初めての冒険9 ~ミヅチ封印~


 やはり来た道を帰るしか方法はないか。

ミヅチのあの大きさなら上の階に上る階段は昇ることは出来ない。

俺はきっとミヅチを睨みつける。

ミヅチはというと周囲をきょろきょろと見まわしている。

久々の地上ということを噛みしめているということなのであろうか。

まぁ、なんにせよ。奴の興味がこっちに向く前にこの場から立ち去るのが無難だな。


「二人とも、もちろん動けるよな?」


俺はニコルとマハルのほうを向いて聞いた。


「もちろん、動けるわよ」


ニコルから色よい返事が返ってくる。


「私も大丈夫です」


マハルもどうやら大丈夫そうだ。


「よしっ、ぶるって動けない可能性もあったから聞いたんだ。二人とも動けるなんて、非常に優秀だぞ」


俺は笑顔をワザと作りながら言った。

余裕がないのは事実だが、ここで慌てふためくのが一番ダメだ。


「当然じゃない。あんな化け物を前にしてもへ、平気よ」


一瞬、ミヅチのほうを見てから、ニコルは答える。


「姉さん、見たらダメよ。見たら一気に戦意を持っていかれちゃうわ」


マハルはミヅチのほうを見ないようにしている。


「よっしゃ、んじゃ退散するか」


俺はセラ様を背負いながら言った。

ふと気になったので、ミキソのほうを見た。

羨望のまなざしでミヅチを受け入れるつもりのようだ。

馬鹿な、やられるだけだぞ。

ミヅチがミキソの近くまで歩いて進んでくる。

歩くたびにその質量のせいなのか、地面が揺れているのが分かる。

何やってるミキソ。さっさと逃げろ。

そんなところいたらお前、死んじまうぞ。

しかし全てを受け入れるかのように、ミキソはそこから動こうとはしない。

ミヅチがミキソを肉眼で捉える。

もう無理だ。そう思ったとき、俺の身体は勝手に動いていた。

もう体力的にかなり疲弊していたが、真空の刃を作り、ミヅチに向かってぶちかましていた。

ニコルとマハルも俺の愚行を見ている。放っておけばいいのに、そんな考えも頭をよぎったが、俺にはできなかった。

真空の刃がミヅチの顔面に直撃した。


「グガアアアアース!!」


ミヅチは叫び声を上げた。

爆風が舞ったが、無傷なようだ。

そして予想通り、ミヅチの興味は完全に俺に向いてしまった。

近くにいたミキソを無視し、俺に方向転換し、駆け出す。


「ミキソ、借り一つだ」


俺は大声でミキソにそう叫ぶと、すぐにセラ様を抱えて、この墓を来た道を一目散にわき目も降らずに、戻る。

後ろからは大きな鬼さん付きで。

俺達が墓から出ると、そこには仮面狸がまだ多数健在している。


「おい、早く逃げろ!!」

「逃げて!!」

「逃げてください!!」


俺とニコル、マハルは注意を喚起しながら、我さきへと一目散に逃げる。

そのわき目も降らず、自分達仮面狸の群れの中を躊躇もなく、走り抜ける俺たちの姿を仮面狸達はぽかんとして見ている。

くそ、何で伝わらないんだ。

悔しさがこみ上げてくるが、歩みを止めるわけにもいかないので、俺たちは進む。

すると……。

激しい何かが崩れ去るような音と共に、奴は姿を現した。

突然現れたその圧倒的な存在を見て、仮面狸たちは一気に駆け出した。

しかし、中には逃げ遅れたものもいて、ミヅチの大きな口の中に可愛そうだが吸い込まれたものもいた。

まさに地獄絵図だ。

仮面狸達の叫び声が聞こえる。

くっ、俺たちには何も出来ない。

自分達のうしろで何が起きているか分かる。

そしてその戦いに参加すれば、複数の仮面狸を救うことはできるであろう。

だがそれはミヅチに捕まえることを意味する。

俺たちはたくさんの犠牲の上に成り立っている。今回はこの仮面狸もそうだ。

彼らがここにいてくれるおかげで、俺たちの逃げる距離がかせげるのだ。

正面から俺は特徴のある仮面狸がこっちに向かってきているのが見えた。ニコルと激闘を繰り広げていたルンバだ。傷の痛みも大分和らいだようである。


「ミキソいやカガミ殿はどうしたい?」


すれ違い様でルンバが聞いてきた。

カガミ。それが奴の本当の名前か。


「墓の中に入ったまんまだ」


距離が離れていくので俺は声を上げて言った。


「分かった。あんな危なっかしいものを復活させてしまったのは一族の恥だ。落とし前は俺がつけないとね」


ルンバはそう言い、ゆっくりと歩きながらミヅチの元に向かった。

無駄死にだぞ。

心の中ではそう思ったが、ルンバの背中を見るとそうは言えなかった。

ルンバの背中には傷一つ付いていない。つまり背中を見せて、戦場で逃げたことはないということだ。

生粋の戦士と言えるだろう。ニコルはそのルンバの言葉を聞いて、何か言いたげだったが何も言えなかった。

ただ逃げている自分達はなんなのだ。

情けないことこの上なし。

そうは感じるが仕方がない。

俺は奥歯をきっと強く噛みしめ、三階へと昇る入口に向かう。

セリーナさんたちは一体どこにいるんだ?

俺たちだけが帰っても意味はない。

ここに来た人達、全員で帰るんだ。

そろそろ三階の階段が見える辺りだ。

人混みが見える。

仮面狸か?


「ウィルじゃないか? セラ様も。さっきまた奪われたと聞いたからここまで戻ってきたんだけど、敵の攻勢が激しくてね。でも何があったか分からないけど狸どもがすぅーと退いていってね。今、休憩しているところさ。ねぇ、ノギばぁ様」


セリーナさんが隣でちょこんと座っているノギばぁ様に話しかけた。

ノギばぁ様も大部お疲れの様子だ。


「ウィル。その顔は何かありましたね。貴方は顔にとてもよく出やすい。一体何がありましたか?」


独特の間を作りながらノギばぁ様が聞いてくる。


「はい、ミヅチが復活しました。おそらくノギばぁ様も知っていると思います」


俺がそういうとノギばぁ様の眉間のしわがさらに深くなった。


「そうですか。なら仮面狸との取り決めももう知っていますね?」


「えぇ、仮面狸の長であるミキソいやカガミから話は聞きました。我々、人間は仮面狸を欺いていると。現に人柱が立っていないと言われました。何故約束したことが出来ないのだと」


俺はカガミに言われたことをかいつまんで皆に話した。皆が声を失っている。

「私たちは仮面狸たちを欺いていた。その事実も消しても消せないこと。でも人柱になる人たちのことも考えると、私は不憫でならなかった」

ノギばぁ様は重い口を開き始めた。


「生まれて年端もいかないうちに人柱として祀られる。その人物は一体なんのために、この世に生まれてきたのでしょう。まるで、その習わしのために生まれてきただけ。親が腹を痛め、愛情を注いで育ててきた意味がそれです。そんなことがあっていいのでしょうか?と私は祖母からお話を聞いています」


ノギばぁ様は答えた。

確かにそれじゃあ、なんのためにこの世に生まれて来たのかさっぱり分からない。

そもそも生まれてきたことに意味はあるが、その子である理由がない。


「確かに俺もそう思います。マハルも言っていたがその人柱という封印自体が厳しい。それほどあのミヅチなる存在は大きかったのかもしれない。二人の犠牲で大勢の命が助かるというのなら、昔の人たちならすぐに考え付くでしょう。それに仮面狸と人間では文化や習わしがそもそも異なっている。彼ら仮面狸のほうでは話を聞いている感じ、その人柱になることは大変誇り高く、名誉なことのようでした。そこが我々人間たちとの考え方の決定的な違い。命惜しさと彼らは考えるでしょうけど、生まれた理由が死んで大多数の人を救えという理由もおかしいと思います」


俺は答える。それじゃなんのために生まれて来たんだ本当に。


「大事の前の小事。昔のお堅い頭の連中じゃそう思ってたのかもね。犠牲の上に成り立つ、平和なんてそれは偽物だよ。作られた平和だよ。あたしゃごめんだね」


セリーナさんが吐き捨てるようにいった。

俺も彼女の意見に同感だ。

周囲の男衆もセリーナさんの意見に頷いている。


「それだけミヅチをみんなが畏怖していたのさ。たった二人の犠牲で平和を買えるのであれば、昔の人たちはそれを選んだ。馬鹿な話だよ、本当に」


ノギばぁ様が首を横に振りながら言った。


「それでどうします?」


俺は本題に入った。


「ミヅチの処理か……やはり封印するしかないだろうね」


ノギばぁ様が言った。

封印たって誰かが人柱にならなきゃいけないはずだ。


「ウィルや、あんたの話だと仮面狸の棺はまだ開かれてなかったんだね?」


ノギばぁ様が聞いてくる。


「はい、厳重に閉じられたままでした。中にはミキソなる人物が入っておりました」


俺は即答する。

状況は切羽詰まっていてそんな流暢に話してはいられない。


「そうですか……ならまだミヅチの封印は完全には解かれていないみたいですね。半ば半分強引に解かれたといったほうが正しい」


こくりこくりとうなずきながらノギばぁ様はうなずく。


「それなら付け入る隙は……」


ニコルがノギばぁ様に聞いた。


「有無。あるにはあるな。完全体となったミヅチでは厳しかったかもしれんが、今の半覚醒状態ならもしかしたら……」

「ではどうしたらいいんです? その付け入る隙とはいったい?」


俺はすぐにミヅチの弱点を聞く。


「分かりません。実際にためしてみないと」


ノギばぁ様から的を得ない答えが返ってくる。

一体どういうことなんだ?


「ではその弱点が分かり、ミヅチに隙が生じたら、そのあとは一体?」


「仮面狸側の人柱は現状のでいいでしょう。問題は、人間側の人柱。本来ならば地上に置くのですが、今は緊急事態。この場に置きます。それで人柱ですが……」

ノギばぁ様が人柱の話をしようとしたときだった。


「私がなります」


セラ様ははっきりとした声で言った。

皆がセラ様のほうを見る。

その姿はとてもいつも以上に神々しく見える。


「ダメよ、ダメダメ。なんでセラちゃん一人がそんな役目一人で受け持たないといけないの? おかしいよ」


ニコルがすぐに反論する。


「そうですよ、セラさんがこの里からいなくなったらどうするんですか?」


マハルもそういうがみんなの顔は暗い。

あのセリーナさんまでもが俯いている。


「ニコルちゃん、マハルちゃん。大丈夫だよ。私、この大好きな里のためならなんでもできちゃうから」


セラ様は笑っているが、その笑顔はとても痛々しい。力のない笑顔だ。

全くこんな少女が命かけなきゃならないのに俺は無力なのか。自分が情けないことこの上なかった。ふがいない。


「私は嫌、絶対嫌、嫌だからね……」


ニコルは今にも泣きだしそうだ。

マハルも同様に沈痛な表情をしている。


「ニコルちゃん!」


セラ様が少し大きな声を出した。

半分泣いているニコルはその声でびくっとなる。


「私は大丈夫だよ、きっとうまくいく。大丈夫」


セラ様がニコルを抱きしめて、頭をなでる。

ニコルはさらにそこで泣いてしまった。マハルも涙を瞳に浮かべている。

周囲の男衆も同様だ。

やるべき、皆のやるべきことが決まった。

あとは実行するだけだ。

これが最善の方法だと、最善の方法だと俺は思いたい。思わなきゃ思わなきゃセラ様の覚悟は一体何なのであろうか?


「ウィル、毎年毎年ありがとうね。今年で生きている私に会うのは最後だけど、懲りずに来年も会いに来てね。待ってるからさ」


セラ様はにっこりと俺に笑いかけ、次の人に声を掛けに言った。

なんであんなにあの方は強いんだ。

これから死が待っているというのに。

本人が当の本人が俺たち以上になんで優しくできるんだ。

だからこそだからこそ、こんなことで死ぬなんておかしな話だ。


「ウィルや……」


振り向くとノギばぁ様が立っていた。


「ノギばぁ様」


俺は近くに向かうとノギばぁ様が耳元で囁いた。それは衝撃的な内容だった。


「他言無用。もちろんセラ様にも」


ノギばぁ様がにこやかに微笑みながら言った。

はたしてこれでいいのであろうか。

俺には判断できない。少なくともこの戦いの終焉には悲しまない人間は誰一人もいないということだ。

犠牲なくして平和は成り立たないのか。

これじゃあ昔と何ら変わらないじゃないか。

悔しさだけが胸を苦しめるが、現状、我々ができる最善の手がそれしかない。

俺もそれしかないと考える。誰か他にいい手があるなら教えてくれ。そういいたいが残念ながらないだろう。

ならば、これ以上悲しみを増やさないためにも、俺は行動しなくちゃならない。時には優しく、時には厳しく。被らなきゃいけないものは俺が全て被る。若い連中にはそれは重すぎる業だ。俺は今回全ての汚い部分を被ることを決めた。その先に涙があったとしても、仕方がない。ノギばぁ様の一言で俺の決心は固まった。あとは実行するだけのこと。

恨まれるのは、もう慣れてると思ったけどな。

胸の辺りがずきずきと痛む。かつてセンナを守り切れず、失ったことで、俺は仲間たちの想いを裏切った。

エルゼンをはじめ、ミモザにシーカ。この三人には許されるとは思ってはいない。

なおさら今も冒険者をしていると知られたら、彼らはどう思うだろうか?

まぁ、だが今は、目の前のミヅチとの戦いのことだけに意識を集中しよう。

こいつを封印しなければ、この里は終わりだ。

結局、封印するには、あのミキソの棺が必要になってくるため、ここの階層で戦うしかないのだ。

やむを得ないことだ。      

そして、対となる棺に人柱を立てると。これで戦いは終わりだ。

ミヅチがまたこの地に封印されるということになる。

この封印で出来れば、最後になってほしいものだ。人柱は金輪際、これからこれだけであってほしい。

また封印が二度と解けないように確認も必要だ。

悲しい思いをするのは今日で最後にしよう。

未来のこの土地に住むべき人たちのために、ここでこの話は終わりにする。

地面が揺れる。

これは?

相変わらず、近づいてくると圧倒的な存在感でこっちが圧倒されてしまう。

それだけこのミヅチという生物は生命力にあふれている。

一度、その姿を見ただけで。忘れることはないだろう。

来たか。

遠くの林の中を小さな木々を打倒しながら、ミヅチは姿を露わにした。

たくさんの仮面狸を倒したのか、身体の鱗。

表面にたくさんの返り血が飛び散っている。

ここ四階に残ったのは所謂、精鋭のみ。男衆たちはもしものことがあるため、帰ってもらった。


「ぐぎゃおおおおおおおす」


ミヅチの咆哮音が聞こえる。

びりびりと大気が振動している。

全く、この鳴き声は当分忘れることはないだろう。それほど耳に残る音だ。


「来たぞ! みんな落ち着いてことに当たっていくぞ!」


俺は味方全員を叱咤激励した。

腐ってもここの先頭はこの俺だからだ。


「ニコルもマハルも準備はどうだ?」


俺は右翼のニコル、左翼のマハルに聞く。


「大丈夫。さっきは怖くてビビってたけど、今はもう平気!」


ニコルが即答する。

心強い限りだ。


「私も大丈夫です。姉さんとウィルにみんなが見ているのだから失敗は出来ない」


マハルも大部魔力が回復したのであろう顔色がかなり戻ってきている。


「おぉ、あれが噂に聞くミヅチか。昔話ではよく聞いておったんだがのぅ」


ノギばぁ様も特に気負っている感じもしない。

流石は熟練者だ。感情の処理の方法が分かってる。


                    



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