第1話 車いすはひっくり返る

車いすはひっくり返りうる乗り物である。



ということを僕が再認識したのは、


とあるJR山手線駅前のコンビニを出たところであった。


状況説明は簡単である。


コンビニ、入口、スロープ、緑色のマット。僕転ぶ。


何、わからないだって?


つまり、コンビニ出入り口のスロープの下に敷かれた土落とし用の緑色のマットに

ひっかかって見事にすっころんだ車いすに乗っていたのが僕。


名前は涅半磨。


かっこいい名前でしょ。この名前は僕に誇りを抱かせてくれて気に入ってるんだ。


そんなことより。現場の把握に戻るとしよう。


まぁ、びっくりしたね。膝の上に乗せていた鞄が前方にぽ~んと飛んだかと思うと、次に僕がぽぽーんと投げ出されていた。


場所は駅前。


人の通りもある道の脇。


そして転げた車いすと僕。


きっと誰かが助けてくれるハズ。


ほら。


あ、お姉さん。ちょいとそこ行くカップルのお姉さん。


今、目あったよね? 僕倒れてるよね?

あ、行っちゃう? 世間の風は身障者に冷たい感じですか?

え、まじで行っちゃうの?!


ちくせう!


これは温厚な僕もリア充め!と口をとがらせて罵る権利を持ちえたと思ったね。



でも、これが僕とエルの初めての出会いの場となったのだから、

すべての出来事には意味があるのかもしれない。

後から思い返すと、そんな感想も抱ける気がする僕だった。



そしてひっくり返った車いすを見て、

真剣にどうすべきか悩み始めた僕の傍に誰かがやってくる。


ついに助けの女神がやってきたか!


と、そちらを見てみると、そこには


漂白されたかのように白色の靴と、滑らかな磁器のように白色の素足と


その上に


真夏の空にそびえる雲のように純白の下着がスカートのスソから見えてしまい、


僕はいろいろな意味で身動きが取れない状況に困るのだった。



僕に近づいてきた彼女は僕の顔をしかと見据えると、こう述べた。


「お兄さんは運が良い人だと思いますか?」


はい、思います。今現在全力全身を込めて運が良い人だと思います。


こくこく。言葉にするのが恥ずかしくて何度か縦にうなずく僕。


「あぁ、良かったぁ。やっと見つかりました。

 困っているときに運が良いと言える超前向きな明るい人が」


いや、その解釈は微妙に間違っているのだお嬢さん。


僕が言いたいのはラッキー的なことであって別に前向き人間などいうつもりはない。


「そしてお兄さん、今とっても困ってるんですよ、ねぇ?」


その通りお嬢さん。まずは助け起こしてほしいと浦島太郎の亀的な感想を持つ僕に、


「助けてほしければ、アルバイトしてもらえないかなぁ、って思うんですよぉ」


は? もじもじしながら何を言っているのだこの女子は。僕は混乱し始めた頭で


「転がったままだと恥ずかしいから、

 せめて車いすに乗せてから会話してもらえると嬉しいんだけどな」


「それは大丈夫ですよぉ、お兄さん。

 だってこの一帯は封鎖して、誰も入ってこれなくしましたから。」


ぱーどぅん?


動く上半身で周囲を見渡すと、通りの反対側を歩く人もいるが、

こちらに気づいた様子は誰もいない。


僕はどうやら何やら怪しいおかしな世界に片足を突っ込み始めているようだ。


「わかった、OK。君が変な力を持っているらしいことは飲み込めた。

 そして僕になにがしかの協力を求めている。そこまでは合ってるね?」


「そのとーりです、お兄さん。そしてアルバイトにも参加してくれると、

 とぉっても嬉しく思います!」


ちょっと待て。それ拒否権はあるのか。


「・・・とりあえず起こしてくれたら話だけは聞くよ」


「はい、ありがとうございます!」


話聞くだけだけどな!




少女と表現していたが、その娘は思ったよりも身長は高くなかった。


ちょうど小学生を卒業しようとしている妹くらい、といえば想像がつくだろうか。


少し情けなくも少女に抱き起こしてもらって車いすに乗せてもらった僕は、


まず逃走経路を探してみた。


ない。


後ろはコンビニ。


前に少女。


そして少女の後ろに謎のプレハブ。


入口の看板に「HALOワーク」って。ハローワークじゃねぇのかよ!


「あ、それは神様が運営しているので、

 後光を意味するHALOとかけてみたそうなんですよぅ」


神様とか出てきてらっしゃるんですか、この世界この場所この駅前に!


僕の驚愕は横にさておかれて、


「ではでは、一名様ごあんな~い!」


少女のあどけなさすら感じる言い方の言葉とともに車いすが勝手に進み、

プレハブの入口へと吸い込まれていったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕は異世界にバリアフリーのダンジョンを建設することに決めました 紅白たまご @sinog

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る