6話 旅は念入りに注意して行かないとダメ
魔王城を出立してから何時間ほど経っただろうか。既に勇者の顔には疲労の影が見える。整備もろくにされていないゴツゴツとした険しい山道の中、魔王一行は歩みを進めていた。一行といっても総勢三名なので、一見するとたかだか休日のハイキング程度の集団にしか見えないかもしれない。暑い、きつい、だるい、無理などと勇者が弱音を吐きだした頃――
「まお……勇者殿。そろそろ休憩なされますか?」
そう口に出したのは軍師殿だ。勇者より本来主人であるはずの俺の方を心配してほしかったが、身体が入れ替わってしまっているのだから俺としてもグッと堪えないといけなかった。軍師殿の中では、外見上、今の勇者は以前従っていた魔王であり、それに対して俺の方はというとつい先日出会ったばかりの小娘の外見なのだ。軍師殿がいまいち振る舞い方が慣れていなかったとしても、ここは少し大人な対応で見守ってあげるのがいいのではないだろうか、と考える俺であった。
「うーん、そうね。そろそろお昼だし開けた場所に出たらそこでお弁当にしましょう!」
軍師殿がこちらの方を窺っていたので俺は無言で頷いておいた。
***
話はかれこれ数時間前、魔王城の客間(つまり俺の自室)で勇者とひと悶着した直後までさかのぼる。軍師殿が客間の扉をノックしてきて、そろそろ出立の時間だと知らされる。
「で、具体的に人間界までどうやっていくわけ? わたし、転移魔法使ってここまで来たから戻り方知らないんだけど」
「魔王城を出ますと城下町が広がっています。次に城下町を抜け、わが国魔界首都ヴィレンダルの南門を目指しましょう。そして南門から徒歩数十分行くと扉の森に辿り着きます」
「扉の森?」
扉の森は人間界との境界線ともいうべき森である。そんなに広い森ではないはずであるが、なぜか迂闊に森に入ってしまったが最後、帰らぬ存在となった魔人が多数いるとの噂がある。というのも、扉の森という場所は魔力がとても不安定なため、森のきまぐれによって人間界に引きずり込まれたりしてしまう例が絶えない。今回の俺たちのように人間界へ行きたければ、正規の手順を正しく踏むこと。そうすればすんなり人間界にいくことができる。神隠しに遭ってしまった場合においても人間界側から魔界に帰る方法を実践すれば元に戻れるのである。つまりは知識を持ってさえいれば怖くない森なのである。
「扉の森の中心部には扉の泉がありまして、そこに着けばわたくしめが泉の魔力を利用して人間界への道を切り開きましょう」
「人間界に帰れるってのは分かったけど、どこに繋がってるわけ?」
「人間界の呼称でいうとそうですね……ヤクシ森林に辿り着きます」
ヤクシ森林の場所はというと聖王都のはるか西側の海岸線のそばであった。魔王軍が人間界を攻めた時のルートも海岸線からだったので俺からすると当然と言えば当然である。
「へぇー、じゃあ聖王都の反対側じゃないの」
ベッドに腰をかけながら足をぶらつかせて興味もなさそうに勇者がつぶやいた。いや、お前も行くんだからな。
魔王城を出て、ちょうど一時間ほどして三人は難なく扉の森の入り口に辿り着いた。背の高い雑木林が生い茂っていて、昼間にもかかわらず一面が暗がりが広がっていた。俺は吸い込まれそうな感覚をと、同時に背筋が凍る感覚を覚えた。
「やけに物騒な森だな……ほんとうに大丈夫か?」
「その点に関しては問題ございません、魔王様。最短ルートをわたくしめは把握しておりますゆえ」
「ふむ、だといいのだが」
軍師殿が不安がる俺を励ます。本来なら魔族の長である俺が気を強く持たないといけなった。しかし、魔力を一時的に失ってしまった今、軍師殿の力を頼らなければいけないのもまた事実だった。
「薄気味悪い森ね……でも行くんでしょう? わたしもずっと魔界にいるなんてごめんだし。まだこんなとこで足を止めるわけにいかないわ」
「ああ、もちろんだ」
半ば二人に押される形にはなったものの、再び俺は黄土色の小道を歩みはじめた。
「もうそろそろ森の中腹ですね、まもなく泉に到着します」
先導の軍師殿がこちらに振り返りそう告げたのは十数分後のことだった。
「ふむ……どうしましょう。道はこちらで間違いないはずなのですが……」
「どうした? 道に迷ったのか、軍師殿」
俺の頭の中では悪い予感が過ぎっていた。それは振り返ってみるとすでに森の入り口の時点でうっすらと感じていたことだったのかもしれない。静寂に包まれる新緑の中、俺はそれはおそらく魔族のものではない魔力があたりを満たしている感覚に陥った。
「迷子とか……呆れたわね、わたし軍師さんのこと少しは頼りにしてたんだけどー?」
勇者はいつものように他人の気持ちを逆撫でするようなことをつぶやいていた。
と、そのとき。
「はあ? ちょ……前、見えないんだけど……もうっ」
「この霧はまさか……離れないでください! 魔王様! 勇者殿!」
あたり一面を紫色の霧で覆われ、視界が塞がれて立往生を余儀なくされる。
「軍師殿! 無理矢理にでも人間界への道を開くことは?」
数メートル先にいるであろう腹心へ俺はSOSを投げかける。がその声も虚しく、返事は一向に帰ってこない。
「おい! 減らず口女! いるなら返事をしてくれ!」
あえて挑発を誘うセリフを発したものの、いつもなら強烈な三倍返しの言葉のカウンターが放たれるはずが今回ははたして皆無だった。
「ふふ……そんなな……まさかな……」
そして悲痛な叫びと共に、最後にただ残された一人も深い闇の底に落ちていった。
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