天歌無双

ふぁゆー

プロローグ

「オレのうたをきけぇ!!」


人気のない公園の、滑り台の頂点でコイツは叫んでいた。

いや、正確に言えば、が正しいのだろう。


「オレの!うたは!どこまでも!とどきます!ハイヨー!」


自分が近付いているのに気付いていないのか、歌なのか選挙の主張なのかわからない声を出している。


「ヘタクソ」

「ヘタッ……!?」


初対面で掛ける言葉ではなかったと、改めて思う。

だがそれほどなのだから、そう言わざるを得まい。


「ヘタ……」


この言葉はよっぽど堪えたらしい。

先程まで威勢よく振り上げていた拳が、みるみる下がって、手すりに落ち着いた。


「……そうなのかな」

「……」

「オレがうたうと、みんな、みんないなくなるんだ」

「……」

「うたは、みんなをしあわせにするって、テレビでみたんだ。うたはむげんなんだって、オレ、だからみんなに……」


ヒマワリが一気に萎んだ朝顔のようになった。

こんなに感性豊かなヤツには久しぶりに会った気がする。


ーー何度も何度も、横目で見た少年。

どうでもいいと思いつつ、帰りを公園の方向に変えてまで歩いた道。

初めて声を掛けてみて、今更ながら気がついた。


ああ、そうか。

自分は、気になっていたのか。


聴いているヤツなんて誰もいないのに、信じて歌い続けるヘタクソに。

いつからなのかは知らないが、ヘタクソな歌を歌い続けるコイツに。

雨の日も、一人で叫んでいたこの歌に。

自然と声が出た。


「……うまくなればいい」


人に興味を持つなんて、もうないだろうと思っていた。


「うまくなれば」

一呼吸。

「きっとみんなきく、しあわせにする」


理由なんてわからない。

きっと考えても無駄なんだろう。

こんな歌に心を動かされるだなんて、思ってもみなかった。


「よっしゃ!」


手が再び空に舞い上がった。綺麗なガッツポーズだ。


「……」

「まいにちうたってりゃ、うまくなるかな!?みんなもくるかな!?もっともっとうたうぞオレ!」

「バカ!」

大声も久しぶりに出した気がする。

自分が話し掛けるまでよく苦情が来なかったものだ。


「『おんてい』かられんしゅうしろ」

「おん……てい……?」


いやまさか。


「ドレミ、がっこうでやるだろ」

「いや……えへへ…………」

何故恥ずかしがる。


ーーああ、もう。


「おれが、おしえるから……」


口から、信じられない言葉が出た。


「ほんとうか!」

「ああ……」

「おれの、ファンってやつ?」

「ちがう!」

「ジョーダンジョーダン、マイケルジョーダーン」


本当に、なんなんだ。


「ままっ、おれ『てんか』っていうんだ!オマエは?」

「そら」

「そら?あたまのうえにある?」

「そう、かんじもおなじ」

「かんじはまだわかんないけど……」


雲一つない空を見て、満面の笑みで話す。


「すごくきれいだな!」


その言葉を聞いて、理解できない理由がほんの少しだけ理解できた気がした。


「よろしくな!しんゆう!しんゆうってのは『ともだち』よりもスゲーらしいぞ!だからきょうからしんゆうな!」


滑り台の上から身を乗り出して、手を差しのべてきた。握手をしたいつもりなんだろう。

届くハズなんてないのに。

ああ、それにしても逆光が眩しい。



彼は太陽を背負った少年に恋をした。





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天歌無双 ふぁゆー @fire2315

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