弱小野球部の先輩達
碧木ケンジ
短編
兵庫県、それは高校球児の憧れの場所である甲子園がある場所。
球児たちの約束の地である。
俺こと岸田浩二(きしだこうじ)はその兵庫県に引っ越しした。
今年から高校生だ。
大好きな野球を続けることが出来る。
大森高校はかつてドミニカ出身の生徒が入学し、野球部を甲子園準優勝に導いた名門校だ。
それは10年前の話だが、今でも野球部はある。
俺は大森高校の野球部に入部し、仲間と共に夏の甲子園の舞台に立つんだ。
中学までは軟式野球しかやってないけど、早く硬式に慣れればいいな。
入学式を終えて誰もいないグラウンドを眺める。
この兵庫の近くに甲子園がある。
頭の中で甲子園で活躍する自分を妄想していた。
(9回裏2アウト満塁ここでホームランを打てば逆転サヨナラ勝ちで優勝です。地元兵庫に優勝旗を持ち帰ることは出来るのか?岸田、バットにボールを当てた。打球はグングン伸びてスタンドに入った!今1つのドラマが終わりました。兵庫10年ぶりの優勝です。4040校の中から今頂点は兵庫の大森高校に決まりました!)
そんな妄想をしながら桜の花びらが舞うグラウンドに落ちている硬式のボールを握る。
(明日から部活勧誘の日だろう。野球部の入部届を持って職員室に行こう)
そう思って、その日は家に戻り、食事を終えて、投球練習を庭でして、ゆっくり寝た。
※
そして次の日に俺は職員室に入り入部届を顧問の先生に渡した。
「俺が野球部顧問の鉄山だけど…えっ、君本当に野球部に入るの?」
顧問の先生が職員室で入部届を受け取って俺に話しかける。
「はい、野球部に入って3年以内に必ず甲子園に行きます」
俺はまっすぐと顧問の鉄山先生を見つめてそう言った。
「んー、甲子園なら電車で30分もすれば着くけどさぁ。試合に出れないかもしれないよ?」
「中学までは軟式で野球をしていました。 初心者というわけではありません」
「そういう意味で行ったんじゃないけどなぁ、まあいいや。俺の代わりにマネージャーが案内するからそいつに着いていってね。それじゃあ今呼ぶから、来なかったら明日また職員室来てね」
随分無責任な先生だな。
放送アナウンスでマネージャーが呼び出される。
職員室に無機質そうなポニーテールの背の小さいマネージャーが呼び出された。
「この子はマネージャーの古川。で、こいつが野球部に入りたいって言う…えーと、誰だっけ?」
「岸田浩二と言います」
「そう、その岸田ね。んじゃあ古川、部室まで案内してやってくれ」
鉄山先生がそう言うと古川さんはうんともいわずに俺を見つめる。
「ついてきて、なるべく早くね」
それだけ言うと古川さんは俺を部室まで案内した。
野球部の部室に行くまでの間に古川さんは俺に話しかけてきた。
「あんた、本当に野球部に入るの?」
「もちろんです。俺は先輩達と甲子園に行きたいんです」
「ふーーーーん」
「な、なんですか?俺の顔に何かついてますか?」
「いや、色々がっかりすると思うよ」
俺は古川さんの言葉の意味が解らなかったが、部室に着いた。
「ここが大森高校野球部…みんなまだいないと思うよ、はい開けるね」
古川さんが部室の鍵を開けて、ドアを開ける。
なんかロッカーがほこりかぶっているのが見えた。
机の上で寝ている人が見えた。
「あっ、いたんだ」
古川さんが無関心そうにそう言った。
こんな鍵の閉まった部室で寝ている人がいるなんて、さぞ練習熱心な人に違いない。
きっと入学式の終わったグラウンドで練習をしていて、そのまま家に帰らずに部室で寝ていたに違いない。
部室で寝ていた人が起き上がって、俺に話しかける。
「んっ、もう朝か…そのまま寝てたみたいだな」
学生服の部員がそう言うと俺と目を合わせる。
「彼がキャプテンの駒島くん。でこっちが新入部員」
古川さんが2人にそれぞれ自己紹介をする。
「初めまして、岸田浩二と言います。これから3年間よろしくお願いします」
俺は彼に挨拶した。
「んー、そっか。悪いマネージャー、寝足りねぇからもう一眠りするわ。鍵閉めといて」
駒島キャプテンはそういうと机の上に置いてある毛布を体にかけて、横になった。
「あの…今日の練習は?」
俺は不安になったので聞いてみた」
「練習?ああ、イメトレでいいよ。お前は家で寝とけ、以上」
えっ、そんな勝手な。
第一イメージトレーニングだけって何をする練習なんだよ?
いい加減な人だ。
「あの野球部って…」
困惑した俺はキャプテンの駒島さんに聞いてみた。
代わりにマネージャーの古川さんが答えた。
「君入れて19人だよ」
意外に少ない、少数精鋭主義なんだろうか?
いや、考えすぎだ。
試験とかがあるに違いない。
だから少ないのだろう、きっとそうだ。
「わかりました、そう言うことならジャージに着替えてグローブを持たせてください」
「急に何言ってるの?」
古川さんが無関心そうに俺に言う。
「試験があるから部員が少ないんですね、なら俺の実力をお見せしましょう。最初はバッテイングですか?」
「そんなの必要ないよ」
「えっ、でも古川さん。部員が少なすぎる気がしますし、公式大会に出るには強豪校なら20人は必要ですし、少なすぎると思います」
「初戦敗退」
「えっ?」
古川さんが今何を言ったのかすぐには理解できなかった。
俺は不安を持ちながらもう一度聞いた。
「あの…今なんて?」
「去年も一昨年も大会1回戦負けだって。うちの野球部名前だけだからほとんど校長の趣味で運営してるだけだよ」
「ええっ!でも、甲子園に準優勝したって経歴もありますよ」
「それいつの話?」
「じゅ、10年前です」
嘘だ、信じられない。そんなことが許されていいのか!
俺は不安もあるので古川さんに色々と質問した。
「顧問の先生は野球知ってるの?」
「ううん、知らない人だよ」
古川さんは無機質に答える。
「コーチとかは?」
「何それ?いないよ」
「練習機材は?」
「あそこにあるロボピッチャとネットがある以外は何もないよ」
う、嘘だ。
憧れの野球部がそんな弱小野球部になってるなんて、嘘だ。
「あのよー」
駒島キャプテンが毛布から起き上がる。
「マジで眠いんだ。ドア閉めて話してくれよ」
この人は…部室で寝ることが悪い事なのになんでこっちが注意されなければならないんだ。
俺は怒りを抑えつつ質問する。
「キャプテンは野球経験者ですよね?」
「いや、俺は中学までは柔道部にいたよ」
「なんでそんな人が野球部キャプテンやってるんですか?」
「ん、いや、なんかカッコいいかなーって憧れでなってみただけだよ。眠いんだからドア閉めろよ。起きたら話してやる」
なんだそれ…そんな理由でキャプテンになるなよ…。
「他の部員はどうしたんですか?」
「さあ、今日はもう帰ったんじゃねーか?島田くらいしか来ねーんじゃねーの?」
「そ、そんな…そんなことって…」
俺はがっくりうなだれた。
信じたくもない現実がそこにあった。
これでは甲子園どころではない。
ひどくきぶんがわるくなった…。
「気分が悪くなったので今日は上がらせていただきます…」
「そっか。じゃね」
古川さんはそれだけ言うと肩をポンポン叩いた後に手を振った。
俺は悲しい気持ちで下校した。
※
家に帰って酷く後悔していた。
あんな野球部ありか?
この先どうしよう…野球が続けられないかもしれない。
このまま野球無しの高校生活を送るのだろうか?
いや、1人でも野球を続ける人がいる限り続けるべきだ。
そうだ、真面目に野球を続ける努力をしていればきっと部員も増えてくれる。
明日から頑張ろう。
「よーし、頑張るぞー!」
俺は新居の庭のネットでピッチング練習をした。
これでも投手をやっていたし、部員が少ないなら先発投手でチームを引っ張っていこう。
決め球はスライダーと遅いと言われるが120キロのストレートだ。
あとチェンジアップも投げれるし、中学時代はスライダーで活躍していた。
球が遅いかもしれないが、俺にはコントロールの良さがある。
レギュラーはなんとか取れるだろう。
問題は大会だ。
何としてでも出ないといけないし、練習試合も組んで貰った方が良い。
俺はピッチング練習を続けた。
明日から新入部員が来ればいいなぁ…。
不安はあるが逆に考えればレギュラーは取れるかもしれないわけだし、前向きに行こう。
母さんに夕食の準備の手伝いをして、カレーライスを食べて、風呂に入り明日に備えて今日は寝る事にした。
※
次の日になって俺は授業を受けた後に野球部に来た。
意外なことに練習にきている部員は18人全員いたが、みんなバットとボールでゲートボールをしていた。
「何やってるんですか」
俺が駒島キャプテンに問いただす。
「おう、新入部員じゃねーか!お前もゲートボールやるか?」
「練習してくださいよ」
「お前って真面目だな」
「俺が普通なんですよ。みんながやる気ないのは何か理由があるんですか?」
俺がそういうと肩を後ろからポンポン叩かれて、振り向くと古川さんがいた。
「マネージャーの古川さん…なんですか?」
「君が本気のピッチング見せてくれれば、みんなやる気出ると思うよ」
それを聞くと駒島キャプテンも納得した。
「そうだな、お前のピッチングで俺達が今年どれだけの場所を目標にするか決めてやるよ」
「なんですかそれは?」
「マネージャー説明してやれよ。俺達は全員野球に対してもう真面目じゃないってことをさ」
駒島キャプテンがそう言うとマネージャーの古川さんが俺を見て説明する。
「あり得ない話かもしれないけど、うちの野球部にはみんなを引っ張ってくれる実力のあるエースがいないの」
「エースの不在?それがチームのやる気を無くす原因になっていると?」
「そうだよ、君がエースらしいピッチングを見せてくれれば、みんなやる気を出してくれるわよ」
そんないい加減な理由でみんながやる気を出してくれるのだろうか?
っていうかそんなふざけた理由でやる気を無くしているのが信じられないのだが…。
「君ストレートで何キロ出せるの?」
古川マネージャーが俺に聞く。
俺は黙ってマウンドに立って、誰もいないホームベースに構えた。
「何キロかは投げた後で言いますよ」
俺はこの1球でみんなのやる気に火をつけてやろうと思った。
そういう気持ちでど真ん中のストレートをホームベースのある壁にめがけて投げた。
「俺の球速は…」
投げたボールが壁にぶつかり、ホームベースのあたりに転がる。
「120キロです。コントロールは御覧のとおり正確です。俺を先発にしてください。そして甲子園に行きましょう」
俺がみんなを見てそう言うと、周りは何やらニヤついていた。
「何がおかしいんですか?」
駒島キャプテンはみんなを代表してこういった。
「うちの野球部はこれじゃあ県大会2回戦ってところだろうな」
「それなら打席に立って、俺のボールを打ってみればいいじゃないですか」
「俺の代わりに古川マネが打ってやるよ」
「バカにしてるんですか?」
俺がそう言う前に古川さんが打席に立つ。
「1打席勝負で私がアウトになったら野球部が本気を出す。でも打たれたら今日は家に帰ってね」
「いいですよ。それでみんなが本気になるって言うなら俺はマウンドに立ちますよ」
キャッチャーがポジションに付いて、駒島キャプテンが審判になり、打席勝負が始まった。
「プレイボールだ、新入り」
「いきますよ!」
まずはチェンジアップを投げた。
この球は俺が中学時代から覚えて投げ続けた得意玉の1つだ。
そう簡単には打たれないだろうし、相手が女子ならなおさら…。
カキーンという音が聞こえて、あっという間にボールがフェンスを超えた。
信じられなかった。
「…えっ?」
「はい、ホームランだよ。ホームベースまでランニングする?」
打たれた、俺のチェンジアップが、あんなあっさりと…。
「しなくていいです…俺の、負けです」
「そっか、そだね」
「今日は帰ります…」
「ほーい」
古川さんの言葉を聞いた後に俺はトボトボと帰った。
「おい待てよ、新入り」
駒島キャプテンが俺を呼ぶ。
俺は後ろを向いたまま立ち止って聞く。
「なんですか?」
「お前の投球に免じて今から本気出して練習してやるべ」
その言葉に俺は振り向いた。
「本当ですか」
「俺達は凄い選手に期待ばかりしていたところもあったし、お前が本気なのは良く解ったからさ。ただな…」
「ただ何です?」
「古川マネージャーはお前の120キロを超えて投げられる」
「えっ?」
「それにあのホームランも打てるんだ。コーチ兼マネージャーなんだから逆らうなよ」
それは意外だった、けど確かに凄いスイングだったし、男ならエースになれる腕前だ。
「君の投球指導もしなくちゃいけないけど、まずは私にパフェ奢ってよ。それで甲子園には行けるくらいの腕にはしてあげなくもないよ」
「マジですか、わかりました」
結局みんな俺の投球でやる気になってくれたみたいだ。これが青春なんだろうか?
※
こうして俺はこの人たちと野球をすることになったわけだが、2年間で甲子園には行けなかった。
別に作者が途中から諦めたとか、短篇だからいいやとかじゃない。
県大会準優勝が限界だったからだ。
やっぱりドミニカの選手がいれば甲子園には行けたかもしれないが、いない者の力を願っても現実はどうしようもない。
しかし、最後の1年間、つまり先輩たちが引退し、俺が3年生になった時に俺は甲子園のマウンドに立つことが出来た。
新入部員に俺が進んで指導したのが大きかった。
今では145キロの球と変化球のチェンジアップとスライダーを投げられるようにもなった。
プロ野球選手には選ばれなかったけど、甲子園も1回戦敗退だったけど、俺の野球人生は決して無駄じゃなかった。
悔いも無く大学に行くために高校も卒業した。
次は大学野球が待っている、今までの事は無駄なんかじゃない。
無駄じゃなったのはいいんだが…。
「岸田君、アイス買ってきて」
古川さんや駒島キャプテンが同じ大学の同じ野球部にまたいるのが嫌だった。
「クソッ!やっぱ現実は非情じゃないか!」
「今度の打席勝負で私に負けたら彼氏になってね」
「なんでさりげなく告白されてるんですか!」
「勝負が受けられないなら大学野球部はメンバーが本気出さないままリーグ戦敗退するからね」
「いいですよ!俺の人生に絡んでくるならプロ野球でも社会人野球でもとことんやりますよ!」
実際この人たちは大学野球でも長くいたので俺はストレスで少し禿げた。でも結婚した。
弱小野球部の先輩達 碧木ケンジ @aokikenji
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