第22話
「…………ま…………お客様?」
「んぁ?」
気がつくと、俺はふっかふかの椅子に座らされていた。目の前にはショートカットの若いお姉さんがいる。
「運ポイントのご契約でよろしいですか?」
「…………はい?」
お姉さんは、なんでもない表情で言った。
「運ポイントの契約でよろしいですか?」
「いやっ……契約って?」
「えっ? 先ほどあの人に言いませんでしたか、『契約する』って」
「いや先ほどって……」
「ではご契約プランを……」
「いやいや…………え?」
「何をすっとぼけてるんですか? お客様はさきほど『彼女ほしい!』って叫んで……ぷっ」
吹き出してんじゃねえよ恥ずかしいな。
「ってか、あれ?」
さっきまで冷水に浸かっていたはずの体に水滴は一滴もなく、乾ききった制服が俺を包んでいる。出血があったはずの両足や、地面に叩きつけられた節々は逆に気持ち悪いくらいに痛くない。
「お客様、どうかされました? まさかトラウマになってしまったんですか? 自業自得です」
「あんた結構傷えぐるな!」
淡々とそういうこと言うの悪い癖だと思います!
ってあれ、この感じ前にも…………違和感から、俺は周囲を見渡す。広々とした集会場のような部屋に、観葉植物が二鉢、そこそこの大きさのやつが置いてあった。
「あ、もしかして…………」
左右を確認。人も確認。相も変わらずそこには腐るほどの人がいた。
「マジですか……」
「どうかされました?」
とりあえず、俺は前にも言った一言を言ってみる。
「あの、契約してあるんですけど」
数週間ぶりに放ったこのセリフ。果たして。
「お客様――死にました?」
お姉さんは、さも当然かのように、マニュアル通りだと言わんばかりに、そう言った。ほい来た。
「はい……死にました」
「あー、確かに使われてますね」
やっぱりの一言を口にする。
「このパソコン、そのリストバンドをつけたまま死んだ人を自動的に」
「あーはいはいわかってますわかってます。そのー、それにあるんだろ俺がいつどこで死んだか」
「よくご存じですね」
やっぱこの人俺を見下してきてるよな。
「えーっと…………三回目なんですか? 一回目には…………交通事故ですか、ふぶっ」
「何回見てもあんたは性格悪いな!」
人の死に様見て笑ってんじゃねえ!
「今回は…………ん? 溺死ですか。どうされたんです?」
「あーっと…………」
これなんて言えばいいんだろう。下手なこと言ってまた巻き込まれたら嫌だし、かといって分かりやすい嘘をつくわけにもいかない。うまーく逃れないと……
「心中、ですかね」
「なるほど…………大変なんですか?」
「ちょっと、姉と」
「分かりました、これ以上は止めておきますね」
珍しく本当に申し訳なさそうにお姉さんが言った。ほんとに珍しい。
「でも、そうですね。じゃあ契約なんですけと」
「それなんですけど」
パソコンに再び向き直ったお姉さんを言葉で制止する。
「俺、ここやめたいんです」
「やめたい…………退会ですか?」
「それです」
「それはできませんね」
お姉さんは表情ひとつ変えずにそう言い放った。
「どうしてですか?」
「だって最初に説明したはずですよ。一度生き返るとここを抜けられなくなるって。もうあなたはここを抜けられませんよ」
「じゃあ、もしかしてこれからもこれと付き合ってかなきゃいけないんですか?」
「そうですよ」
「マジかよ」
ついてねー。
「では、今から契約をやり直します」
また数十分奪われるわけか。そろそろ文章も覚えてきたぞ。
「あ、そうだ。今度もアンドロイドと暮らしてもらうんですけど、どれにします?」
「そうですね…………」
そこからは奈帆と夏帆が消えていた。二人とも俺と過ごして、消費されてしまったからだ。
他のアンドロイドを眺める。隅から隅まで見たけど、誰からも親近感は感じなかった。
お姉さんが喋っている間、ふと周りを見る。遠くにぼんやりと、どこかで見たような茶髪を捉えたけど、それが誰だかは思い出せなかった。
「以上で契約は終了です」
しばらく不運だった俺のところに幸運がたまってきたので使います。 奥多摩 柚希 @2lcola
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