感染言語

鯖みそ

感染言語

ある朝、ぼくが目を覚ますと窓の外でパノプメタコノ語を話す人が、山刀で叩き殺されているのが見えた。

気が触れているのか、笑いながら彼はそれを振り下ろしている。


「おはよう」


「あ、おはよう母さん」

ドアをノックしながら、ぼくの自慢の綺麗な母さんが朝食をもってきてくれた。

でも、生憎見てしまったさっきの光景が後を引くので、今日はフレンチトースト一切れですませることにした。


まったく、いやなものを見てしまったものだ。

どうしてこの世界に、パノプメタコノ語なんてあるのだろう。

なんだパノプメタコノって。意味が分からない。

英語、スペイン語、ポルトガル語、この世界には多種多様の言語が肩を並べて生活しているけれど、この言葉だけはうけつけない。

だって発音するときに、いちいち唾を飛ばされるし、響きだってねちょねちょしてて気持ち悪いから。

あんな言葉を話す奴なんか、死んじゃえばいいんだ。


「行ってきます」

ぼくは学校指定の制服に身を包み、急いで玄関を出る。

がちゃりと扉を開けると、切り刻まれた男の肢体やら内臓やらが飛び散っていて、道路上に革新的なアートを生み出していた。


ぼくは男の小腸を思いっきり蹴飛ばしながら、学校への道を歩いていく。


学校では今日、パノプメタコノ語を話す男の子が転入してくるらしい。


「新しく入ってきた、ボルノガレ・ド・フラミュヌエス君だ」


余りの名前のシュールさに、ぼくは思わず吹き出してしまった。

つられて皆もひとしきり笑う。

先生も、ふざけ半分に「駄目だぞ。パノプメタコノ語を馬鹿にするやつは、先生がパノプメタコノ語でしかっちゃうからな」と、顔を小刻みに震わせ、古いさるの玩具みたいに、おちゃらけてみせると、どっと沸いた。

この男は、ユーモアのセンスがあるなと思った。


「よぉ、おはようビリー」

隣の席のトムが、ぼくに話しかけてきた。

「おはよう、トム」

「おい、見ろよあれ」

トムが指差す先には、いつも通りボルノガレ・ド・フラミュヌエス君の机にぐちゃぐちゃに落書きがされていた。

殺人鬼、食人鬼、サイコパス、自宅警備員などなど。

「おいおい、人気者だな、彼は」

「まったくだよ。彼、ひょっとしたらアイドルになれるんじゃないか」

「間違いないね」

その机の隣では、ボルノガレ・ド・フラミュヌエス君が、ぼっこぼこにされていた。

彼を蹴ったり殴ったりするたびに、スニッカーズとかクランキーチョコレートを半分こにするときみたいな音が断続的にした。

ちょっと面白そうだったので、ぼくも混ざってみた。


グロテスクな顔になってしまった、ボルノガレ・ド・フラミュヌエス君が見えた。

「や、やめてよぉ」

「仲良くやろうぜぃ、兄弟」


ボルノガレ・ド・フラミュヌエスは転校してから三日後、首を吊って死んだ。


その後、ぼくは昔の歴史に興味が湧いてきて、先生にあることを尋ねた。

「先生、どうしてパノプメタコノ語を話す人々は殺されるんですか」

「お前はパノプメタコノ語について、どう思っているんだ?」

「発音が気持ち悪いです」

「それもあるな」

「他にもあるんですか?」

「まぁ、あると言えばある。少し長くなってしまうが知りたいか?」

「はい」

「およそ1700年前の事だ。当時ここの地域一帯では、パノプメタコノ語を話す人々と僕らの民族が対立していたんだ」

「それで?」

「だが戦争すれば、お互いに不利益を被ることになってしまう。だから彼等と領土不可侵の取り決めを結んだんだ」

「はい」

「だが奴等は、それを破った。そして、僕らの村を焼き払ったんだ。略奪、虐殺、強姦、色んな形で僕らの種を根絶やしにしようとしたんだ」

「それで?」

「だから僕らの使っている言語は、その憎悪を継承するためにあり、パノプメタコノ語と僕らの言語とを区別する、彼我の認識機構を兼ね備えているんだ。

あのコロンブスだってな、今じゃ開拓者として有名だが、当時はコンキスタドールとしての側面の方が強かった。

先住民を家畜のように嬲り殺したりとかな。異民族だからと言ってな、キリストの教えでは虐殺は許されていたから、文字通り人間を狩っていた。

だから、僕らの『ことば』は必ず『おまえ』を『おまえ』たらしめるように、常に民族意識を喚起させてしまっている。意識することなく。

それが完全に浸透してしまうと、排外主義が起きる。お前の『血』はドイツ人ではなく、イスラエリーのものだと、語りかけてくるんだ。

そのままの形で、時がどれだけ過ぎようとも彼らの『憎悪』は僕らの血と混ざりあってしまっているからなんだ。パノプメタコノ語を気持ち悪いと思うのはそのためなんだよ」

「よくわからないです」

「それでいいんだよ。いずれ分かるときがくる」

「ぼくはどうすればいいんですか」

「簡単だ。奴等を殺して、犯して、奪えばいいんだよ」


「ただいまー」

「あら、おかえり」

ぼくの自慢のママが、トントンと軽やかに包丁を下ろしながら肉を切り刻んでいる。

「美味しそうだね。今日は何の料理?」

「ビリーの大好きなハンバーグよ。特に今日は、外にたくさん散らばってたから、もう大助かりよ」

あ、三日前にぼくが転がした小腸だ。

ママは心から嬉しそうに、ミンチにしてじゅーじゅーとフライパンで焼いていた。

「ママ、それ賞味期限切れだよ」


ハンバーグを食べ終えたあと、ぼくはいつも通りベッドに横になった。

けれど、いつもみたいにすぐ寝れなくて、少し怖くなった。

怖くなって、ぼくは泣き声を洩らしてしまう。

「悪い夢でもみたの?」

ママがぼくをなだめるように、やってきた。

ぼくは嬉しくなった。

「うん」

「じゃあ、いっしょに寝てあげるね」

心地いい声で、ママが子守唄を歌ってくれた。

ぼくの大好きな『歌』だった。

だから今日はぐっすり眠れる気がした。









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