宗教と義務

自己啓発的な本が好きな時期があって、手当たり次第に読み漁っていた。

苫米地英人とか、論語とか、ショーペンハウエルだとか、自助論だとか、引き寄せの法則だとか、徒然草だとか、それらしきものとわかればなんだって読んだ。探していたのは、最高の思想である。欠点のない、それだけを信じて生きていればよい、という思想。今まで、いろんな本を読んでは、裏切られてきたのである。どれも欠陥があってうまくいかない。それで探していた。誰に従えば良いか。


元はと言えば父が関わってくる、非常に厳格な父親で、しかし自分勝手で道徳の足らない父親だった。要するに、俺の機嫌をとれ、と怒鳴りつけるのである。しかし直接的には言わない、いつも道徳的なお説教のオブラートに包んでいるから、僕はまともにそれを受け取る、それで長いこと僕は道徳的に厳格な父の元で育てられてきたのだと思い込んでいたが、ある日そうではないと知った。今まで教えられてきたことは、要するに俺の機嫌を取れ、俺の思う通りに生きろと言っていただけなのだと、僕の幸福など彼にとってはどうでもいいのだと悟った。


それで彼の思想から離れようと思った。今まで過去積み上げてきた、自分の中に蓄積した思想、彼の言葉の記憶、これを捨てようと思った。代わりが要ると思った。中島みゆきも言っている、「お前が消えて喜ぶものにお前のオールを任せるな」と。そして僕は誰にオールを預けるべきか、どの本になら預けてよいかとずっと探していた。


宙船の例えを出したから、結論はこう見える、「オールは誰にも渡してはいけない」。自分の人生は自分で握っていくのだと。僕にはそれが難しいことのように思われる。僕は二十年もの間、自分のオールを握る手を打たれ続けて、それを渡せ、と強いられてきた人間なのである。傷つき弱り切ったこの手で、再び自分の人生を抱きしめることができるか。


別に新しいことを始めようってわけじゃない。ただ自分の意志を回復したいだけなのである。それは生活に余裕さえあれば容易なことだろう。他人を愛していたいのだ、それだって心に余裕があればできることだろうと思う。ではどうすれば心に余裕ができるか。わからない。不運から切羽詰った状況に落ち込んで、どうしようもなくなった人間もいるだろう。僕は自分がそうなのだと言いたい、もはや自分には自分の人生をどうすることもできないのだ、と言いたい。なぜ言いたいか。なぜ言わねば済まないか。「自分の人生を解決せねばならない」という強迫観念のようなものがあるからである。


自己言及のごとく、論理は弧を描いてそれ自体に突き刺さる。この世であってはならないことは、ただ一つだ。負うべき義務とはただ一つだけ、義務があると思い込まないことである。誰にも義務を負わせてはならない。これだけが我々の義務である。あらゆる物事を自由意思によって進めていきたい。なぜこんな極端な思想を持ち出すか。我々がそれだけ義務に囚われているからである。日本人の最大の問題は僕はこれだと思う。あらゆるものを「そうせねばならない」という感情で進めている。結婚でさえそうである。


そもそも「せねばならない」とは何か。何が「ならない」のか。僕の地域では「やらなあかん」と言う。何が「あかん」のか。


これは要するに痛みによる躾けである。人為的な苦痛、それをやらなければ苦痛が与えられる、という形で人間を律しようとしているのである。この苦痛の棘を人生の奥深くまで差し込むことで、我々は自分を律し、お互いを律している。


人為的な痛みによって人間を律するのには、良い面と悪い面とがある。良い面とは、即効性があり、強力だという点である。強い痛みを与えれば与えるだけ、強力に律することができる。仮に腕輪を付けて電気を流せば、それだけであらゆる人間を支配することができるだろう。本質的にはそういうことをやっている。ただ痛みがそれよりは少ないのと、道具が言葉や態度であるという点で違っている。要は一番手っ取り早い方法なのである。どうしても人を支配したければ痛みを与えれば良い。


悪い面がいくつかある。包括すれば、要するに、倒錯的で人為的だという点である。その痛みは人間が人間を律するために作ったもので、元々世界に存在するものではない。ここで「どれくらい人為的か」という程度が存在することに気が付いた。複雑だ。後に回す。





急に書く気力がなくなった。おやすみ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遺書の代わりに @shiromiso

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る