第22話発病までの経緯 一覧表 フロント編 二
友香はホテルで行われる法事の司会進行役も並行したが、法事の現場指揮権は営業部課長にあり、当日に担当会場の指揮を受けた。
これについて、友香の上司である藤川は「どうぞ行けば?」と言うだけで、フロント現場のシフト調整に関心がない様子だった。
フロント遅番勤務の組み合わせが唯一の男性太田と友香の日、仲居主任が男女関係を思わせる発言を繰り返した。なお、太田と友香の間に男女関係は一切なく、その感情も互いに皆無だった。仲居主任の表情は無実を冷やかすことを楽しむものだった。
友香は団体での宿泊客に対してロビーにて館内説明を行ったが、チェックインの前後に支配人が説明業務について揶揄することが多々あり、団体旅行のピークである十一月はその発言が毎日あった。
「デス、マス口調で、とにかく簡単に、手短に説明しなさい」
「加東さんの場合は『そして~』『次に~』が多いね」と言う際、支配人は自分の顎をしゃくれさせ、明らかにフロント業務を冷やかす口調であった。以来、友香は館内説明を五分以内で収まるよう練習し、実行した。
館内説明の文章について、藤川は予め用意されている基本文章通りにすれば良いと主張した。ただし他のフロント係がホテルマンとしては幼い口調にアレンジ、実行した場合は黙認していた。
太田は率先して友香に言葉遣いの指導、館内説明の意味、必要性を教えた。また、その言葉をお客様によってはホテルマンらしく多少変えるべきだと友香に諭した。
藤川が友香を含めた二人以上のフロント係に同時に同じ内容を注意する際、友香と他のフロント係に対する口調に大きな差があった。友香に対しては「気をつけてよね!」と吐き捨てるものであったが、他のフロント係に対しては冗談を言うような穏やかなものであった。
二十六才、九月後半。友香は勤務中にパニックを起こすようになる。
作業中に支配人、営業部社員に声をかけられると、それまで行っていた作業がまったく分からなくなった。酷く混乱し、両手で頭髪を掴む癖が出た。同時に息が苦しく激しい動悸も感じるようになった。
上記の理由により支配人は率先して法事などの受付台の準備を手伝うようになったけれど、その際の発言に友香は罪悪感を抱いた。
「加東さんはすぐにパニックになるからね!」
勤務中は常時頭痛と軽度の眩暈を感じるようになり、市販の頭痛薬が欠かせなくなった。また、吐き気でトイレに駆け込むこともあったが、頻度は売店在籍時に比べて低かった。
大型団体の夕食会場での手伝い後、藤川の指示に従い会場の片付けも行った際、支配人と仲居主任がフロント主任を差し置いて、友香の仲居への異動を勧めた。友香はフロント研修中の身であることを理由に断ったが、二人の勧誘は続いた。
支配人はフロント勤務中、他のフロント係の前であっても何かと理由をつけて異動を促す発言を繰り返した。
「やっぱり加東さんはフロントに向いていないね。だから仲居になれば良いのに!」
夕食会場のヘルプ時、仲居主任が何度もフロントからの異動を勧めた。
「仲居になれば、色々な料理が食べられるよ」
「朝食会場の出勤日は、バイキングの残りをタッパーに入れて持って帰られるから、食費が浮くよ。現役の仲居さんだって、現にそうしている」
仲居主任はホテルマンとして成長できる点についてはまったく発言しなかった。
過度の緊張により突然手が震えて字を書くことができなくなる、手に力が入らなくなり物を落とすことが多くなった。
出勤時、急激な発熱を感じるようになった。風邪であればすぐに治ると思ったが、発熱の頻度は極めて高く、ほぼ毎日だった。
緊張した状態で社員の前で小さなことでもつまずくと思考が止まり、吐き気と叫びたい衝動に駆られた。まts、言葉だけではなく声そのものも出なくなることも多々あった。
出勤時間が近付くにつれ、酷い眠気を感じるようになった。以降、友香はより長い睡眠時間を得るよう努めたが、眠気は日ごとに酷くなるばかりだった。
食べるという行為に罪悪感を抱かずを得ない雰囲気もあり、ダイエットのため社員食堂での食事を一日二回から一回昼食のみに変更、夕食抜きの生活を始めたが、社員食堂での食事の有無を問わず、遅番出勤者は昼と夕方の休憩は友香のみ皆無。藤川を含め他のフロント係の夕方休憩は通常通りであった。
支配人は友香に対して、他のフロント係との休憩時間の差が激しいと指摘、他のフロント係の配慮が足りないと主張したが、他のフロント係には言っていない模様。
特に深夜零時以降、衝動的な食欲により無心でお菓子やパンなどの炭水化物を食べ過ぎてしまい、その後に強く後悔するという日が続いた。
友香は社員寮の部屋にて、身に覚えのない手の痛みで物を壊していたことに気付く状況が多々あったが、破壊行為に関する記憶は皆無だった。
毎日行っているはずの化粧の仕方が突然分からなくなり、化粧台の前で固まってしまうことも多々あり、本来十五分で済む化粧に三十分以上の時間と手間がかかった。
集中力の低下により、何をしても落ち着かずイライラしてしまう。また、英語、中国語の独学が身に入らず、独学行為に嫌悪感すら抱くようになった。
さらに公私問わず物事が億劫になった。
気付いたときには「辞めたい」と独り言を発しており、周囲に聞かれなかったかと焦った。
友香が個人的に無神経だと思っている営業部社員、特に支配人、仲居主任に対して無条件に嫌悪感を抱くようになり、声も聞きたくないとまで思うようになった。
悪意のない他部署の一般社員に対しては羞恥を、支配人にはいつまでも外せない研修生の名札を指摘されることに屈辱感を抱き、社員食堂では名札を外し胸ポケットに隠した。
二十六才、十一月末日。友香は突然体調不良を起こす。
昼の法事が数件重なり最後の法事の締めの挨拶を控えていたため、序盤の法事ご参加のお客様をお見送りした後、フロント係先輩の計らいにより昼食休憩を得た。
偶然社員食堂にて遭遇した支配人の発言により突然手が震え腕全体を思うように動かせなくなった。
また、涙と鼻水が止まらなくなった。
「そんな状態ではフロントなんかできない!」
「やはり加東さんにフロントはできない!」
比較的体調が落ち着くと、支配人は友香に叱責した。
「病院に行くのであれば、外科もしくは内科だ! 心療内科で会社のことを言えば、会社の恥だぞ!」
二十六才、十二月初日。H市内の心療内科にて不眠症及びうつ病と診断される。
以上です。
なお、台詞の部分は標準語に訂正しています。
ご精読、ありがとうございました。
私、生きています~うつ病闘病記~ 加藤ゆうき @Yuki-Kato
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