第5話 その時、ハムスケは。

「ピニスン殿ぉ~~~っ」


「んっ、ハムスケ君。」


ナザリック地下大墳墓・第六階層の果樹園地域。

外から移植したリンゴの木が立ち並ぶ一画。

白く輝く毛並みを揺らせながら、大きな体の魔獣が二本足でペタペタと歩いてきた。


「ちょっとまっててー、今降りるから。」

樹上から返事をしたのは森精霊ドライアードの<ピニスン・ポール・ベルリア>。

トブの大森林で、復活した魔樹<ザイトルクワエ>殲滅の折にナザリックの一員となった者だ。


彼女は乗っていた太い枝をペチっと叩くと、その樹は奇妙に幹をくねらせて枝を地上近くへ垂らす。

それはリンゴの木ではなく、<トレント / 妖樹>という植物系モンスターだった。

ピニスンはそれに乗って果樹の世話をしていたのだ。


「ありがとうっ、また後で頼むよ~っ。」


幹のウロに浮かんだ目を瞬かせて返事をすると、根っこをくねらせながら樹々の奥へ向かうトレント。


「おまたせ~、ハム君。 今日はお仕事はないのかい?」


「んーっ、殿はナーベラル殿を連れて出掛けたでござる。

 今回はお前の出番は無いから留守番してろと言われたでござるよ・・・。」

ヒゲをしょんぼりと垂らしながら答えた。

やる事が無いときはたいてい第六階層の森に居るハムスケだが、最近は果樹園で過ごす事も多い。

ドライアードのピニスンが宿る母樹がここに移植されて以降、よく訪れている。

今や「ピニー&ハム」と呼び合う仲になっていた。


あれだ、今までパシリだった者の下に新入りが入ると・・同レベルの仲間ができたと親近感が湧く・・アレである。

なんせ、ここナザリックにはトブの大森林に居た頃には想像もできなかったような存在が周りを闊歩しているのだから。


<アインズ様のペット>というポジションは、ナザリックにおいて一種・・・複雑な意味を持つ。 羨ましがる者の中には・・羨望の視線と同時に、嫉妬や憎悪に近い感情を向ける者もいるし。 逆にペットを不快にさせては・・アインズ様のお怒りを買うのではないかと恐れる者もいる。

あるいは完全に無視されるか・・・。

なかなかその距離感は厄介で、仕事のない時はけっこう手持ち無沙汰なのだった。


恐怖公の所の小さき眷属達は、その点 気さくで別け隔てなく親切にしてくれるのだが~。 頭の上に乗せて、たまに地上部に連れ立って日向ぼっこしてると、メイドの面々にひどく嫌がられ追い出される有様。

肩身が狭い思いをしていた。


そこに、自分と同じような境遇の新参者が出来たとなれば嬉しく無い訳がない。

頻繁に通っては気の置けない会話を楽しんでいるのだ。


「・・・っでござろう?

 殿はお食事を取られないから、某が密かに殿の分まで食べてるのでござるよ。

 おかげで最近はお腹もこの有様であるからして・・・。」


「ふふ、君はもともと丸いんだから、そんなに変わったようには見えないよ?」


「言うでござるなぁ~

 某も一応メスでござるからなあぁ、スタイルは気にしているのでござる。

 もっとも・・・・見てもらうべき同族の殿方が居ないことには~・・

 詮なき事でござるが・・。

 どっかにいいオス・・居ないでござるかなあ・・・。」


「いいじゃないか、君は探しに行けるんだもの。

 あたしも一応・・雌株だけど、あたしらは動く必要はないからね。」


ピニスンは少し羨ましそうにハムスケを見返す。

森精霊である彼女は母樹より長く遠く離れてはいられない。

その事を不便に思ったこともなかったし、それが当たり前だと思ってきた。

植物系モンスターの多くがそうであるように、薄くまどろむような長い長い時間を受動的に過ごしてきた。

小動物に根っこを齧られても、鳥が幹に穴を開けても、風で枝が折れても、あるがままに受け入れるだけだ。

次に太陽が登った時、<魔樹>の触手が伸びてきても・・・・。


だが、そうはならなかった。

ちっこいダークエルフと大きい鎧の人が現れた日、ピニスンは想像だにしなかった世界の広さを知る事となった。

そして、現に今・・・生まれた場所ではない所にいる。

するか・・? 違う風景を見るなんて樹が考えるか?

さっきまで一緒に居たトレントのような移動できる存在ならまだしも、動けぬ樹が終の場所から動くなど考えもしなかった。

強風で倒れたり、嵐に吹き飛ばされる事は有るかもしれないが、根っこが抜けるという事態は即ち死と同義な訳だし。

そんな有り得ない体験をして、ピニスンは森精霊としても有り得ない考えを抱くに至る。


「いいなあハム君は、色んな所に走って行けて。」


「ふむぅ、某がもっと大きく強くなったら・・、ピニー殿の樹を背にくくりつけて連れてってあげるでござるよっ。

 2人で海を目指して旅をするなんてどうでござるかっ。」


「ハム君、それじゃあ枯れちゃうじゃないかぁ~。 あっ、おっきい鉢植えにしたらいいかもねっ!」


他愛もない冗談を言い合いながら2人は笑い合う。

ハムスケもそれが実現できるとは思っていない、殿に忠誠を誓った身なのだから。

でも・・・っと思い出したように言う。


「そういえば、ナーベ殿に連れられて殿の部屋に行った事があったでござるが・・。

 殿が風景を映す魔法やらアイテムやらを使ってるのを見たであり申す。

 あれならピニー殿も外の様子を見られるかも知れないでござるなぁ。」


「へ~、そんな魔法やアイテムがあるんだ?

 やっぱり世界は広いんだなあぁ・・遠くを見るかぁ~。」


「何かの折に、・・いいや、某がきっと武勲を上げて殿に頼んでみるでござるよっ。」


殿は慈悲深い御方だが、お願いをするだけの甘えた態度はよした方がいいでござる。

なればこそ、役に立った褒美としてお願いしてみよう、そうハムスケは思った。

そのためにはもっと強くならねば、目の前の友を見ながら密かに心に誓う。




「おや、ハムスケ君じゃないか。 今日はアインズ様のお供は無いのかい?」


少し前のピニスンと同じようなことを言いながら、果樹園の隣に広がる畑から歩いてくる者がいた。

農作業用のオーバーオールを着た寸胴な体。

その頭はキノコであり、肉厚の傘には赤い粘液がプルプルと震えて輝いていた。

ナザリック地下大墳墓の副料理長である<マイコニド / 茸生物>だ。


「おぉ、ピッキー殿ぉ、精が出るでござるなぁ~。」


「あっ、ピッキーさん、先日はよい腐葉土をありがとうございました。」


ピッキーと呼ばれた彼はひょこひょこと歩いてきて、ハムスケの横に腰を下ろす。


「いえいえ、ついでですから構いません。

 アウラ様に頼んで、大森林から時々送ってもらってますからね、お易い事です。

 私には特殊な技能はないですが、野菜作りがなんだか楽しくなってきましてね。」


「懐かしい匂いがすると思ったらやっぱりあそこのでしたかぁ~、腐葉土の中の菌も具合がいいですよぉ。」


「それは重畳、植物は陽と水だけで育つに非ず、菌もまた重要なのです。

 私も畑を作ってから菌の1人として初心に帰った気分です。」


「ぬおう? 菌って・・・病気にならないのでござるか? ピニー殿?」

さっぱり理解できないという顔で両側の2人を見渡すハムスケ。


「ふむ、なるほど・・哺乳類の方には理解し難い事でしょうな。」

そう言いながら、うおっほん、と咳払いをしてピッキーは語りだした。

曰く、それはあなた方の腸内細菌にも似た共生関係である事。

曰く、植物の根に繁殖し菌糸で出来た菌根きんこんを伸ばす事。

曰く、菌は土中の水分を集め、ミネラル分を定着させて植物を育む。

曰く、植物は光合成によって作った栄養分を菌に分け与える。


「・・・ですから、痩せた土地でも植物は育つのです。

 逆に、菌の少ない所、居ない所で植物が育つのは難しい。

 大森林の腐葉土から様々な菌やバクテリア、微生物を加える事で、この畑も果樹園も豊かになるのですよ。」


もっとも・・・、第六階層はマーレ様のドルイド系魔法である

<ガイアズ・バウンティ / ガイアの恵み>によって土壌のコンディションを保たれてますけどね。

これもまた、外の世界のモノをナザリックで生育させるという・・・試みの一環なのですよ。 っと付け加える。


「なるほど・・、切っても切れぬ仲、っという訳でござるな。

 それはきっと・・・・」

ハムスケは大きく頷いたが・・・ピッキーの勢いは止まらない。


「・・・そもそも自然界のヒエラルキーにおいて、すべてを土に還すキノコ(菌)こそ注目されるべき。

 私の仲間には山ひとつを覆うほどの菌糸を広げ・・・・・」


あっ、まずい・・・ 何かのスイッチを押してしまったようだ。

ピニスンとハムスケはちらりと目を交わし、まいったなと小さく頷く。

普段は温和で口数の少ないピッキーさんだが、たまに喋り出すと止まらない。

いつも聞き役に徹している反動なのだろうか。

話題を変えるタイミングが付かぬまましばらく・・・、キノコの偉大さについて講義を受けた。


意識が朦朧としてきた頃、意を決したようにハムスケが楔を打つに挑む。

「とっ、ところで、ピッキー殿の名前は何というでござる?

 これは愛称なのであろう?」


ピタっと喋るのを止め、深くため息を吐く彼。

なんとかスイッチは切れたようだ・・・。

ピニスンはよくやったとハムスケの背中を叩いた。


「ええ、エクレアが勝手に付けた呼び名なんですがね・・。

 <ヒドネルム・ペッキー(Hydnellum peckii)>というキノコに、この私の姿が似てるからだそうです。」

<エクレア>というのは執事助手のペンギンで、主に第九階層のトイレ掃除に使命感を燃やし、無口な男性使用人を使っている。

ピッキーが副料理長としての仕事の合間に開く、第九階層にあるバーの常連だ。


「ですが・・・、エクレアはあのクチバシで舌っ足らずですから・・・

 『ペッキー(peckii)』と発音できないのですよ。

 何度も注意したんですが、さっぱり直りません、あの方。」


『ピッキー』と呼ばれた理由となるそのキノコは、かなり特異な姿をしている。

ビロード状の表面を持ち肉厚の白い傘組織を持つ。

非常に特徴的なのは傘の表面に分泌される真っ赤な粘液の雫。 

悪夢に出てきそうなサイケデリックな外観は「出血キノコ」などとも呼ばれる。

命名したのは菌学者の<チャールズ・H・ペック(Charles H Peck.)>なので、略すならやはり「」が正しいだろう。

 

「それに、<ヒドネルム・ペッキー>は私のようなヒダじゃない、イボタケ科だから・・・キノコ違いもいいところです。」

自分の傘の裏のヒダを指差し、不満顔になりながら続ける。

もっとも・・、キノコの表情はハムスケ達にはよく分からなかったのだが。


イボタケ科は担子菌類ではあるが帽菌亜綱に属し、胞子を生成する器官としてヒダを持たないヒダナシタケ目の仲間だ。

日本でもキノコマニアが食用として珍重する「コウタケ」「クロカワ」などがある。

また最近は栽培手段が確立されてスーパーにも出回っている「ヤマブシタケ」などが<ヒドネルム・ペッキー>と近縁だと言えば・・・、

ヒダの無いキノコというイメージはつかみ易いだろう。

ポピュラーな栽培種「マイタケ」もヒダ無しだが、ちょいと遠縁だ。

その辺りを加味すれば・・、外気に触れると変色する乳液や粘液を持つヒダ有りキノコとして、ベニタケ科に副料理長は属すのかもしれない。


「キノコ的にはアレとは全然、似ても似つかない顔なのですけどね、鳥類の考える事はよく理解できません。」


「ほほぅ、ピッキー殿の赤い雫は綺麗でござるからな。

 しかし、それ・・よく落ちないでござるな?」


「ええ、たぶん見た目より硬いですよ?

 大丈夫ですから触ってみて下さい。」


ピニスンとハムスケは近寄って、恐る恐る指で突いてみた。

ぷよぷよと柔らかいが、弾けることは無く粘度が高いのが分かる。

これだけ見るとスライムのようでもあった。


「おほほ~っ、不思議な感触でござるなぁ~~~っ。」


「うわぁ~、こんな風になってたんですねぇ、ピッキーさん。」


「・・っね?」 っとピッキーは少し得意顔になったが、当然ながら2人にはキノコの表情はよく分からない。


「私の体内にある高分子ポリマー成分によって水分を貯蔵し、

 尚且つ、特殊な抗菌成分による他の攻撃的な菌に対する防御。

 キノコを食料とする動物や昆虫に対するための毒成分の濃縮。

 また、種族特性としての幾つかの魔法効果付与。

 言ってみれば・・植物の棘と同じような役割かもしれませんね。」


さらに、その粘液効果は仕事でも役に立っているのですよと続ける。

調理場や食材庫には、たまに恐怖公の眷属がつまみ食いに訪れる事がある。

そんな時、副料理長が居れば、頭の粘液から防虫成分を揮発させて追い返すことも可能なのだという。


キノコの中にはこうした防虫・殺虫成分を持つものも多い。

テングダケ科の仲間が持つ毒成分イボテン酸は、虫だけでなく人間にも美味なトリコロミン酸と似ているので、これに引き寄せられ、食べた虫はコロリと逝く。

別名で「ハエトリタケ(蝿取茸)」と呼ばれる所以ゆえんだ。

もちろん毒キノコとして立派に人間も殺す。


また、キシメジ科には「ハエトリシメジ(蝿取占地)」という、そのものな名前のキノコも存在する。 こちらはトリコロミン酸を持ち美味で食用可能だが、蝿には有毒成分を持つという意地悪なキノコだ。


「あぁ~、分かりますっ。

 あたしたちも防虫のための揮発成分とか作る事がありますもん。」

ピニスンは大きく頷きながら感心している様子だが・・。

哺乳類のハムスケにはあまりピンとこない話だった。


「な・・なるほどぉ、よく分からない複雑な事情があるでござるな。」


「ええ、このような唯一の精妙な体に創って頂いた事、誇りに思います。」


「えっ、そうなの? ピッキーさん。」


「ええ、至高の御方々41人がお作りになったナザリックの面々の中に、

 <マイコニド / 茸生物>は私一人ですから。」


「ふぇ? 創られたって? そんな事、神様以外に出来る訳が・・・」


訝しげに見るピッキーを(キノコの表情はよくわからないが)見たハムスケは、焦った様子でピニスンの口をふさぐ。

大仰に辺りを見回してから、そっと手を離した。


「ぴっ、ピニー殿、初日にアウラ殿から説明があったでござろう?」


「あ、ええっ・・っと、あの時は色々あって舞い上がってて・・。

 一つだけ『アインズ様を侮辱したり逆らったりしたら殺す!』ってとこだけは覚えてるんだけど・・・。」


それはそうだ、動くはずのない自分がこんな大移動をしたのだ。

しかも、世界を滅ぼすと言われた<ザイトルクワエ>と戦う彼らを見て非常識な世界の広さを知った。

ここに来たら魔樹を凌ぐような魔獣がわんさかと居るし・・・。

何もかも想像の遥か上を行く事柄ばかりで、あの時は舞い上がるどころか混乱していたと言ってもいい。

『アインズ様』なる存在がここでは特別な意味を持つ事は理解できたが、

ついさっきまで「~君、」なんて呼んでた自分はいったい・・・・。

アウラの殺気を込めた一言だけがピニスンの頭に入っていた。


「なるほど、なるほど・・・。

 外から来た方ですからピンとこなくても責める訳にはいかないでしょう。

 ただ・・、守護者の方々の前でそういう発言をすると、高確率で殺されますよ。」


「ひ、っひいいい。」


「分かりました、今後のためにも私で良ければお話ししましょう。」


ふう、相手がピッキー殿でよかったとハムスケは胸をなでおろす。

そういえば・・某も最初は似たようなもんでござったなあ・・・。

何度、ナーベラル殿に折檻されたか。

殿はお優しいでござるが、守護者の方々は厳しいでござるよ。


これから第六階層に新しい仲間が増えたら、某が先輩として導いてやらなくてはいけないでござるな!

そして、出来ることなら殿方とも出会いたいでござるなぁ・・・。


膨らむハムスケの夢と胸をよそに・・。

ピッキーのレクチャーを受けてピニスンは赤い顔になったり、青い顔になったりしている。

「まるで紅葉でござるな。」と茶化しつつ、第六階層の昼下がりはまったりと過ぎて行くのであった。


やがてこの果樹園に、もっとドライアードやトレントの仲間が増えて賑やかになるのは・・・・・

・・・・・もう少し先のお話。

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大きな魔樹の木の下で -封印の魔樹・異聞- キノコ紳士 @nobuchi2

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