主人公ナディアは、日本人の父親と、ルーマニア人の母親がいました。
けれど彼女は、今まで一度も母親の国に行ったことはありませんでした。両親は駆け落ちしたのです。
六歳で母親を、三十二歳で父親を亡くした彼女は、ようやく母親の故郷「ティミショアラ」を訪れました。
ブニカ(祖母)の、ルーマニアという土地の、声なき罵倒を聞くナディア。
小学校に上がり、「タタ(お父さん)」と呼ぶことを禁じられた記憶、色素の薄い焦げ茶の髪に目が奥に引っ込んだ顔をして「すみたに ナディア」という名札を下げていると、ぎょっとされる記憶。
日本にもルーマニアにも拒絶されるような日々を送っていたナディア。
しかしブニカから、ルーマニアの歴史と両親が出会った時の出来事、家族の死を聞かされ、固まっていた何かがどんどんほぐされていきました。
国際交流は、個人を個人として見ることができない世界があって、「良い人」だけでは割り切れない事情が確かにある。
それでも、この物語の祖母と孫のように、時間がかかってもほぐれていったら、と思いました。
第四章、第五章、あまりに美しくて、何度も読み返した文章です。
純文学。
ミクロな家族愛を、国際結婚のしがらみと国政事情にからめて書ききった意欲作だと感じました。
作者様がルーマニア大好き過ぎて凄いな、というのがまず一つ。
実際に街並みを見知っていないと書けない描写が多々あります。野犬だらけの交通事情とか、きっと実体験なのでしょう。
そして二つ、ルーマニアの歴史にも触れ、主人公の母親と祖母との別離を、独裁政権時代の摩擦に関連付けて悲壮感を出しているのも巧いです。
ひいてはそれが、祖母と、孫である主人公との心の距離にもからんでいて、身につまされるものがありました。
早逝した母親の年齢を超えた主人公が、意を決して祖母に会うという導入部からしてドラマチック。
両者の軋轢が氷解するまでを描いた短い物語ですが、そこには確かに、ぬくもりを感じますした。
ただ、カクヨムでは受けないだろうなぁ…。