「とあるメイド頭のささやかな日常」~秋の味覚編~


 使用人部屋にくりがたくさん入った木箱が、机の上と下に所狭しと置かれていた。

自分以外、誰もいない部屋の中で、落ち着いた雰囲気のメイド頭がくりの一粒をひょいと摘み上げる。

まるまるとふっくらした形。

中身がぎっしり詰まった重量感。

くりを目線まで持ち上げれば、ほんのりと甘い香りが伝わってきた。

ごくり……

美味しそうな香りにたまらず、口元がにやけてしまった。

生唾を飲み込み、そのまま黙って、くりを凝視し続ける。

ふむ――

モンブランにして、城の使用人、皆で食べるべきか?

卵と合わせたプリンや、パウンドケーキにすれば、大公家が保護している孤児達が喜ぶ。

タルトやパイ、グラッセも良いかもしれない……。

調理方法を思案している内に、彼女が誰にも秘密にしている。

ある才能がむくむく発揮され始めていったのだった。


――――――――――――――――

 舞台は異国の姫君と幼馴染おさななじみの従者。


 褐色の肌にすらりと伸びた手足。

腰まで伸びた金髪は、柔らかく緩く波打っている。

姫の身体から一瞬、ふわりと甘い芳香が漂う。

日に焼けたたくましい青年が、姫の細い腰に自身の腕を回して、二人は抱き合っていた。

青年が愛しそうに姫の耳元で愛をささやく。

「あぁ……

愛しい私だけの姫……」

より一層、抱きしめる力を込め、独占欲を顕示する。

「けれど、姫はとても罪深い人でもあらせられる……」

姫が怪訝けげんそうに、わずかに顔をあげる。

「私は貴方だけです。

なぜ、そのような事を仰いますの?」

青年は、全てお見通しだと言わんばかりに、姫の今夜の予定を吐き捨てる。

「今宵、開催される夜会に貴女は参加して、そこで白の貴公子と踊られる。

そして……婚約を……」

後半は声にならず、怒りでぶるぶる指が震えていた。

直接、抗議したり辞めさせる事の出来ない。

無力な自分を吐き捨てるように、偶然聞いてしまった事を打ち明ける。

「貴女の父君がそう話しているのを、私は廊下越しに聞いてしまったのだ!」

姫も初めて知らされる予定に思わず、身体が硬直してしまった。

青年は幼い頃から、姫に対して恋心を抱いていた。

姫は絶対、誰にも渡さない!

固い決意から、その瞳に一瞬だけ殺意が宿った。

姫は混乱する頭をどうにか落ち着かせようと、身じろぎ、顔をまっすぐ青年に向け、きっぱりと人違いなのを告げる。

「待って!

今夜、夜会に出かけるのは妹のマロンのほうです!

お父様は貴方の事をお認めになられています!

その証拠に貴方は近々、貴族の爵位と領地がお父様から授けられます」

「王子と一緒になるのは、妹姫のほうなのか……?」

「ええ。

姉のグラッセの結婚式に出席した際、同席していた王子様が妹を一目見て、恋に落ちたと聞いております」

聞き間違いだった……。

安堵あんどと共に青年の胸の内に、早とちりしてしまった恥ずかしさがこみあげてくる。

青年はふいに視線を逸らし、今は通り過ぎた子供の頃を語り始め、気を紛らわせたのだった。

「昔の貴女は気位がとても高く、手の届かない存在だった。

例え、背伸びをして、手が届いても貴女自身、やたらとげとげしい態度で、私を一切、寄せ付けなかった」

今度は姫が気恥ずかしそうに、ぷいと顔を横に背けた。

「それは……貴方が意地悪だったからですわ」

また敵から身を守るため、仕方なかった。そう弁解を続ける。

「お父様はいつも仰っていました。

みんな、お前を狙っている。

お前が気を緩ませた一瞬の隙を、奴らは絶対に見逃さない。

だから、機が熟すまで、絶対に固い殻の中から出てはいけない――と」

「そうだったのですか……」

嫌いだったわけじゃない。

冷たい態度の理由を知り、青年の頬が緩んだ。

場合によっては駆け落ちもいとわない。

それほどの決意を持っていたが、公認ならば信頼を裏切る必要はない。

青年は抱きしめていた腕の力を緩める。

代わりに姫の手を握り、死が二人を分かつまで愛する事を誓う。

「姫……愛しています。

どうか永遠に私の傍にいて下さい」

姫は瞳を潤ませた様子で、うっとりと答える。

「はい。ヴァイツェン様……

私はずっと貴方だけのものです。

幸せにして下さいね?」

姫からの問いかけに、青年はそっと姫のまぶたを指で閉じさせ、熱い口づけで答えたのだった。


――――――――――――――――――

 くりとこんがり焼けた小麦粉が、永久の愛を誓い合った場面まで妄想し、アディーはようやく現実世界に戻ってきた。

「ふぅ……」

アディーは、まだどこか恍惚こうこつとした表情を浮かべていた。

このままではいけない。

高揚した気持ちを落ち着かせるべく、数回ほど深呼吸する。

そう。

本題はこれからだ。

収穫されたばかりの城に献上されたくり

どう調理するべきか??

自分一人では決め兼ねる。

女主人ならば、きっとみんなが喜ぶ調理法を教えてくれるに違いない。

今日のエレナ様の予定は、確か…………

朝の打ち合わせで、執事が話していた内容を思い出していく。

午前中、任期満了に伴う新たに赴任してきた他国の駐在大使夫妻とのお茶会。

午後は私室でのんびり読書……だったはず。

「よいしょ」

アディーは箱を一つ持ち、エレナがいる四階の私室に向かう事にした。


 箱に詰められたくりを見て、エレナは歓声を上げた。

「わぁ、とっても美味しそうなくりね!」

「はい。

民より献上されたくりは、およそ数百人分に御座います。

奥様、このくり

どのように調理、致しましょう?」

お菓子にして、子供達に振るまうべきか?

それとも、おかずにして城で働く大人を労うべきか?

迷っている事をアディーは打ち明けた。

相談を受けたエレナは、翠玉エメラルドの瞳をぱちくり瞬かせた。

小首を傾げて、用途を限定する理由を不思議がった。

「数が少ない訳じゃないんでしょう?

なら、せっかくの頂きものですもの。

みんなで美味しく食べましょう?」

そして、さきほどまで読んでいた本の表紙をアディーに見せた。

「私、午前中のお茶会の席で、ご挨拶にいらした大使夫人から、その国に伝わる料理集レシピを頂いたの。

早速だから試してみない?」

皆で食べた方が、より美味しく感じるし、その話題で盛り上がれる。

エレナはそう説いて、侍女のサラとアディーを連れて厨房キッチンにいそいそと向かったのだった。


 大使は友好の証として、料理集レシピの他に自国で栽培している。お米や小豆といった食べ物なども一緒に贈っていた。

お米と合わせたくりごはん。

くりの甘露煮、くりきんとん、くりようかん、くりぜんざい。

などの郷土料理が次々、再現されていった。


 時には、食べ慣れた料理も人によっては、恋しくなるだろう。

そう思ったエレナは、公国に昔から伝わっている料理。

くりとベーコンのパスタ、くりのグラタンなどのおかず料理。

くりのムース、モンブラン、パウンドケーキ、マロングラッセなどのお菓子も作った。

シュテンベイル城で暮らす者たち。

老若男女問わず、全員がその日の晩から数日ほど、くりを心から堪能したのだった。

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【残念なイケメン】ショートストーリー集 神無月やよい @yayoi-kannaduki

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