第29話

HARDBOILED SWING CLUB 29話(第一章 最終話)





「起きろ、起きろよ、ラッキー!」




サムの声が耳元で聞こえた。




「・・・おはよう、早いなぁ」




ラッキーはベッドの中でシーツに包まれながら、そう言った。




「今日だぞ、今日!」




サムはテーブルにあったフランスパンをかじりながら、ラッキーに言った。




「はいはい、わかってますって・・・」




ラッキーはベッドの上でゆっくりと身体を起こした。




「ちょっと、レコード借りるぜ」




サムは寝ぼけているラッキーに構わず、ラッキーのレコード収集の棚に向かった。




「傷つけるなよ、サム」




ラッキーは目を擦りながら、サムに言った。




「わかってるって!」




サムはラッキーのレコードを物色し始めた。




「ボ・ディドリー、チャックベリー、マディウォーターズ、ハウリンウルフ、リトルウォルター、ココテイラー、エタジェームス・・・今日、これ、借りるぜ。バッチリ、キメたいからさ」




サムはレコードを1枚1枚、テーブルに置きながら言った。




「ああ」




ラッキーは寝ぼけた顔をしながら、サムに言った。




・・・今日の夜はREBELERS主催のパーティー 「HARLEM SHUFLLE」の日だ。




「早く用意してスイングクラブに行こうぜ!」




サムは興奮しながら言った。




「えっ!? 今、何時?」




ラッキーは振り返って、ベッドの横にあるブリキの時計を見た。




「もう15時だよ、ラッキー。早く用意しなって」




サムはラッキーを急かすように言った。




「あ・・・何でもっと早く起こしてくれないんだよ、サム!」




ラッキーは慌てて、ベッドから跳ね起きて洗面所に向かっていった。




髪についた寝癖を一生懸命に櫛で整えるラッキーをサムは笑いながら見ていた。




ラッキーは洗面所に置いてあるポマードの蓋を開け、真ん中に指を当ててゆっくり回転させるようにたっぷりとポマードを掬い取った。




そのまま、ポマードを両手に塗り、自分の髪の両サイドに撫で付けた。




「おー、ラッキーっぽくなってきたね」




サムはテーブルの横にある椅子に座りながら、ラッキーの身支度を眺めて言った。




ラッキーは笑いながら、ポマードの横に置いてある鼈甲のコームでまた髪を整え始めた。




そして、ベッドの脇に無造作に脱ぎっぱなしになっているブラックジーンズ、ブラックTシャツを拾い上げて、それに着替えた。




黒革に真鍮のスタッズがついたお気に入りのビンテージのベルトを付け、ボールチェーンのついた財布をジーンズのバックポケットに差し込んだ。




真鍮のスカルリングを薬指にはめ、先ほどの鼈甲のコームを財布の入っているバックポケットに忍ばせた。




「OKだ、サム!」




ラッキーはサムにそう言うと、玄関に放り投げてあるホースハイドのエンジニアブーツを履き始めた。




「これ、ほら、忘れないでくれよ」




サムは部屋のドアにハンガーで架けてあった「REBELERS」のチームジャケットをブーツを履いている途中のラッキーに手渡した。




「サンキュー!」




ブーツを履き終わったラッキーはハンガーからジャケットを取り、黒いTシャツの上に羽織った。




サムも自分のレコードバッグの中からたたんでいた「REBELERS」のチームジャケットを取り出し、それに袖を通した。




「今日は楽しもうぜ」




サムはラッキーにそう言った。




「そうだな!さぁ、行こう。早めに行ってキングの仕込みの手伝いをしないと!」




ラッキーはドアを開けて、部屋の外に出た。




「ちょっ、ちょっと待てよ、ラッキー」




サムはそう言いながら、ラッキーから借りたレコードを自分のレコードバッグに押し込んで、いつものシャープなサイドゴアブーツを慌てて履いて外に出た。



------------------------------------------

ホワイトはいつものように事務所にいた。




ホークに代わる新しい秘書、ジャズがドアの横に立っていた。




ジャズは身体がホークのように大きく、格闘技を得意としている屈強な男だ。




ホークからの指示でホワイトの仕事をこなしていた男で、ホークから信頼されていた男でもある。




ホワイトはそんなジャズを秘書に選んだ。




ホークと繋がっている可能性もある男だが、今までのジャズの仕事ぶりを知っていたホワイトはジャズを信用した。




用心深いホワイトではありえない選択だったが、最近のホワイトは今までの人間性が嘘のように変化し始めていた。




それはホワイトの新たに始めようとしている「仕事」が影響している部分もあった。




ホワイトは先週末で今までの保険金詐欺やドラッグ販売など「犯罪」系の仕事から一切、手を引いた。




ホワイトはブライトンからの「揉み消し」への謝礼金増額という要求を無視し、自分の「仕事」の新たな方向性を見出していた。




(・・考えてみれば「あいつら」に頼らず、金を生み出す事業を考えればいいだけだったな)




ホワイトはデスクに置いてある30店舗の物件の資料を見つめながら、そう思った。




ホワイトは新たに今までの資産を運転資金にした金融業「ホワイトファイナンス」を立ち上げようとしていた。




ホワイトは高額の利子で民間の企業、そして個人に金を貸し付ける金融業店舗をブルームタウン、そしてその近隣の町などに細かく配置するつもりでいた。




保証人、担保も借方に用意させ、期日まで払えなければ担保没収、保証人に肩代わりさせるというシステムだ。




ブルームタウンでは銀行、政府機関以外で初めての「金融会社」の誕生となる。




ホワイトは「犯罪」の仕事をやめ、「ビジネス」としての新しい「仕事」を立ち上げていくことを選んだ。




この新しいプロジェクトの為に選りすぐりの弁護士達も用意した。




(これからは全うに「社会」から金をもぎ取ってやる。権力に頼らず、法律に触れずにな。)




ホワイトは10金のシガレットケースから煙草を取り出して火を点けながら、心の中でそう呟いた。




ホワイトがふと、デスクを見ると「ホワイトファイナンス」の準備で書類が山のように積み上げてあった。




「ジャズ、不要な書類を全部、燃やせ」




ホワイトはジャズに不要な書類の山を指差し、次に暖炉を指差しながら言った。




「はい、ボス」




ジャズはホワイトの指差した書類をひとつひとつ確認しながら、整理しはじめた。




ホワイトは必要な書類に改めて目を通していた。




「ボス、これは?」




ジャズが不思議そうな顔をしてホワイトに聞いた。




「ん?」




ホワイトが顔を上げてみると、ジャズが持っていたのは「HARLEM SHUFLLE」のフライヤーだった。




「・・・今日か。」




ホワイトは「HARLEM SHUFLLE」のフライヤーを見ながら、独り言のように呟いた。




「燃やしていい」




ホワイトはジャズにそう言った。




「はい」




ジャズはホワイトにそう答えると、そのフライヤーを暖炉の中に放り投げた。



-----------------------------------------

「もう夜か・・・」




ホワイトは窓の外を見ながら言った。




「車、回しておきますか?」




ドアの前に直立不動に立っていたジャズがホワイトに聞いた。




「・・いや、今日は歩いて帰る」




ホワイトは椅子に掛けてあった麻のジャケットを羽織ながらジャズに言った。




「雨が降りそうな気配ですよ、ボス」




ジャズは心配そうな顔でホワイトに言った。




「大丈夫だ。お前も帰っていいぞ」




ホワイトはジャズに言った。




「わかりました。」




ジャズはホワイトにそう言った。




「これで美味い酒でも飲んで帰れ」




ホワイトは赤茶のコードバンの財布から100ドル紙幣を1枚取り出して、ジャズに手渡した。




「あ・・ありがとうございます、ボス!」




ジャズはホワイトが渡した100ドル紙幣を両手で受け取った。




ホワイトはジャズの肩を「ポン!」と叩いて、事務所の外に出ようとした。




「あ、あの、ボス!」




ジャズはホワイトの背中を追うように言った。




「なんだ?」




ホワイトは怪訝そうな顔をして振り向きながら言った。




「いえ・・ありがとうございます」




ジャズはホワイトに頭を下げながら言った。




「なんだ?ホークから俺がセコい男だなんて聞いていたのか?」




ホワイトは唇に笑みを浮かべながらジャズに皮肉っぽく言った。




「い、いえ・・本当にありがとうございます」




ジャズは図星だと言わんばかりに困った顔をしながらそう言った。




「明日も頼むぞ」




ホワイトはジャズにそう言うとエレベーターに向かった。




ホワイトはエレベーターで1階まで降り、ロビーを通り、ガラス張りのドアを押し開けて外に出た。




ホワイトは先日のようにブルーム街を歩いた。




ポツリポツリと雨が降ってきて、アスファルトの色がグレーから黒に染まっていく。




(雨か・・)




ホワイトは帰りを急ぐ人達、そして車のライトや店の照明で赤や黄色、緑の光で騒がしくなっているブルーム街の雑踏の中をゆっくりと歩いた。




そして若い頃、よく買い物をしたリカーショップ「ディオニソス」に入った。




「いらっしゃい」




恰幅の良い眼鏡をかけた店主がホワイトに声をかけた。




「「この世の果て」あるか?」




ホワイトは店主にそう言った。




「ええ・・ありますよ。1本で宜しいですか?」




店主はホワイトにそう言った。




「いや、在庫ある分、全部くれ」




ホワイトはそう言って財布から札束を出し、レジカウンターに置いた。




「え・・全部ですか?」




店主は驚いた顔で言った。




「釣りはいらん」




ホワイトは店主にそう言った。




「あ・・はい。えぇ・・っと在庫は倉庫の中も入れると20本くらいありますが、全部お持ちになりますか?」




店主はホワイトにそう言った。




「いや、1本だけ持っていく。残りは67ストリートにある「HARDBOILED SWING CLUB」に一時間後に届けてくれ。」





そう店主に告げるとホワイトは「この世の果て」を1本だけ持って店から出た。




(この1本はキングにプレゼントするか)




ホワイトは雨の中、傘も差さずにHARDBOILED SWING CLUBに向かってブルームストリートを歩いた。




そして、細長い裏路地を曲がって67ストリートに入った。


 



青い蛍光灯以外は灯りがなく、夜ということもあって蛍光灯の下以外の景色は真っ暗だった。




アスファルトの細い道を挟んでレンガ造りの古いビルが立ち並んでいる。




歩道にはゴミが散乱し、それが雨で濡れて饐えた臭いを放っている。




「カツ・・・コツ・・・ビシャ・・カツ・・ビシャ」




ホワイトはアスファルトの凹みにできた水溜りも構わず踏みつけて歩いていた。





すると、前方のレンガ造りのビルとビルの間の細い通路から黒い人影がゆっくりと現れた。




夜のうえに暗いその路地では顔も見えず、男だということ以外はわからない。




ホワイトはその男の人影に気づいたが、構わず前に進んで歩いた。




男は俯きながらゆっくりと歩いてきた。




67ストリートのその細い路地はホワイトとその男がすれ違うギリギリの幅しかなかった。




その男が歩いてきたので、すれ違うタイミングでホワイトは身体を斜めにしなければならなかった。




「カツ・・コツ・・」




お互いの靴音が狭い路地で響き渡たっている中、ホワイトは男を避けようとレンガ造りのビルに添って体勢を斜めにした。





「ドスッ・・」





鈍い音がホワイトの頭の中に響いた。





「!!」





その音と共にホワイトの腹部に激痛が襲った。





ホワイトは左手に持っていた「この世の果て」をアスファルトの上に落とした。





「パーン!!」





その音と共に「この世の果て」の瓶は割れて、アスファルトの上に中身のウォッカと割れたガラスが飛び散った。





「ガスッ!!」





その瞬間、ホワイトは男に強い力でレンガの壁に押し付けられた。





「ゲホッ!!」





ホワイトは突然、抑えられない嗚咽で血を吐いた。




そして息も吸えないくらいの痛みが全身を覆った。




男の両手はホワイトの腹のど真ん中をナイフで刺している。




「バン!!バン!!バン!!」





ホワイトは自分に覆いかぶさるように刺している男の背中を全身の力を込めて両手で何度も殴った。




「アッ!!ウッ・・・」




しかし、動く度に腹にナイフが深く刺さっていき、ホワイトはその激痛に耐え切れなくなってきた。




自分の意思とは逆に身体にどうしても力が入らない。




ホワイトが着ている白いシャツや麻のパンツが見る見るうちに赤い血で染まっていく。




ホワイトの自慢の蛇革の白い靴にも血が勢いよく滴り落ちていた。




男は両手でナイフを持ってホワイトの腹を刺している。




両手が塞がっているので、全身の力を使ってホワイトをレンガ造りの壁に押し当てている。





「てめぇ・・ああ・・ハァ・・ハァ・・畜生!」





ホワイトはそう言って男から逃げようと身体を捩るが、男の力が強く身動きできない。





「このやろう・・・俺だよ、憶えてるか、このやろう」




その男は低く呟くようにホワイトに言った。




その男はサーカス団「THE SOFT PARADE」の「ピエロ」、ジャッキーだった。




ジャッキーはそう呟いてホワイトの腹を刺しているナイフに自分の膝を当て、力一杯にホワイトの腹にナイフを押し込んだ。





「ギャアァァァ!!」





ホワイトは絶叫し、気絶して激しく痙攣しはじめた。




ジャッキーは壁に押し付けていたホワイトから体を離した。




ホワイトはナイフが腹に刺さったまま、アスファルトの上に転がるように倒れた。




アスファルトに割れて散乱していた「この世の果て」のガラスの破片がホワイトの額や頬、肩や胸などに突き刺さった。





「死ね」





ジャッキーは痙攣しながら倒れているホワイトの顔に唾を吐きかけ、そう呟いて暗闇の中の67ストリートの細い路地に走って消えていった・・・。




ホワイトは口から嘔吐物を吐いたまま、白目を剥いてアスファルトに倒れたままピクリとも動かなかった。




雨は一層、激しくなり・・倒れているホワイトの身体に大粒となって打ちつけていた。




67ストリートはジャッキーの走り去った靴音の残響音と共にいつも静けさを取り戻した。




青白い蛍光灯の光は雨で濡れたアスファルトに反射して、アスファルトに倒れたまま動かないホワイトを薄暗く照らし続けている・・・。


------------------------------------------


「イエー!!」




HARDBOILED SWING CLUBではREBELERS主催のパーティー「HARLEM SHUFLLE」の真っ最中でサムのチョイスしたブルースが爆音で鳴っていた。




サムは店の奥のテーブルにレコードプレイヤーを2台設置し、両方をアンプに繋いでフルボリュームで大きなスピーカーから鳴らしていた。




サムの前には人だかりができて、サムが間髪入れずに繰り出してくるロックンロールやブルースにREBELERSのメンバーや女の子達が身体を揺らしながら歓喜していた。




テーブルを片付けたフロアはダンスホールと化して、パーティーに来た仲間達がサムのチョイスのロックンロールでそれぞれに踊ったり、歌ったりと楽しんでいた。





ラッキーは久々に会う仲間達やREBELERSのメンバー達と一人一人肩を組んでは話し込んでいる。




店の隅でパーティーの輪の中に入れないメンバーもいる。




ラッキーはそれに気づくと、そんなメンバーにカクテルを持っていって声掛けしたりしていた。




ラッキーが着ている「REBELERS」のチームジャケットの内ポケットには入院中のジュリアから届いた一番新しい手紙が忍ばせてあった。




ラッキーはメンバーや仲間達と話し終わると、らせん階段の横にあるトイレに何度も入っていた。




そして、その度に内ポケットからジュリアからの手紙を取り出し何度も読み返した。





「来月、退院が決まりました」





ジュリアの手紙の最後の行にそう書いてある部分があった。




ラッキーはそれを読み返す度に心の中に嬉しさが湧き上がっていた。



-----------------------------------------


キングはカウンターの中でパーティーが大盛況の様子を満足げに見渡していた。





「REBELERSか・・」





キングはラッキーからプレゼントされた「REBELERS」のチームジャケットを着ていて、その胸のマークを見つめながら呟いた。




「すいませーん!」




カウンターの前に恰幅の良い眼鏡の男が来て、大きな声でキングに話しかけた。




「ああ、ディオニソスの店主じゃないですか・・どうしたんですか?」




キングはディオニソスの店主にそう言った。




「これ、ホワイトフランシスさんから届けるようにって言われたんで!」




店主はカウンターの上に「ドン!」と木枠に入れられた「この世の果て」と書いてあるウォッカ19本を置いた。




「ホワイトから!?」




キングは驚いて店主に聞き返した。




「ええ。ここに届けてくれって。1本は自分で持っていってしまわれましたけど・・」




店主はキングに言った。




「・・そうか!ホワイトが!・・そうか!」




キングは嬉しくなり、喜んで店主にそう言った。




「ええ。あたしはこれで・・・」




店主はそう言ってパーティーの人だかりを避けながら、らせん階段を上って帰っていった。




キングはカウンターに置いてある「この世の果て」を見つめながら、手元にあった煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。





「フーッ・・・」





キングは大きく煙を吐いた。




「神様、少し長生きしてると不思議なこともあるもんだな・・・ありがとよ」




キングは木枠から「この世の果て」を1本取り出し、瓶のラベルに印刷されている「イエス・キリスト」に喋りかけた。




それから栓を抜き、レジの下にある大事にしていたクリスタルグラスを箱から出した。




キングはカウンターにそのグラスを置いて、栓を抜いた「この世の果て」を注いだ。




クリスタルを何百とカットしてある多面形グラスは「この世の果て」を注ぐとキラキラと輝きを増し、美しい光を放っていた。




キングはしばらくの間、そのグラスから発せられる光を見続けていた。




それから一気にグラスに注いだ「この世の果て」を飲み干した・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

HARD BOILED SWING CLUB 半沢 誠 @johnny

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ