4話 考えるのを放棄してはダメ
そういうわけで、ひとまずこの場は乗り越えたようである。軍師殿も心から納得はしなかったものの理解はしてもらえたようだ。
今後のとこについて話していかねばなるまい。
「さて、魔王様。この勇者と名乗る者、いかがいたしますか、やはり殺します?」
俺の方を見て発言してくれた。ほんとにありがとう。だが物騒な発言はやめてくれないないかな。少なくともその勇者が所有している身体は元は俺のものなんだ。いたわってくれ。
「ふむ、俺としてはそこにいる勇者を生かしておくわけにはいくまいと思っているが、そやつの身体は元はといえば俺のものだ。どうにかして返してもらう」
「確かに、魔王様の姿は魔族で知らぬ者はいませんからな。急に姿が変わったなど申せば、下の者どもに示しがつくのかどうか……」
ここでひとつの疑問が浮かび上がった。それは勇者のものと入れ替わったこの身体で果たして魔力行使することができるのかといった疑問だ。もし魔力行使ができるとすればそれは、元の身体で俺が使っていた魔族に由来する「魔術」なのか、それとも新しく入れ替えられた勇者が行使していた人間に由来する「魔法」の方なのか、それをはっきりさせておかねばならないと考えた。
魔王の血の存在は非常に強大だ。受け継がれし血脈こそが魔王が魔王たりえる由縁なのだ。魔力をもたぬ魔王など傀儡の王にすぎない。俺の家系図では父上以前の魔王は四人、つまり俺は六代目ということになる。魔王は下剋上で成り上ることもできるため、俺の魔力が弱いとすると当然魔王の座を狙うものも出てくるかもしれない。その可能性は十分に考慮しておかなければならない。
もちろん、魔界で一番の魔力を有している必要があるかと問われると必ずしもそうではないという答えになる。俺の家系は一定量の魔力水準も満たしていたが、それと同時にリーダーシップという点で優れていた。良い政治を執り行っていれば魔界の生活は快適であり、魔族の連中からの反発もない。五代前の下剋上の際にしても、当時の天下人が悪政を敷いていたことが民衆の不満を募らせた。そこに現れたのが初代魔王である。
話を戻そう。俺は数時間前まで行使できていた魔術を放つことができるのか。
「【地獄炎(ヘルフレイム)】」
俺は玉座の間の壁に向かって呪文を唱えてみる。
半分分かってはいたものの火炎球は出現しなかった。これが魔法と魔術の違いなのだった。魔力の捻出の方法がそもそも人間と魔族では異なるため人間の姿では魔術の行使ができないのだ。
「分かってはいたが中々にこたえるものだな……魔術が使えないというのは」
「ははははは、だっさ!魔術の使い方忘れちゃったの?」
この期に及んでまだこの女(いまは男かもしれないが)は俺に挑発的な態度を取っていた。さっきはみごとな土下座をしたくせに。プライドはないのか、まったく。
しかし、この女にも少しは品性のかけらというか、貞操観念みたいなものがあってそのおかげで助かった。ほんとは作戦を思いついた時に、一抹の不安が生じていたのだ。脅しにも動じない鉄のような女だったらどうしよう、と。男の俺でもオークにやられる(直接的な表現は避ける)のは寒気がするので、まぁ女性に対しては効果てきめんといったところではあったのだろう。
「なんならわたしがお手本見せてあげるわ【地獄炎(ヘルフレイム)】」
予定調和といったところだった。例によって火炎球は出現しない。それを知った勇者はため息をつき、俺たちに背を向けて体育座りでいじけ始めた。態度露骨すぎるだろ。逆に眺めてるの面白くなってきたぞ。
勇者が地獄炎(ヘルフレイム)を行使できないということは俺にも空間転移魔法の類は使えないということになる。それから空間転移魔法を試してみたがやはりだめだった。
「おい、勇者とやら転移魔法ではなくもっと簡単な魔法は使えんのか」
「なんであんたにそんなことおしえなきゃないけないのよ」
言葉でこそ強がってはいたものの弱々しい声だった。しかも体育座りである。
「つっ……使えないわよ。空間転移以外は使えない」
絞り出すような声で勇者は言った。
「空間転移以外は使えないって……それはどういう……」
「そのままの意味よ……わたしは小さいころから魔法に興味を持って学び始めたの。入門書を適当にめくって、最初に目についたのが空間転移魔法だった。ペンを数メートル先に移動させることができてその時はとても嬉しかったわ。ただ、なぜか他の魔法は使えなかったわ。後から分かったんだけど、わたしは空間転移系の魔法しか使えないの。空間転移は極められるけど、ほんとにそれだけ」
そう語る背中は悲壮感に満ち溢れていた。そうか、こいつもステ極振り型か。そういう意味では俺や父上とも似たところがあるのかもしれない。性格がまったく合わないやつとは思っていたが変なところで共通項があるように思えた。
「魔法が全く使えない人間も大勢いるのよ。それに比べたらわたしは恵まれている方、そうやってずっと自分に言い聞かせてきたわ。そうして空間転移魔法を極めていくうちに最上級空間転移魔法まで使えるようになったの。最上級空間転移魔法を使えるのは人間界でもわたしだけ、最上級魔法自体も使える人間は指で数えることができる程度よ。」
かなり努力を積んだのだろうみたところ勇者はかなり若いほうだったので、最上級魔法を行使できるということは彼女もまた天才なのだろう。努力を積んだ天才で、なおかつちょっと残念なスペックというのは自分自身を見ているようで同情してしまうのだった。
「最上級魔法を行使できる人間に俺たちのこの身体が入れ替わっている現象を治してくれるものはいないだろうか?少なくとも魔界には心当たりがないのだが……」
「わたしが知っているのは聖王都と、せいぜいその周辺くらいよ。わたしが知らないところで最上級魔法、もしくは最上級魔法じゃなくてもこの状況を打破してくれる魔法を使える人はいるかもしれないわね。」
だとすると人間界をこのまま滅ぼしてしまうのは、さすがにやめておいたほうがいい気がしてきた。自分たちが助かる手段を最悪潰しかねない。
「――軍師殿!」
「はっ、魔王様」
「退却命令だ!!」
「はい?」
軍師殿は非常に困惑していた。やがてうーんうーんと悩んだのちに、それもそうですねと呟いた。理解が追いつかない出来事が連続しているからといって思考するのを放棄するな。それでも貴様は軍師か。
「軍師殿、それに勇者よ。人間界へと旅立つぞ、支度をしろ。」
こうして三人は魔界を後にし、元の身体を再び得るため人間界へと旅立つことになる。
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