後.生きたいと思って初めて

二人は、ほぼ同時に目を覚ました。


「ここは…」


「…病院、みたいだよ」


「……」


「……」


 二人は、溜息を吐いた。それが安堵のものであるのか、失望のものであるのかは分からない。


 沈黙を破ったのは、少女だった。


「…話を、させてください」


「ん?」


「ずっと、あなたしか喋ってなかったじゃないですか。だから、私も」


「…ああ、そうだったね。ごめん。うん、聞こう」


「…私、いじめられてたんです。何人かのクラスメートに。それが客観的に見てどの程度酷かったのかは分かりません。でも、私は、それがすごく苦痛でした。周りからどんどん味方が減っていって…きっかけは、私の性格です。たまにですけど、思ったことを気付かないうちに口に出してしまう癖があって…それ以外にも、無口だったり、根暗だったり、色々原因はあったんでしょうけど…初めは自分を憎みました。けれど、理不尽に思えてきて、いじめた人達を憎みました。殺してやろうかとも思いました。でも、あいつらを、目の前の世界を壊すより、自分がこの世から消えた方が楽で、手っ取り早いって思って…」


「落ちたのか」


「はい。…あ、いや、あれは事故だったんです。本当は、自分のことを話してから、と思ってたんですけど、バランスを崩したのか何かで」


「あ…そうなのか。にしても、意外に饒舌なんだね。スッキリしたでしょ?」


「…あ、はい。すっきりしました。…それで、質問なんですけど、あなたはどうして私にあんなことを言ったんですか?」


「ああ。最初ね、すごい驚いたよ。俺いつも昼休みは屋上で過ごしてるんだけど、行ったら君が自殺しようとしてたから。でもね、前から、そんなシーンを想像してたんだよね。ドラマかなんかでそんなシーンがあって、俺だったらあんな直接は言わないな、と思ってさ。…まあ結局は、君を止めたかったんだよ。ちょっとしたヒーロー気分でさ。で、俺普通に止めるのは嫌だったから、回りくどい言い方で、と思ったんだけど、なんかさ、急に自分の話をしたくなっちゃったんだよね。理由は俺にもわかんないんだけど、多分、同じ自殺願者を見つけて、やっと自分の胸の内を吐露できるって思ったんだよ。そんで、あんなに長くべらべらと」


「そう、なんですか。…結局、私たちは死ねなかったんですね…というか、あなたも落ちたんですか」


「まあ、ね。君を死なせたことを口実にして、死のうとしてたのかも。でもまあ、あの高さじゃ死ねないんだよ。もっと高いところじゃないと。…もしかすると、死ねない運命にあるのかもよ。死にたいって思ってる以上は」


「それって、生きたいと思って初めて死ねるってことですか?…何か矛盾してます」


「まあ、ね。…俺らってさ、落ちた後、ここに運ばれたんだよね」


「はい、恐らく」


「ああ…恥だ…俺はこれを恐れてたんだよ。『死にぞこない』なんてレッテルを貼られてさー、なおさら生きにくくなる」


「そうですね…」


「今思ったけど、結構落ち着いてるね、君」


「はい。何かもう死んだ気でいますから」


「…一度落ちるとこうも変わるものなのかねえ…でも実際、死んでる可能性もあるよね。ここが死後の世界ってのは…信じたくないけどさ。全身ボロボロだし」


「同じくです。ここがこの世でもあの世でも、前と変わらないのなら意味がありません。また死にたくなります」


「じゃあさ、もう一回死んでみる?」


「え?その体でですか?」


「この体だからだよ。ここが何階なのか知らないけど、近くにあった病院って言ったら」


「そこそこ高いですよね」


「だから、そこの窓から落ちればさ…あいてて」


 少年はベッドから起き上がり、重い足取りで窓へと向かった。


「ちょ…それなら私もいきますよ」


 少年が窓を開け、落ちた後に続いて少女も落ちた。


 どさっ…どさっ


「痛ってー…あのさ…どいてくれる?」


「あ、はい。すいません」


「見事に一階だったよ。くそ」


「やっぱり、死ねない運命にあるんでしょうか」


「はあ。もうやだ」


「私もです」


「…思ったんだけどさー。何で敬語?」


「え…?だって、私学年一つ下じゃないですか。あ…先輩って呼ばなかったのは謝ります。どうも屋上での名残で」


「全然気付かなかった。余裕無かったのは俺のほうだったのかもな。…でさ、ここからどうしよう」


「ちょっと起き上がるのきついですよね…」


「ちくしょー。死にてー」


「私もです」


「…あ、そういや名前…」


「聞いてませんでしたね」

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死についてのとある考察 寛くろつぐ @kurotugu

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