初めての冒険10 ~ミヅチ封印2~
冒険者ではない里の男衆やセリーナさんは、ミヅチのあの姿を見て、腰が引けている。
「ギャアアアアアアアス!!」
ミヅチが一鳴きした。
つんざくような声で、びりびりと空気が振動する。
あれでも、半覚醒だというのか。俺は、この前方から伝わってくる重圧というものを、身体全身でひしひしと感じている。
かつて迷宮内で、竜族と相対したときと同じような感じだ。
身体の中の血液が、じわりじわりと暖かく、沸騰する感じである。
「久しぶりだ、この感じは!!」
どきどきとひやひやの連鎖。
この化け物のようなミヅチを前にして、俺の魂が音を上げて、血液が沸騰していくのが分かる。
この気持ち、最初は俺がきり出さないといけないな。
「俺が、まずは仕掛ける! 皆は急ぎ、墓の場所まで向かってください。ニコル、マハルが先行し、皆を誘導するんだ」
俺はそう言い、そろそろ体力の限界であるが、風の精霊に、力を借りようと思った。その矢先、
「ちょい待ちなさいな」
ノギばぁ様が、俺に声をかけた。
「どうなされました?」
俺は、軽く後方を向き直りながら、ノギばぁ様に聞いた。
「ウィル、お前さんのその一撃は、取っておくべきだ。これから何が起こるか、分からないからねえ」
ノギばぁ様はそうは言うが、初手を誤ると大惨事になってしまう。
あのミヅチを、ひるませるくらいの一撃が、今は欲しいのだ。
「私がやろうかね。生憎、周囲が気を遣うおかげで、魔力は、ほぼ全快さね」
そういうと、ノギばぁ様はすたすたと歩いて、俺の隣に来た。
「いいのか? ノギばぁ様?」
俺は、隣にいる小柄な老婆に聞く。
「何度も聞くのはおよし。さて、あれだけの大物。どうしようかねぇ」
ノギばぁ様は少し考えた後、何かを思いついたかのように、こくりとうなずいた。
「すぅううう……●▲■……」
またノギばぁ様から、固有の詠唱が始まった。
どうやら、土魔法の何を使用するか、選択が終わったようだ。
「●▲■…… むぅ!」
地面から、無数の土で出来た礫が出現する。
個数は、正直数えきれない数だ。
「皆、それでは仕掛ける! それい!」
びっと、右手をミヅチの方向に示し、ノギばぁ様は土魔法を繰り出した。
「
ノギばぁ様が、技名をつぶやく。
砂の礫が、ミヅチに吸い込まれるように炸裂する。
「グニュウウウウ!」
礫風が直撃したミヅチが、音を上げた。
砂といっても、砂利や水を含んだ砂礫は速度が増せば、それは凶器になる。
そのミヅチが、苦しんでいる光景を見て、皆の士気が上がったかのように見えた。
ミヅチの周囲に砂煙が立ちこみ、うまく見えない。
どうなった?
「皆、落ち着きなさい! 今のは、小手調べです。本番はこれから。こんなもので勝負が着いていたら、人柱の封印も何もが必要じゃなくなる」
ノギばぁ様が、声高らかに言った。
確かにこの程度で済んでいれば、封印すら必要ではなくなる。
今まで語られてきた話を聞くに、ミヅチとはこんなものでは……。
「グギャアアアアアア!」
ミヅチが咆哮した。一瞬で周囲の砂煙は吹き飛び、その姿が露わになる。
「●●■▲……」
この間もノギばぁ様は、詠唱続けている。
今回は前回に比べて、詠唱が長い。
「皆、今回のこの魔法で、ミヅチの動きを止めます。その動きを止めている隙に、横を通り抜けて行きなさい。相手はミヅチゆえ、自分の持ちうる最大の速度で! ではええい!
高齢とは、思えない若々しく透き通った声で、
ノギばぁ様は、皆に指示を出した。
ミヅチに向かい左右前方後方から、砂の大きく、平たい分厚い板のようなものが、幾重にも迫っていく。
「皆、今です!」
ノギばぁ様の号令の元、皆がミヅチのいる方向に駆け出した。
ミヅチは、何重にも重ねられ、硬度化された砂の板により、抑え込まれている。
凄い技だ!
俺は、心の底から思った。
まだ半覚醒だが、あのミヅチを抑え込んでいる。
「ウィル、貴方も急いで!」
魔法を繰り出しているノギばぁ様が、俺に言った。
「分かってるよ。でも俺が運ばないと、誰がノギばぁ様を運ぶんだよ」
俺はそう言い、ノギばぁ様を抱えた。
「ウィル、貴方の言う通り、確かに自分をどうするか失念してました。私も貴方たちのような速さがあればよかったのですが……」
はっとした表情で、ノギばぁ様は言う。
「いいって。ノギばぁ様が、あの化け物を抑え込んでいるから、今の状況があるんだからさ」
そう言いながら、ノギばぁ様を抱えた俺は、ミヅチの脇をすり抜けようとする。
その時だった!
ぐわんと何かが、俺たちに降りかかるような感じがした。
ふと上空を見上げると、今まで見たことがないような、大きな腕が迫っていた。
俺は、その腕が向かってくる方向が、分かっていたので対応する。
地面をいつも以上に力強く蹴り、その腕が俺たちに降り注ぐ前に、その場を移動する。
それから少しして、激しい音と共に、地面にその腕は叩きつけられた。
少しばかりの衝撃が、後方から押し寄せてくる。
「おお、危ねぇ、危ねぇ」
俺は、その叩きつけられた光景を見ながら、言った。
「流石はミヅチ。あれだけ重ねたのに拘束できたのは、ほんの少しの間。やはり化け物。こんな存在は、この世に存在してはいけない」
ノギばぁ様が、俺の背中で揺られながら、答える。
「全くこんな化け物が、里の下にいたなんて聞いてないぜ」
ここ数年、マーサさんから頼まれたものを、ただ渡しに行っていただけなので、何とも言えないが。
まぁ、気が付く方がどうかしてるが。
「やはり普通に戦ってもダメなようですね。普通に戦うとしたら、もっと人手がいりましょう。やはり人手が……」
ノギばぁ様が嘆く。
人手か。
俺の脳裏にはすぐに、仮面狸の姿が思い出されるが、現在の人間と仮面狸の関係をみるに、それは非常に困難だろう。
打つ手なしかよ。
一体どうしたらいいんだ。
ミヅチが、まだノギばぁ様の魔法を、全て振りほどく前に、俺は先に急いだ。
先に急ぐ度に俺の視線から、入ってくるのは凄惨な光景だった。
ミヅチにやられたであろう仮面狸たちの死体だった。
上半身がないもの、下半身がないもの。
他には、体の一部の部位がないものが、たくさん地面に転がっている。
さっきまで生きていた感じが、全くしない。
生気を、そのまま断ち切られた感じだ。
こうもこうも……。
今まで奴らと戦っていた俺でさえ、口を覆うような光景だ。
なんでこんなことが出来るんだ。
地面は、かつては、草花が生い茂る道だったのであろうが、今はこの仮面狸達の血液一色で染まっていて、歩くたびにぴしゃりぴしゃりと音がする。
「ノギばぁ様」
俺は、背中に抱えているノギばぁ様に話しかける。
「どうしました?」
俺の心境を察したのか、ノギばぁ様の声は、淡々としていた。
「こんなことが、許されていいはずがない。確かに、捕食者と被捕食者の関係は存在するが、こんなのはただの虐殺だ。食う食われるの関係じゃない」
俺は、吐き捨てるように言った。
「ウィル。貴方の言う通りです。その怒り、取っておきなさい。その怒りは、貴方の力になると思うから」
ノギばぁ様が、俺に諭すように言った。さっきまでの緊張感からくる血液の沸騰ではなく、今度は、この惨劇を引き起こしたミヅチに対して、怒りで俺の血液は沸騰していく。
「さて、見えてきましたね」
ノギばぁ様の言う通り、俺の目には、先に言った仲間の後ろ姿が見える。
ようやく追いついたか。
ニコルやマハルも、この光景をみたと思うが、
大丈夫であろうか。
この光景は熟練の冒険者でも、思わず顔を背けるくらいの光景だったはずだ。
俺は男衆、セリーナさんの横を追い越していく。やはりいい表情はしていない。
それはそうだろう。
おっ、あの革の鎧と槍を背負った姿はニコル。
あの黒い法衣を纏ったのはマハルだ。
俺は速度を上げて、追いかける。
「よっ」
何気なく、俺は声をかける。
いきなりさっきの光景を話しかけても、変に思い出させるからだ。
「あぁ、ウィル」
ニコルが力なく笑った。
「……ウィルさん」
マハルも同様のようだ。
案の定、あまり思わしくない。
「あえて何も言わないぜ。今日、今ここで起きたことはまぎれもなく真実。嘘でも偽りでもない。冒険者はその真実を受け止めなくてはならない」
俺は二人に淡々と話した。
仲間の死で悲しむ時間も時には、一瞬でなければならない。それが冒険者だ。
「まぁ……正直、俺も今回のこれは堪えたよ。正直そこそこ参ってる」
俺は、正直な気分を二人に伝えた。
「何だ……ウィルもか」
ニコルのさっきまで強張っていた表情が、柔らかくなった。
「私も……何だか安心した」
マハルも張りつめていたものが、少し抜けたようだ。
「俺がもっと何かいうと思ったか?」
俺は、二人に聞いてみる。
「冒険者になるためには、こんな光景を乗り越えていかなければならないとか、こんな光景は、何度も見ることになるから慣れろとかさ」
ニコルが言った。
「おいおい、俺はそんな非道な人間かぁ!?酷いな、おい。まさかマハルもそんなことを考えていたのか?」
俺は、ニコルの隣でいるマハルに対しても聞いてみた。
「姉さんほどではないにしろ、少し厳しいことを言われるのではないかと……」
少しおびえる様な感じで、マハルが答える。
「全く、俺を何だと思ってるんだよ」
俺は二人に唇を尖らしながら言った。
「ごめんごめん」
ニコルが謝ってくる。
「俺は、そこまで今回のこの冒険に求めてないぞ。そもそも、今の状況は緊急事態だしな」
俺は軽く息を吐いた。
「だからむしろ、今回お前たちを誘って申し訳ないと思ってる。こんな事態になるとは、俺も予想できなかった」
俺は、軽く頭を下げた。
「ううん、ウィルは何も悪くないよ。こうなることは、誰も予想出来なかったし」
「そうそう、姉さんの言う通りですよ」
ニコルとマハルが、続けて言った。
「そう言ってくれると助かるよ。だがもうこんな事態になってしまったんだ。知らないということは出来ない。だから何とか最後までやり遂げるのが冒険者、いや人情か。そして終わったら三人で、マーサさんのところに帰ろう」
俺はそう言い、笑った。
こうなったら最後まで、やりきるしかない。
「うん、マーサさんとご飯に行く約束だからね」
ニコルの顔に、若干のやる気が出てきた。
マハルの顔にも、安堵の表情が見える。
「ふぉふぉふぉ、お前さん達は、本当にいい子だねぇ」
長い沈黙を破り、ノギばぁ様が声を発した。
「そうかい? いつも俺たちは、こんな感じだよ。ノギばぁ様」
俺は、ニコルとマハルを見ながら言った。
「そうそう、こんな感じ」
ニコルがうなずく。
「そうか、ならウィルもニコルもマハル。お前さんたちは、出会うべくして出会ったのかもね」
ノギばぁ様が、微笑みながら言った。
まるで、その表情が生き仏のようにさえ見える。
「出会うべくしてか……まぁニコルとマハルと出会ってから、退屈はしてないけどな」
俺は、この場の雰囲気をさらに和ますように言った。
「えー、確かに出会ったときは、魔物に襲われてたけどさ」
ニコルが思い出しながら言った。
「あの時は、右も左も分からなかったから。必死に逃げて逃げて、そこでウィルさんに出会った」
マハルが答える。
あの時に比べて、今の二人は成長している。
初めて会った時から、少し他の冒険者とは、違うとは思っていたが。
やはり俺の目には、狂いはなかったようだ。
「そんなこともあったな。まぁ、ここ最近のことだが……って走馬燈のように語らせるなよ!」
俺は話している三人に対して、突っ込んだ。
「だって、ノギばぁ様が、出会うべくして出会ったって言うんだもん」
ニコルが、ノギばぁ様を見て言った。
確かに話の発端は、ノギばぁ様だったのは事実だな。
「うまく話が、そっちの方に流れちゃいましたね」
マハルが苦笑する。
「おい、無駄話はそこまでだ。見えて来たぞ」
思い出話にふけている間に、さっきまで俺たちがいた墓に舞い戻ってきた。
「ようやく、ここまで戻ってきたわね。でも何か出てきた時と形が違うような気がするわ」
ニコルが、墓に指を差しながら言った。
確かに俺たちが、出てきた時はボロボロで今にも崩れそうではあったが壊れてはいなかった。
「あっ。壊したのはミヅチじゃないかな。あの大きさだと壊してもおかしくはないと思う」
マハルが言った。
「マハルの言う通り、犯人は恐らくミヅチじゃろうて。奴め、久々の地上じゃからはしゃいでおるわ」
ノギばぁ様が答える。
確かにそうか。
それならうなずける。
「グッギャアアアアアス!」
後方から、ミヅチの叫び声が聞こえる。
それ以外にも、何かが地面に倒れる音も。
何だ? 何かが倒されている。
疑問に思い、自分達が来た方向を見ていると、ミヅチが姿を現した。
自慢の左右の強靭な腕で、周囲の木々をなぎ倒している。
音の正体はあれか。
全く随分と、暴れん坊じゃないか。
あんな化物と戦えるなんて、やれやれ、本当に冒険者冥利に尽きるぜ。
俺の背中を、ひやりと冷や汗が流れ落ちた。
来る!
流石にこのまま逃げているだけではダメだ。
俺は、ノギばぁ様を背中から下ろした。
「封印するにはどうすればいいんですか? ノギばぁ様」
封印の手順が、分からないと、どう行動するかどうか判断出来ない。
「まずは、ミヅチをさっきいた棺の中に入れなくてはなりません。まずはそこから」
瞳を閉じた険しい口調で、ノギばぁ様は答えた。
「了解」
ということは、墓の中に、また戻さなきゃいけないってことか。
やつを、うまく誘い込まないといけないな。
「ニコル、マハル。聞いた通りだ。あの墓の中にまた戻さないといけない。俺が、うまく誘導するから援護を頼む。あと、もし俺に何かがあったら同じ冒険者として、誘導は任せたぞ」
俺は、まじまじと二人を見て、話した。
二人は一瞬、驚いた顔つきになったが、すぐに俺の言わんとしていることが、分かったのかうなずいた。
もしもか。
そんなことがなければいいが、可能性は否定出来ない。
「よし、なら今から奴の視線を、俺に釘付けにする」
俺はそう言い、抜刀した。
手入れの届いた自慢の剣が光り輝く。
「行くぞ! ニコル、マハル」
俺は二人の名を叫び、ミヅチに突っ込んだ。
ミヅチも向かってくる俺を、ようやく敵と捉えたのか、こっちに向かって馬鹿でかい口を開けて、いつもの如く、咆哮した。
思わず、耳を塞ぎこみたくなる程の声量だ。
だがここで気圧されると、どうにもならない。
「うおおおおおお!」
俺は負けじと、腹の底から声を出して、ミヅチに応える。
双方の距離が縮まる。
ミヅチの間合いに入る。
来る!
そう思った矢先に、すでにミヅチからは発達した腕から、なぎ払いの攻撃が繰り出されていた。
予想以上に早い。
俺は、すぐに盾で自分の身を守るように、身構える。
「!?」
激しい衝撃とともに、俺は後方に吹き飛ばされた。
身体の眠っていた細胞が、無理やり起こされたかのように、俺の身体は痛みを訴える。
くっ、なんて馬鹿力だ。
盾で受け止めたのはいいが、それでも、これほどの威力とは。
盾を持った手の痺れが止まらない。
ちっ、こんなのを何発も貰っていたら、こっちの身が保たない。
ミヅチは、そんなことを考えている間にも、俺に仕掛けてきた。
地面を、えぐるような一撃を繰り出していく。
俺は、その攻撃を避けながら、自分の間合いに入れるように移動していく。
あと少し。
あと少しというところで、ミヅチの反撃が再び来てしまい、うまいこと間合いから弾き飛ばされてしまう。
「ウィルさん、私が魔法で援護するので、その隙を狙って下さい!」
珍しくマハルが、一声挙げた。
ならばここは、マハルの言葉に甘えてみるか。
追憶の迷宮《ステルビオ》 がんぷ @taka0313
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