第28話

HARDBOILED SWING CLUB 第28話




ホワイトはいつものように「WHITE CO.,LTD」の事務所にいた。




ホワイトは白い革張りのソファーに座り、目を閉じていた。




いつもなら入り口のドアに立っているはずのホークもいない。




「あの事件」以来、ホークを見た者はいない。




ホワイトはゆっくりと目を開けて、暖炉の上の部分を見た。




そこには先日、自分が銃で撃った弾痕とバラバラに飛び散ったアンジーのフォトフレームの欠片が散乱していた。





(・・・全部、俺が悪いのか?




お前が死んだのも俺のせいなのか?




全てを捨てて、俺と欲望の果てまで行くつもりじゃなかったのか?アンジー。




・・・何故、心が揺らぐ?




・・・何故、裏切る?



・・・教えてくれ )




ホワイトは砕け散ったアンジーのフォトフレームに独り言のように呟いた。




しばらくして、ホワイトは視線を窓の外に向けた。




窓の外は日が暮れてきて、隣のオフィスビルの各階の窓から光が漏れていた。




沈みゆく太陽に幾つもの灰色の雲が覆いかぶさっていく。




ホワイトはゆっくりとソファーから立ち上がり、10金のフレームの眼鏡を指で押し上げた。




デスクの脇にハンガーで吊るしてあった麻のジャケットを羽織り、履いていたホワイトバックスの靴にブラシをかけた。




そして、ジャケットの胸ポケットに入っている18金の櫛でその金髪の髪を撫で付けた。




・・・身支度が終わるとホワイトは電気のスイッチを消し、ドアを閉めて事務所を出た。




エレベーターで1階まで降りたホワイトはビルの玄関にいつものようにホークがリムジンで待っていないのに気がついた。




「カツ・・コツ・・カツ・・コツ」




そのまま、ホワイトはロビーを歩いてガラス張りのドアを押し開けて外に出た。




いつもはリムジンの中から見下すように見ていたブルーム街をホワイトは久々に歩いていた。




ブルーム街は日が暮れてきて、行き交う車のライトやテールランプ、店の照明、ネオンなどで色々な光が飛び交っていた。




ホワイトは何年振りかにブルームストリートの通りに足を踏み入れた。




その入り口にはホワイトがMIDNIGHTS時代に通っていた古着屋「スタンレースライダー」があった。




店の入り口には筆記体で「STANLEY SLIDER」の水色のネオン管がパチパチと音を立てながら光っていて、ドアの前にはギラギラと黒光りするホースハイドのライダースがディスプレイされていた。




MIDNIGHTS時代にホワイトが着ていたライダースと同じ型だった。




冷めたようにそれを横目で見ながら、ホワイトは「スタンレースライダー」を通り過ぎた。




ブルームストリートには色々なショップが立ち並んでいる。




巨大なハンバーガーで有名な「ジョンソンダイナー」




エンジニアブーツをカスタムして注文できるブーツ屋「WANO」




ビーチクロス、ツイード、ウールなど世界から集まってくる生地で帽子を作ってくれる「ヘッドパンサー」




古いロックンロール、ブルース、ジャズ、ソウル、R&B・・凄まじい在庫を持つレコード屋「パラダイスジャンキー」




ホワイトがMIDNIGHTS時代や若い頃に通ったショップ達は、その姿を変えずに未だブルームストリートに立ち並んでいた。




(・・・ここはまるで変わらんな)




ホワイトは心の中でそう呟き、肩で風を切るようにブルームストリートを歩いた。




ホワイトは自然に足がブルームストリートから横に逸れて細長い裏路地に入っていた。




ホワイトは馴れ親しんだ裏路地と匂いを懐かしく感じながら歩いた。




古びたビルが立ち並び、レンガ造りの汚れた壁にはスプレーでグラフィティ調の落書き。




青白い蛍光灯の光と湿り気のあるギラギラとしたアスファルトの歩道。




ホワイトは自然と「67ストリート」に足を踏み入れていた。




しばらく歩くと見覚えがある看板が目に入った。




「HARD BOILED SWING CLUB」




黒いペンキで塗装され、錆びた真鍮で作られているそのスカルマークの看板にホワイトは足を止めた。




(キングか・・・)




ホワイトは一瞬、躊躇したが構わずその扉を押し開けて、中に入った。




そして地下に降りていく黒くペンキで塗られた鉄のらせん階段を降りていった。




「カツ・・・コツ・・・カツ・・・コツ」




ホワイトの足音が店内に響き渡った。




ホワイトはらせん階段を一番下まで降りた。




ピンクとグリーンのピンスポットが真っ黒な店内を照らしていた。




「まだ準備中だ」




ハスキーな低音の声がカウンターから聞こえた。




50’S調の黒いカウンターの中で屈んで掃除をしているキングがいた。




キングはカウンターの中で立ち上がって、入り口を見た。




らせん階段を降りてきたのがホワイトだと気がついた。




「ホワイトか?・・・どうした? まだ探してるのか?




あのピエロも娘もここにはいないって言ってるだろ」




キングは不機嫌そうにホワイトに言った。




「先日は失礼しました。今日は誰も探してはいないんです」




ホワイトはキングに言った。




「・・・一人か?」




キングはらせん階段の上を怪訝そうに見ながらホワイトに言った。




「ええ。一人です」




ホワイトは唇に笑みを浮かべて言った。




「・・そうか。」




キングは疑ってるような顔でホワイトに言った。




「キング、座ってもいいですか?」




ホワイトはカウンターのクロコダイルのチェアーを指差しながら言った。




「ああ」




キングはホワイトに返事をした。




ホワイトはクロコダイルのチェアーを手で触って、その触り心地を懐かしく思いながらゆっくりと座った。




「何か飲むか?」




キングはホワイトに言った。




「ええ。いただきます」




ホワイトはキングにそう言った。




キングはカウンターの下にあるボトルを取り出し、手前にあったグラス2つにゆっくりと注いだ。




キングは注いだグラスの1つを座っているホワイトの前に差し出した。




ホワイトは真っ白な液体が注がれたそのグラスを手に取って、匂いを嗅いだ。




砂糖のように甘い匂いとアルコールの混ざった香りがした。




「酒ですか?」




ホワイトはキングに聞いた。




「PURITY SNAKE(純粋な蛇)って醸造酒だ。」




キングは笑みを浮かべながら、ホワイトに言った。




「いただきます」




ホワイトはそのPURITY SNAKEを一口飲んだ。




「・・・スッキリしてますね。美味い。」




ホワイトはグラスの中のPURITY SNAKEを改めて眺めながら言った。




キングはそんな姿を見て、ホワイトがMIDNIGHTSに入った頃を思い出していた。




「保険金は取れたのか?」




キングはもう1つのグラスのPURITY SNAKEを飲みながら、ホワイトに言った。




「ええ。おかげさまで」




ホワイトは唇に笑みを浮かべてそう言った。




「・・・そうか。」




キングは何か言いたそうな顔をしてPURITY SNAKEを一気に飲み干し、グラスをカウンターに置きながら言った。




「・・・何を言われても私は変われないし、変わる気もないですよ、キング」




ホワイトはグラスを置いたキングをジッと見つめながら、そう言った。




「お前はお前の道を歩けばいい。人の生き方に水を差すほど俺は自惚れちゃいない。」




キングもホワイトを見据えるように見つめながら言った。




「ありがとうございます。」




ホワイトはPURITY SNAKEを一気に飲み干し、グラスをカウンターに置きながら言った。




「ただ・・いや、いい。」




キングはホワイトに何かを言いかけて途中でやめた。




「ただ・・・何ですか?」




ホワイトは無表情でキングに問いかけた。




「・・ああ。ただ、人はお前のような強い人間ばかりではないからな」




キングは煙草にオイルライターで火を点けながら、ホワイトにそう言った。




「・・・それはどういう意味ですか?」




ホワイトは怪訝そうな表情をしながらキングに言った。




「お前は自分の欲望が埋まれば犯罪に手を染める綱渡りの生活でも楽しいんだろうけど、周りの人間は違うかもしれないぜ。」




キングは大きく煙草の煙を吐きながら、そう言った。




「・・・皆、金が入れば嬉しいんじゃないですか」




ホワイトは先ほど事務所でアンジーに呟いていたことがキングに見透かされてるような気分になって肩を竦めてそう言った。




「人間は千差万別だよ。お前のYESは皆のYESじゃないこともあるってことさ」




キングは子供を諭すようにホワイトに言った。




「・・・・」




ホワイトは黙っていた。




「お前は金が全てだと思って食い尽くすタイプだろ。その為には自分の親や愛する人までも傷つけたっていいって思ってるだろ?」




キングはブーメラン型のアルミの灰皿に煙草の灰を落としながら言った。




「傷つく奴が弱すぎるとしか思わないですね」




ホワイトはジャケットのポケットから煙草を取り出し、18金のライターで火を点けながら言った。




「MIDNIGHTSのメンバーはお前にそそのかされて、そして傷つけられて俺の前から消えていった。




皆はお前ほど欲望に固執しないし、暮らせるだけの金があればいいって思ってただけなのに、お前は皆を犯罪にまで巻き込んでいって破滅に向かわせた。




・・・人を殺めてまで金と権力が欲しいのはお前だけだよ」




キングはホワイトにそう言った。




「・・・・」




ホワイトはキングにそう言われて、アンジーやホークの事を思い出していた。




「金だけで繋がった関係は金で切れるしな・・・そして金で裏切る」




キングは黙っているホワイトにそう言った。




「・・・・」




ホワイトは黙ったままだ。




「その生き方が好きなら、それでいいと思うがな。でも・・・何かあったからここに来たんだろ、ホワイト」




キングは黙り込むホワイトに向かって、そう言った。




「別に。ただこの店の前を通って寄らないのも失礼かなって思っただけです」




ホワイトはキングにそう言った。




「そうか。」




キングは一言、ホワイトにそう言った。




「・・・そろそろ、失礼します。ご馳走様でした。」




ホワイトは吸っていた煙草をカウンターにあるピンクグレーの1950年代の灰皿で揉み消しながら、そう言った。




「そうそう、これ持って行けよ」




キングはカウンターに置いてあるフライヤーをホワイトに手渡した。




「・・・HARLEM SHUFFLE?イベントですか?」





ホワイトはフライヤーを眺めながら、そう言った。




「今、REBELERSってチームがこの街にいるんだよ。こいつらがまた昔のMIDNIGHTSみたいでな」




キングはホワイトを見つめながら言った。




「REBELERSですか・・・もしかして、私がお邪魔したときにいた元気な若者達ですか?」




ホワイトは笑みを浮かべながらキングに言った。




「そうだ。」




キングも笑みを浮かべながらホワイトに言った。




「・・・お前も暇だったら来いよ。一応、MIDNIGHTSだったんだから」





キングは2本目の煙草に火を点けながらホワイトに言った。




「私がですか?」




ホワイトはキングの誘いに驚いたように聞き直した。




「ああ。」




キングはぶっきらぼうにホワイトに答えた。




「・・・私が来たら、イベントが盛り下がるんじゃないですかね?」




ホワイトは丁寧な口調でキングの誘いを断った。




「そうか。」




キングは笑いながらホワイトに言った。




「・・・それでは失礼します」




ホワイトはキングに一礼をしてコツ・・コツ・・と靴音を鳴らしながら、らせん階段を上っていった。




キングは階段を上っていくホワイトの靴音を聞きながら、空になったグラスにPURITY SNAKEを注いで、吸っていた煙草の煙の行方を眺め続けていた・・・。


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