3話 オークに乱暴されるのはダメ

「――うさま!――おうさま!」


 おぼろげな意識の中、遠くで俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。


「――かり――くださ――うさま!」


 はいはい、聞こえてるよ。


 人は、存外あっさりと死を受け入れるものなのかもしれない。残念ながら俺は人じゃなくて魔王だけど。


 そんなおもしろくもない、しょうもないことを考えていると、徐々に意識が戻ってきたのか自然と目を覚ますことができた。


 目を開いてみるとそこは、普段と変わらない玉座の間だった。


 ただ、いつもと違うのは天井にぽっかりと穴が開いてしまっていることだった。その大きく開いた穴からはざあざあとしきりに雨が降り注いでいる。さっき伝令が来た後、地響きがしていたような気がしたが、それは俺の意思に共鳴した大地が震えたからとかそういう理由ではなく、ただ外の天気が悪く雷雲が近づいていたからというだけのことだったのだ。


 それにしてもなぜ俺は助かったのだろう。俺の記憶が正しければ、金がほしいからというアホみたいな理由で殺しに来た勇者に、抵抗する間もなく無残に破れてしまったはずなのだが。


 「――魔王様!」


 その声に聞き覚えは確かにあった。


 閣議では、脳筋でみずから深く考えない魔王軍の幹部たちをため息をつきながら取りまとめてくれる。また、俺が幼いころつきっきりで勉学を教えてくれた存在。


 軍師殿である。


 落雷の轟音を聞きつけて慌ててやってきてくれたのであろう。軍師殿にはいつも迷惑をかけるな、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 軍師殿の方を顔を向けてみると、俺の想像していた状況とはひと味、いやふた味以上違っていた。


――やっぱり俺は死んでしまっているのか?

 その情景を簡潔に言うと、軍師殿が魔王、つまり俺を必死に揺さぶっている。だが現に揺さぶられている俺は一向に目を覚まさない。それを第三者目線で見ているのだ。


 あぁそうか、俺は勇者に刺されたことで、はたまた雷に打たれ、その結果として命をおとしてしまった。魂と身体は二つに分離され、これから成仏してあの世へいってしまうのか。


 成仏して天に召されたとして、果たして魔族の出自である俺が天国に行けるのだろうかという問題は大いに心配されたが、身体が空中に浮上していって霧のようになくなるという事態にはいつまでたってもならなかった。


「――うーん、なによ。うるっさいわね」


 そのとき、軍師殿に揺さぶられていた俺が目を覚ました。


 いや、こいつは誰なんだ??


「大丈夫ですか、お怪我はありませんか魔王様。じきに医者が来ると思いますのでもうしばらくお待ちください」


「はぁ?あんた何よ、わたしはどこも怪我してないって……っていまあんた何ていった?」


 魔王である俺がそこまで口にした時、さすがに俺も馬鹿ではない、合点がいった。


 というか、魔法も魔術もあるこの世界で、いまさら何を言っていると思われるかもしれないが、まぁなんというかこれから先の未来がお先真っ暗になってしまった。そんな状況に、奈落の底、それもどん底につき落とされた。


――勇者と身体が入れ替わっている!?


 魔王姿の勇者と必死に世話を焼いてる軍師殿を、ただ茫然と眺めていることしかできなかった。開いた口が塞がらないとはまさにこの瞬間のためにあるような言葉だった。


 眺めていると勇者の方もこちらに気が付いたようで、


「いやあああああああああああああああ!何よあんたその身体」


「先ほどから魔王様の近くに横たわっていたあの女は何者なのです?もしや、魔王様に危害を加えたものかとも思っておりましたが、魔王様のご容体が最優先だと思い放置しておりました」


 いや、どう考えても侵入者だろ。まぁこの場合はまぁグッジョブな判断だったと言わざるを得ない。軍師殿が俺を地獄の業火で焼払っていたとすると背筋がゾッとした。


「待て!軍師殿。俺は魔王だ、そいつは俺を倒しに来た勇者で俺が刺される瞬間にふたりとも雷に打たれて身体が入れ替わってしまったんだ!」


 必死の弁明。


「違う軍師、そいつの戯言に振り回されるな。雷に打たれたのは間違いないが、その雷は俺が意図してこの部屋に落としたものだ。身体が入れ替わるなど奇想天外なことがあってたまるか!」


――このクソアマ!!


意外と機転のいい勇者なのだった。口調まで真似しやがって。


 この状況下で運命の分かれ道になるのは軍師殿がどちらの肩を持つかということである。


 俺も勇者もかなり困惑していたが、一番は軍師殿のようだった。


「えーっと、つまりはどういうことです?」


やはり、何にも理解できてないようだった。


 ふと、この読み合いで俺が負けてしまうとどうなってしまうのか、ということについて考えてみた。俺が負けて勇者がそのまま魔王として君臨してそのまま人間界へ侵攻する。そして人間界を手中に収めて魔王としての贅の限りを尽くす。俺はこのまま玉座の間に突如現れた曲者として捕えられ、どうやってここに忍び込めたのか拷問にかけられ、最終的に殺される。


――ん?拷問にかけられる?


 それがきっかけになったのだろう。起死回生の案がひらめいたかもしれない。勇者の出方によると言えばそれまでだが、試す価値は大いにあった。


「さあ軍師殿、どちらに味方するのだ。早くしないとこの城内に忍び込んだ不届き者に逃げられてしまうかもしれんぞ」


と軍師殿に対してそそのかす勇者。これは頭が回らず、相当焦っているな。


「ふむ、これまでの意見を整理すると勇者がどういうわけやらこの城内に侵入したと。そしてどういう方法かは分かりかねますが、警備兵の目を欺きこの玉座の間に到達したと。その後、魔王様に刃を向け突き刺そうとすると自然か魔術か雷が落ちてきて二人に命中、感電。意識を同時に失ったと。」


 整理しただけで全然わかってないじゃないか。魔王軍の軍師殿はもっと頭の回転がいいと思っていたが大事な場面で混乱してしまってどうする。こいつももしかして実戦になるとテンパってしまっていつもの力を発揮できないようなタイプではなかろうか。


 味方に対してそんな風にひどい推察をしていると、


「こいつが雷を落としたに決まっているではないか。そもそもわたしは自分の城に雷を落とすなぞ馬鹿げた真似はしない。」


 自分ではもっともらしい意見を言ったつもりの勇者だったが、残念。地がじゃっかん出てるぞ。俺の一人称は「俺」であって「わたし」じゃない。


「いいよ、はい分かりました。わたしの負けです。降参。」


「――え?」


「だから言ったのよ、降参だって。」


「ふふん、負けを認めるというのか。哀れな奴め。軍師殿、こいつを連れていけ」


 このクソアマ、ずいぶんと楽しそうだな、と俺は思った。


 俺があえて負けを認めたのにはもちろん考えあってのことだった。じゃないとこんなことは言い出さない。心理戦で勝つためには相手の油断を誘うことが肝心だ。


「そのかわり――」


「?」


「わたしはこれから勇者から一転、犯罪者として魔界の拷問にかけられるでしょうね。わたしはいっさい口を割らず、身体を痛めつけられ、看守のオークたちにそれはそれはひどいことを――」


「――すみませんでした!!」


 即断即決、それはもう素晴らしいまでに見事な土下座だった。魔界オリンピックに土下座という種目があったら芸術点は百点を取れるだろう。


 女騎士にオークという組み合わせは数多く存在するが、それの応用で女勇者にオークというのもアリなんじゃないかと思って思いついた作戦だった。何の組み合わせかって?それはまたこっちの話だ。

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