満足した人々

対馬守

第1話 山を見る人

 男は、来る日も来る日も山を観るのが仕事だった。まず、全体から観ていく。緑だ。少しずつ細かなところを見ていく。谷間が陰になり濃い緑に見え、逆に太陽で輝くような緑の所がある。また、全体を観る。さっきと違うところはない。これを繰り返すのが、この男の一族の仕事だった。

 この地の領主に命じられたとも、一族の初代が山を見るのが好きだったのだとも伝えられているが、男は詳しく知らなかった。男の代までに伝承は、正確には届いていなかった。しかし、男は、父がしていたように山を見続けていた。

 もちろん、山だけ観ていては生活ができない。領主から頂いたか、初代が自分の手で獲得したか判然としない小さな土地で、自分の畑を耕して生活していた。この土地は、水もちが悪く米を作りたくても作れなかった。しかたなくサツマイモばかり作っていた。だから、男の生活は貧しいものであった。

 しかし、男は不幸ではなかった。毎日、山を観る。その合間に農作業をする。村の人々は、農作業の合間に山を見るぐらいらしい。男は、自分だけが特別な役割を与えられているように思えて、毎日が満足だった。男の住まいは、村から外れたところにあったが、村の人々も時たま男のもとを訪ねては、

「山はどうだいかわりはあるかい」

「特別かわりはないね。去年より暖かいのか育ちが良い。山に用があるなら豊作なんじゃないのかな」

 と言葉を交わして一つお礼を言って帰って行く。


 男は、あの山について誰よりも詳しい。誰よりもあの山を観てきた。男にとって山は人生そのものだった。


 

 山が突然火を噴いた。経験したことのないほどの音や光が男を飲み込んだ。男は、自分の役割を最後ま分からなかった。先祖が300年前に領主に命じられたただ一つの使命。火山を監視せよ。しかし、男たちの一族は、山を観ているだけで幸せだった。使命や役目なんていつの間にか忘れていた。男の人生もまた、幸せだった。

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満足した人々 対馬守 @iburahimu

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