2話 雑誌のアレは信じちゃダメ

 かくして俺は魔王になった。


 父上の遺志を継いで人間界を手中に収めなければいけない。先ほど伝令の報告で挙がった聖王都騎士団長の軍勢さえどうにか沈めることができれば後は造作もないことだ。俺が直接手を下すまでもない……!



――待っていろ人間共


 この餅の恨み必ずや果たさん!!



 玉座の上で魔王は指を交差し高らかに笑った。



――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 魔王の意思に応えるかのように、大地が震えるような音がした気がする。やはり、天も俺に味方してくれる……じきに天下を取れる。



 次の瞬間、不測の事態が起こった。 


 玉座の間の中心に、虹色の光が迸ったのだ。



「――っつ、毎回思うんだけど、これ頭クラクラするのどうにかならないのかしら」


 若い女だった。ニオイで分かったが、それの正体は魔族のものではない。


 つまりは人間だった。


「ん……なっ転移……魔法だと!?」


「へぇ……あんたが噂の魔王?あたしは勇者。あんたを倒しにきたわ。これは最上級空間転移魔法【星渡り(スターシーカー)】っていって聖王都でも私しか使用できない専売特許よ。驚いたかしら」


 普通ならば、空間転移魔法というとさまざまな制約を受けるはず。


 都市から都市へ飛ぶことができるルーラを例に挙げるとわかりやすいかと思うが、まず一つの条件として一度訪れたことがある都市や街であること、さらに都市や街の入り口までしかいけない、これがルーラという魔法である。


 いま、この女がやってみせた【星渡り(スターシーカー)】という空間転移魔法は一度使っただけでラスボスの城のそれも玉座の間にひとっ飛びというなんともチートレベルの魔法だったわけだ。いちおう魔族が使うのは魔術、人間が努力によって習得できるのは魔法という区別があるためこの女が使った魔法については説明以上のことはわからなかった。


 しかしこの女……油断できない。一騎打ちともなれば、いかに正統な魔王の血を受け継いだ俺でも負けるかもしれない。


 実はこの俺は実戦経験を積んでいない。いや、冷静に考えてほしい。前線に出る機会なんてあるはずないからな!?生まれてこのかた六年、これまで戦争はない。こんなぬるい魔王城で生きるか死ぬかの戦いを経験できる機会があれば是非とも教えてほしいくらいだ。


 魔術はもちろんのこととして、剣術や格闘術はさんざん手ほどきを受けてきた。父上の身体の弱さは顕著に遺伝していたが、それを克服するため寒中水泳、フルマラソン、魔王城の草ぬきなど体力をつけるためには何でもした。


 その成果が実り、俺は並みの人間の兵士レベルまで身体能力を向上することができた。六歳の誕生日を迎えたあたりには父上が身体的デメリットがありすぎるのを考慮すると父上より俺の方が強いのではないかと噂されたくらいだ。


 さて、改めて目の前の女をにらみ、冷静に状況を観察する。先ほど最上級空間転移魔法を見せつけられたことでこの勇者の魔力が尋常じゃないのはとりあえず理解した。ここで重要なのはどちらの魔力の方が上なのかということだ。女の右手には銀色の長剣が輝いていた。


――魔力以外の戦闘では確実に負ける


 直感とかいう言葉ではなまぬるい。本能的に俺はそう感じていた。腐ってもあの父上の息子である。意識するとなんだか久しぶりにおなかが痛くなったような気がした。


 いかんいかん、弱気になっては。手の内がわからないのは向こうだって同じだ。なんていったって俺は奴にとってラスボスである。


 俺は着ていたマントを翻すと手を突き出してこう言った。


「よくぞ来た勇者よ!俺が魔族の中の王、魔王である。俺は待っていた。お前のような若者が来ることを。この俺に逆らおうなど身の程をわきまえぬ者のようだな。ここに来たことを悔やむがいい。再びいきかえりゃにゃいようそなたを地獄の業火で灼きつくしてくれるわっ!!!」


――途中で噛んでしまった、盛大に。


 これまで何度もシュミレーションしてきたのに。


「ネコ派なのかしら、まぁそんなことはどうでもいいんだけど?」


 女勇者は鼻で笑った。


 もうプライドとはさよならだ。


 来世は貝になりたい。


「消えて無くなれ!!【地獄炎(ヘルフレイム)】」


俺の指先から小象ほどの火炎球がと放たれる。もうヤケクソだった。


 が、しかしそれは女勇者はあっさりとかわす。


「だから空間転移魔法は得意って言ってるじゃない、馬鹿なの?」


 あくまでこいつは俺を挑発する姿勢は崩さないらしい。


「うーん、仕方ないわね……」


 何やらポケットの中から謎の小瓶を取り出した。


「高かったんだから……仕事してよね!」


――勇者は小瓶の液体を飲み干す


 な、いったい何が……。


 勇者の身体が突如青い点滅した光に包まれる。


「私は十分間無敵よ!!!!!」


 そういえば魔王軍の幹部にして九百年前の第二次人魔大戦に加わったという老将レッサーは、ごくまれに戦火が広がるフィールドの木箱から一定時間無敵になれるアイテム「スター」を入手したという。


「そのアイテムは……スター!?」


「そのまさか。しかもスターの成分を工場で濃縮還元したといわれるこの幻の秘薬はね、普通なら数十秒ももたない無敵状態を今ならなんと十分!十分も持続させることができるのよ!!」


 興奮していたのだろうか。


 変に声が高かった。


 あと、どこかの社長みたいに声が裏返っていた。


「貴様……そんなアイテムどこで……」


「週刊少年ダッシュの広告欄、ローン二十四回で二千万よ!!」


 もはやこいつアホとしかいいようがなかった。あのうさんくさい広告よく引っかかる気になるな。やけにドヤ顔をする勇者をよそに、俺はさっきまでの緊張もなかったのようにあきれ果てていた。


 しかし我にかえった俺はなかなかヤバい状況に置かれていることに気付く。無敵状態が続く勇者は空間転移魔法の実力者、手には長剣。


「短距離瞬間空間転移魔法【詐欺師(トリックスター)】」


――気づいた時には背後を取られていた


「貴様……なぜ……」


「なぜって金のために決まってるじゃない」


 このとき俺は死を覚悟した。


 相手が悪すぎた。 

 

 やはり、餅が喉に詰まって死んだ父上の息子だ。血は争えない。


 こんなアホな女に俺が負けたとは。たった六年の短い人生、もとい魔生だったがそれなりに楽しかった。


 さっきも言ったとは思うけど来世は貝とかでよろしく……


 その直後だった。


 ふいに玉座の間の天井が落ちてきて――


 雷が魔王と勇者に直撃し、二人は意識を失った



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