裂肛 − anal fissure –

十字架おんぶ

裂肛 − anal fissure –

 2014年5月1日


 昔の人は切れ痔になった時、どーやって凌いでたんでしょうか?

 てゆーか、私は1年以上前からウンコした時に血が混じるようになってたわけです。半年くらいから前から、痛みに耐え切れなくなりました。それからというもの、なんの感情も持てなくなりました。冷徹な機械のような人間に成り果ててしまいました。

 うんこしたあとの5時間くらい、ケツに熱い釘を打ち込まれたような痛みが続くのです。眠れません。インフェルノです。

 そういや、1年前に別の病院で大腸内視鏡検査をしたんですが、麻酔を塗ったくってんのに、すげえケツがジンジンして「殺して欲しい」と思うような痛苦を味わったのですがあれが痔を悪化させたんじゃねーか? と、今にしてみれば思います。


 そういうわけで、人間の心を取り戻す為に5月1日から入院しております。


 5月1日は大腸内視鏡検査をしました。「おい、また切れ痔の状態で殺して欲しいと思うような検査しなきゃなんねーのかこの野郎!」と医者の前ではニコニコと従順な態度で、心は鬼のように思いました。でも、仕方ありません。やるしかありません。人間の心を取り戻したいので。

 でも、結局、全然問題ありませんでした。お医者さんも心得ているようで、検査は全然痛くありませんでした。スルスルっという感じでやってくれました。生まれて初めて、心の底からお医者さんを「先生」と呼びたくなりました。


 検査をしてなんもなかったんで、ほっとひと安心です。

 手術は翌日。それまで病室で、痔になった昔の人はどれだけ苦しんだのだろう。と、想いを馳せながらベッドの上でゴロゴロしてました。


 翌日。

 手術前に点滴を一本。抗生剤だったかな? 手術中含めて計3本の抗生剤を点滴するとのことです。

 手術着に着替えて10:30から13:00までベッドの上でマグロみたいになってました。

 手術30分前に、一階に移動します。前の患者さんの手術が終わるのを待ち合い室で、点滴をしながらうなだれながら、死刑囚のように待ち受けるのです。こんなことは早く終わって欲しいと願いながら。「願いは絶望から生まれる」というようなことを誰かが言ってましたが、それは本当です。


 手術室に入るとべらんめえ口調の医者が脚を組んで部屋の端っこに座ってました。人を殺す前に一服していたかのような雰囲気でした。

 イヤだ。こんなのはイヤだと、ここの中で叫びながら、手術台の上に寝転がりました。

 手術は腰痛麻酔で行われます。三人がかりで、エビのように体を丸められます。原始的な胎児のような形になってブスリと腰椎に針を刺されます。痛くはありません。刺された瞬間に「はい! 足伸ばしてうつ伏せになってすぐ!」と、言われ、体育会系の運動部員のようなキビキビとした感じで、指示通りにうつ伏せになりました。思わず、アハハと笑ってしまいました。

 足が痺れて何も感じなくなります。うつ伏せになってて、何やってんのか全く分からないんですが、なんか切ったり焼いたりしているようでした。ものの15分くらいで終わったようで、お医者さんが「あーのりえさんねえ、やっぱ肛門が狭くなってて指一本入るか入らないかくらいだったから、指二本分くらいに広げといたから。あとポリープが三つと、見張りイボを切除したからね」と言って、ベッドの上でマグロになってる私の顔に突き出すように銀皿に乗った、丸くて白っぽい物体を見せてくれました。でけえなおい。「これで排便しやすくなるから」と言われて、心が洗われるような気持ちになりました。


 手術が終わって、ベッドに移されてガラガラと病室に帰還します。

 下半身は動きません。自分の意志がこれほど無力なものなのかと痛感しました。本当に動きたくてもピクリともしません。半身不随になった人はどれだけ苦しいか、少しだけ分かったような気になりました。


 仕方がないので何も考えずに寝ることにしました。


 目を覚ますといつの間にか別の点滴に差し替えられていました。黄色い液体の袋が二本。看護師さんに聞いたら止血剤だということです。

 足はまだ動きません。切られた尻も痛くも痒くもありません。

 それから30分くらいして、午後5時くらいになってようやく自分の命令によって足が動き出しました。最初はちょっとしか動かなかったんですが、ゆっくりと膝を立てて、右や左に動かしていると、ようやく感覚が戻ったなという感じになりました。

 ふと、麻酔が切れたら肛門はさぞや痛いのだろうな。イヤだな。と思いました。

 しかしながら、今のところ、お尻は全く痛くありません。こんなもんなら、全然ビビる必要はなかったな。ビビり損だな。と、横柄な気持ちになりました。


 20時くらいに看護師さんが来て、おにぎりを2つ持って来てくれました。「痛くないです? 痛み止めは必要です?」と言われ、「全然痛くないです。大丈夫です」と、強気な発言をしました。「おトイレは大丈夫ですか?」

 そういえばトイレ行ってないな。最初は付き添いがないとトイレ行けないって口を酸っぱくして言われたから今のうちに小水をしてこようか。と、いうことでフラフラした足取りで看護師さんに便所に連れ立ってもらいました。しかし、なかなか出ません。聞くところによると麻酔の影響で、おしっこが貯まってても出しにくい場合があるそうです。あまりにも出ない場合は尿道に管を通すと言われて、そんなのはイヤだ。と思いましたので、無理やり頑張って自力でお小水をひりだしました。


 安心して部屋に戻ると、今度はケツが痛くなってきました。灼けつくような痛みです。さっきまでは何ともなかったのになんでだ!

 心がざわめいてどうしようもありません。さっき痛み止めいらねえっつったばかりなのに、どの口が「痛くてがまんなりません」と言えるでしょうか? でも、根性がなかったし、こんなくだらねえことで痛みに耐えても誰も感動してくれないので、すぐにナースコールを押して「痛いので薬ください」と要請しました。

 痛み止めを飲んだら15分くらいで痛みは収まり眠くなり、いつの間にか眠りに落ちていました。


 翌朝。6:00くらいに目を覚ましました。ちょっとジグジグ痛みます。でも昨日の夜ほどではありません。そして8日分の痛み止めを渡されたので、安心です。朝8:00に食堂に行き、食事をとります。この病院の食事は格別です。昨日は手術当日だったのでおにぎりだけでしたが、そのおにぎりもふわふわしててシャケもぎっしり詰まっててめちゃくちゃ美味かったです。

 今朝は大根おろしたっぷりの焼き魚に味噌汁、納豆、タクワン。デザートにヨーグルトです。

 美味しくいただいていましたが、味噌汁の蓋が開きませんでした。思い切り開けようとするとひっくり返してビショビショにするのは目に見えていたので、おそるおそる開こうとしたのですが、中の湯気が接着剤のようになっているのかウンともスンともいいません。このやろう。味噌汁が飲みてえんだよ。なんでひらかねえんだ。しかし、味噌汁ごときに熱くなっているのを周りの入院患者さんたちに見られたくないので、なに食わぬ顔で味噌汁の容器を引き寄せて、ぐりぐり蓋を開けようとしたのですが無理でした。顔を真っ赤にして5分くらい格闘していたのですが、もう諦めました。ニコニコしながら、「ごちそうさまでした」と食堂のおばちゃんにお礼を行って食器を下げました。きっと皿を洗おうとしても蓋が開かず苦労するだろうな。と、思いながらそんなおばちゃんの姿は見届けもせず、自販機でいろはすのみかん味を買って病室に戻りました。

 その日は夜まで平穏な1日を過ごしました。夕食はロールキャベツでとろけるように柔らかく、下手な定食屋より、はるかに美味かったです。汁物の蓋はちゃんと開きました。よかったです。

 ちょっと心配だったのは排便がなかったことですが、手術日に浣腸してその前日は胃を空にしてるから、なんの問題もないとのことを言われました。


 術後2日目。6:00起床。8:00食事。

 9:00診察。手術してくれたお医者さんとは違いました。お喋りで人好きのするフランクな感じの医者でした。「女の子がいっぱいいる?」というようなことを聞かれたのですが、その言葉の意味が分からず、病院に看護師の女性がいっぱいいることについて聞いているのかと思い、「ええ、いっぱいいますね」と引きつったニヤけ顔でこたえました。そう答えることが最もオシャレだと思ったのです。続けて「何人くらいいるの?」と聞かれたのですが、看護師の人数なんていちいち数えてないので「数えてないので分かりません」と答えました。するとなんか変な空気になりました。あれ? 質問の意図が違ったかもしれない。

 もしかしたら、「付き合ったカノジョは何人いるの? 」という意味の問いだったのかもしれない。とすると、自分の返した答えはナルシストのクソ野郎のようなセリフだったということになるじゃないか!

 その日は、そのことで頭がいっぱいになり、沈痛な気分になりました。


 術後3日目。そして今日です。排便がありましたが、正気を保てぬほどの痛みが襲いましたので、フラフラ部屋に戻ってすぐに痛み止めを飲みました。もう、うんこはしたくねえ。と、思いました。

 今朝の診察も昨日の医者で、なんとなく不穏な感じになっていたような気がします。あれだけお喋りな医者がほとんど何も喋らないのです。「尿検査の結果が蛋白がプラスマイナスだったからもう一度外来のときに再検査するようにね」とだけ言われました。

 そして、現在に至ります。


 まだうんこをするときに灼けつくような痛みに見舞われるのですが、痔のあの釘を刺されたような痛みに比べればマシです。少し、人間の心が取り戻せたような気がします。

 明日、退院です。

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