休日の通り魔

青見銀縁

本編

 繁華街で、わたしのレインコートという格好は、歩いている周りからどう見えるのだろうか。横切るひとからは、必ずといっていいほど、目を向けられる。不思議そうな視線をする場合や一緒にいるひとに小声で話しかけるなど、様々だ。晴れているのだからしかたないかもしれない。

 レインコートのポケットにはサバイバルナイフが忍ばせてある。わたしはすぐに出せるように、突っ込んでいる手で握りしめている。

 繁華街の中で、サバイバルナイフをだれでもいいから多くのひとに切りつけたい。わたしは学校で話す相手がいない孤独を振り払うために、目立ちたかった。

 そろそろ、サバイバルナイフを出そうと思ったところで、前から歩いてくるひとと目が合った。

「あれ? ここで会うなんて、偶然だね」

 声をかけてきた彼は、クラスメイトの男子だった。休日でひまだから、外に出たといったところだろうか。

 わたしは、サバイバルナイフを出さずに、手をポケットへ入れたままにした。

「そう、だね」

「にしても、おもしろい格好だね。雨が降っていない中で、レインコートを着ているなんて」

 彼はわたしのほうを見てから、口にした。おもしろい格好というより、変な格好なのだから、どうしたのとか聞かないのだろうか。

 彼は口数が少ないわたしを気にしていないのか、おもむろに手首を握ってきた。

「せっかくここで会ったのもなんだし、コーヒーとかでも飲んで行こう」

「えっ? そんな急に言われても……。わたし、お金、あんまり持ってないし……」

「お金、持ってないの? まあ、いいや。ぼくがおごるから、そこらへんは気にしないで」

 言うなり彼は、繁華街の中にある喫茶店へ連れて行った。

 店員から水の入ったコップをテーブルに置かれてから、彼は目を合わせた。

「もしかして、そういう格好して目立ちたかったの?」

「目立ちたかったって……、まあ、そうなるのかな」

「わかるよ、その気持ち。ぼくだって、教室でだれとも話せなくて、ひとりでいる時間が多いもん」

「そうなの?」

「うん。だから、目立ちたいっていう気持ちはわかるよ」

 彼は答えると、間を置くように、コップの水を飲む。わたしにとっては意外だった。てっきり、教室で孤立しているのは自分だけかと思っていたからだ。

「だけれども、晴れている中をレインコートで出歩くというのは、ぼくにはちょっとできないな」

「それじゃあ、目立ってる?」

「うん。十分、目立ってる」

 うなずく彼に、わたしはうれしさを抱かずにはいられなかった。そのために繁華街へやってきたのだから。

「まあ、同じ者同士、がんばろう」

 彼の声に、わたしは首を縦に振った。

 それから、学校の話をする中でお互いにコーヒーとか飲んで、喫茶店を出た。代金は本当に、彼がおごってくれた。

「ありがとう」

「いいよいいよ。ぼくのほうから誘ったんだし。それじゃあ」

 彼は言うと、手を振って繁華街の人ごみへ消えていった。わたしが手を振り返すときには、相手の姿は見えなくなっていた。

 途端に、わたしはひとりになったことをいやでも感じるようになった。

「やっぱり、なにかしないと、わたしは目立たないのかも。レインコートを着ているだけだと、単なる変な格好にしか見られてないんだろうな……」

 わたしは言葉をこぼしてから、ポケットにあるサバイバルナイフを手にする。

「元々はそのためにやってきたんだから……」

 気づいたときには、わたしはサバイバルナイフをポケットから取り出していた。



 いったい、何人のひとを切りつけたのだろうか。わたしは頭の中で数えていたものの、途中でわからなくなってしまった。

 周りが鉄の柵に囲まれていて、わたしは地べたに座っている。警察署の留置場はしずかで、近くの繁華街のにぎわいがうっすらと聞こえてくるだけだ。

 いずれは裁判があって、それからわたしは刑務所かどこかに入れられるのだろう。だれとも話す相手がいない学校よりはいいと思うけど。

「あれ? ここで会うなんて、偶然だね」

 突然、今日聞いたような声がしたので、わたしは顔を移した。

 見れば、鉄の柵を挟んだとなりの部屋に、繁華街で会ったクラスメイトの彼がいた。

「えっ? なんで、ここにいるの?」

「そっちこそ、なんでここに?」

「なんでって、それは……」

「そうか。通行人を切りつける事件がもうひとつあったとか、刑事さんが言ってたけど、それをやったのってきみだったんだね」

「なんで、わかるの?」

「なんでって、まあ、ぼくも同じように通行人を切りつけてこうなったから、もしかしたら、同じかなあって思って」

 口にする彼は、おもむろに笑みをこぼした。お互いがあまりにも似通っていることにおかしさを感じたのだろうか。

 わたしは彼の姿をただ、眺めていた。なんだろう、自分はひとりじゃないという気持ちが浮かんできた。

「わたし、目立ったかな……」

「そりゃあ、十分目立ったよ。ぼくより、レインコートっていう格好のきみのほうがね。そういえば、なんでレインコートを着ていたの?」

「そういう格好のほうが、余計目立つかなって思って」

「そうか。ぼくもなにか目立つ格好をすれば、もっと目立っていたかもしれないな」

 言葉を漏らす彼は、どこか悔しそうな口調だった。


<了>

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休日の通り魔 青見銀縁 @aomi_ginbuchi

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