「シエル、部屋に入る前はノックくらいしろよ…。しないにしても、せめてもう少し静かに入ってきてくれ…。」

 嫌になるくらい元気なシエルの声は、気怠い体と疲れた心にこれでもかと響いてくる。これがシエルの良さでもあるんだけど、時と場合によってはこの上なく面倒な性格だ。

 「およ、割とお疲れモード?いや~ごめんごめん、まさか初日からそこまでがっつりやるとは思ってなかったよ。」

 「まぁ、少しでも早く力を付けないといけないしな。いつまでも皆の後ろに着いていくだけじゃ、何て言うか…かっこ悪いだろ?」

 わざわざシエルから視線を外してぼそっと言ったこの台詞が気に入ったのか知らないが、次に戻した視線の先にあったシエルの瞳は爛々と輝き、とても満足気な笑みを、全然、全くもって抑えきれてはいなかったが、それでも必死に堪えようとして変な顔になっていた。

 「…なんだよ、その顔は。」

 「ん~ん、べっつに~。…ただ、なんだかんだでいい目になってきたよね、って。明日香ちんもそー思うっしょ?」

 「うん、そうだね。この非日常にも慣れてきた頃だろうし、少し余裕が出てきたのかな?…逆境でも挫けずに前を見続ける。真は本来こういうタイプの人なのかもね。」

 てっきりからかわれているんじゃないかと思っていたが、何故かいつの間にか二人して真の事を褒めちぎる会話に変わっていた。まぁ悪い気はしないが、これはこれで恥ずかしいし、なんだか居心地が悪いと言うか、落ち着きがなくなってくる。

 「き、急になんだよ、二人して。…そりゃ嬉しいっちゃ嬉しいけどさ、面と向かって言われると、それ以上に恥ずかしいわ。だから、この話はおしまい!…よし、ちょっと早いけど、八雲の所に行くぞ!」

 「あいさ~!八雲はテイルと一緒に外にいるよ。あ、明日香も来る?」

 「うん、ボクも一緒に行くよ。心配無いとは思うけど、真は見た目以上に疲れてると思うから一応…ね。」

 話がまとまった所で、三人で部屋を後にする。先頭を歩く真の顔は夕焼けの如く真っ赤だったが、それを見られないように気持ち足早に屋敷の玄関ホールへと向かっていった。さて、八雲の所に着くまでに平常心を取り戻しておかないとな…。


 「…ん、早かったな。魔力訓練の方はもういいのか?」

 外に出ると、八雲とテイルが玄関脇にある立派な柱に寄りかかって雑談を交わしているところだった。

 「魔力って、思いの外体力とか精神力使うんだな。あんまり本格的な事は出来てないのに、正直言ってかなり疲れたよ。」

 真は半ば自分自身に言い聞かせるように、八雲に簡単にな報告をしつつ素直な感想を言ってみた。

 「まぁ、突発的に使える事はあっても、いきなり意のままに魔力を扱える奴なんかいやしない。いたとしたらそいつは何百年、何千年に一人の天才と言えるだろう。それぐらい高度な技術なんだ、魔力行使って奴は。その点真、お前はかなりいい線だと思うがな。」

 てっきりダメ出しを食らうかと思っていたのに、八雲から返ってきたのはまさかの高評価。なんだか調子が狂うけど、要はこのまま頑張ればいいって事だな。なんて、八雲の言葉を勝手にポジティブに受け止めた。

 「さて、早速本題に入るか。まずは…そうだな。真、お前体力に自信はあるか?」

 「え?う~ん、人並みには動けると思うけど、そこまでタフな方じゃないかな…。」

 個人的に運動は嫌いじゃないし、日頃から空いた時間に軽く体を動かしてはいたが、そこまで本格的なトレーニングはやった事が無い。自信があるかと聞かれても、胸を張ってあるとは言えないのが事実だ。

 「そうか。なら、最初は体力作りからだな。まずは基礎的な部分を完成させて、実戦の訓練はその後だ。…早く力を付けたい気持ちは分かっているつもりだが、焦ってやっても確実に強くはなれない。俺に教えられる事は全部教えるし、ゆくゆくはお前に一戦力として戦ってもらうつもりだ。だから、今は遠回りに思えるかもしれないが、俺を信じてやっていって欲しい。…その辺は理解してくれ、いいな?」

 …どうやら、真の心境はみんなに筒抜けらしい。真からしてみれば、大分落ち着いたと思っているし、みんなには心配をかけないように平静を装っているつもりだったのだが、やはり隠し切れない所はあったようだ。

 「…あぁ、分かってる。俺だって中途半端なのは嫌だし、きちんとみんなの役に立てるようになりたいんだ。むしろ俺がへこたれたり、泣き言を言ったりしたら、思いっきり叱ってやってくれ。」

 「ふっ、いい返事だな。よし、それじゃあ早速始めるか。まずは軽く体をほぐしておけ。怪我でもしたら元も子もないからな。」

 「あぁ、よろしく頼む。…よし、やってやるぜ!」




 ―俺は弱い。けど、きっと強くなる。俺はそう決めたんだ。みんなの為にも、瑠奈の為にも、強くならなくちゃいけない。きっと力を手に入れれば、失った物を取り戻せる。天界の奴らもやっつけて、何もかもを元通りに出来る。また平穏で平凡な日々に戻れる。この時はまだそんな風に、力を求め、力を手にした後の事ばかりを考えていた。

 …だから、俺は気付けなかった。力を求める俺の心のその根底に確かに息衝く深淵に。

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