第12話 曇天、澱に従う

木曜日。三時限目の昼休み。

昨日は大きなニュースがあって、今日も朝から心に引っ掛かっていた。

隣の彼は、ちら、と何度かこちらを窺ってくれたみたいだけど、声を掛けてきたりはしなかった。


でもやっぱり異変に気付いてくれたようで、三回目の休み時間になると、

「具合、どう」と一言、小さく訊いてくれた。

私の体調が原因で、こんなに元気がないのかと考えたらしい。


彼の瞳はいつも通り、パッと見たら無表情だったけど、こちらを真っ直ぐ気遣ってくれていた。

この、さらっとした大袈裟でない彼を見て、あ、言ってしまおうかと思った。


「重態なんだ、友達が。」


 ずっと言いよどんでいたのに、ひとつ言い始めたら、堰を切ったようにぽつぽつと言葉が続いた。


「今までずっと仲良かった子で。でもだいぶ重態だっていうんだ。本当に、ショックで」


 語彙力も無い私は、言葉にするほど随分単調で味のない表現になってしまう。しかし本心に違いはなかった。

 少し震えてしまった。泣かないだけよく振舞えている。涙だけは溢さないよう、ずっと言い聞かせていたから。


 その友達は、同じ高校ではないけれど、昔から近所でよく遊んでいて、ずっと交流が続いている子だ。学校が同じだったのは小学生までだったが、一番の親友だった。


 彼は、長い沈黙ののちに、無理なく口を開いた。今までじっと聞いていてくれたのだ。


「うん。そうか」


 事実を受け止めた。それを示す相槌だった。

 彼らしいな。あー、ほんとに彼らしいな。こんな話をされても、自分を動じずに保っていられるなんて、彼は本当に安定している。


 私は、ちょっと下を向いた。次の言葉が、するすると紡がれる。

 ちょっと気になってしまったものだから。


「…君はさ、私が死んだらどう思う。」


 普段なら決してしない質問を、この時ばかりは弱っていたからつい溢していた。

 後から考えれば、こんなこと、困るだろうからしないでよ、って自分に呆れるのに。


 でも彼はあまり動揺した様子もなく(顔をはっきり見たわけじゃないから、声色だけから判断したわたしの気のせいかもしれないけれど。)、頬杖をついていつも通り答えた。

 緩やかに頬杖をつく彼の肘の動きが、私の伏せた視界に映っていた。


「うーん、僕は、死んでゆくのをただ見てるだけ。」


 顔を上げた。彼は案外緩やかに笑っていた。声色が優しかったからその表情はある程度想定内だったけれど、こう直接に見てしまうとやっぱり、ちょっと驚いた。


「きっと、そうなったらね。ただ見てるだけだよ」


 彼はいつもの無表情に戻った。何か思いをめぐらしたらしい。

 無表情といっても、表すとすればその言葉に落ち着くだけ。冷たさも、不愛想さもそこからは感じられない。寧ろ彼なりの愛嬌といってもいい。


「すごい。目を背けないんだ……」


 普通に会話をしようと思って発した喉は、思ったよりかすれていて、ほんの少し震えてしまった。違う、そういう、しんみりした雰囲気にしたくないんだけどな。慰められてしまう。別に、心配をかけたいわけじゃない。


「べつに、僕にできることが、それしかないだけだよ。」


 彼はまたちょっと微笑んでいた。そこからは同情や気遣いなどはみじんも感じられない。もしかしたら、これも彼の愛嬌なのかもしれない。

 ただ、世間話を楽しむような顔だった。あっさりしていて、他人に何も残すところがない。


 彼はきっと執着しない。しないからこそじっと死を見られるんだろう。


「ま、死なない方が怖いじゃん。超人じゃん」


 いつもの飄々とした調子で彼は付け加えた。彼らしい。

 人と会う以上、その人が死を迎えるのは避けられない。でもそんな重い話でもなく、彼にとっては必然のもので、そう深く考えるまでもないのかな。

 こう思うと、くよくよへこんでばかりの自分が、随分未熟な高校生に感じられる。所詮、多感な時期だけれど。この辺り、未熟なのかな。


 私は、出来ることをしよう。まず帰ったら手紙を書こう。彼女へ向けて、とっておきの手紙。

 今度の休みはお見舞いに行こう。彼女が好きだったケーキ。食べられる状態か分からないけれど、食べられなかったら持ち帰って食べよう。それも彼女を思う時間だ。


 先生はまだ来てないけれど、授業開始の鐘が鳴った。

 その音までも私の背中を押してくれているような気がする。それくらいに、私の気分は前を向き始めた。

 単純ながらに、私は彼に元気を貰ってしまったみたいだ。

 彼女がきっと元気になって、心に余裕が出来たら、何か彼の好きなものをおごろう、と密かに心に決めた。

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青天、机に君も居眠る yura @yula

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