初めての冒険8 ~ミヅチ再誕~
セラ様を奪い返された。
その既成事実はでかい。
やはり、このミキソは倒しておかなければならなかった。
厄介な幻術を止める術がない以上、隙を見て、闘うしかない。
「どうした? 幻術はもうしないといっているんだ。もっと喜べばいいだろう」
ミキソがにやつく。
まとわりつくようないやらしさを感じる。
こいつはやはりここで倒さなければならない敵だ。
俺の冒険者の勘がそう告げている。
それにあのミキソと書かれた墓だ。
何故にあそこに奴の墓が……。
わからない事だらけだが。仕方がない。
今は奴と相まみえるだけだ。
俺は一歩前に出た。
ミキソがそれを見て答える。
「ついてこい。貴様に見せてやる」
セラ様をがっしりと捕まえ、墓の奥のほうへと進んでいく。
「姉さん、ウィルさん!」
後方から声がして、 マハルが姿を現した。
「マハル、無事だったか?」
俺は声をかけた。
「はい、私は大丈夫ですけど、セラさんがミキソに連れ去られました」
苦痛に満ちた表情で、マハルは言った。
「あぁ、分かってる。セラ様はあそこにいる」
俺は前方を指差した。
マハルの視線がミキソとセラ様を捉えた。
「私がいながら、情けない……」
責任感の強いマハルなだけに落ち込んでいるようだ。
「ニコルも大丈夫か?」
俺は、さっきから一言も発しないニコルに声をかける。
「ええ、大丈夫。にしてもウィル」
ニコルが何か言いたげな表情をしている。
「なんだ?」
俺は聞き返す。
「さっき貴方と戦ってみたけど、強いわね。私の攻撃が通用しなくてびっくりしちゃった。これでも本調子じゃないんでしょ?」
自分自身を見つめなおすかのようにニコルは言った。
「まぁな。全盛期の俺は結構やり手だったと思うぜ。結構他からも声が掛かってたしな」
俺は過去の自分を思い出しながら言った。
さっきミキソの幻の世界で戦ったエルゼンと仲間だった時は、自慢じゃないが、中々の実力だったと思う。
「えっ、姉さんとウィルさんが戦ったんですか?」
マハルが心配そうな顔つきで聞いてきた。
マハルはその場にいなかったから、知らないのは仕方がないことだ。
「まぁ、ミキソの幻術にかかって、成り行きでだけどな」
俺はそう答える。
「怪我はないんですか?」
マハルが聞いてくる。
「私は大丈夫。怪我ってところはないから」
ニコルが即答する。
「俺は少し左腕をやってしまった。だけど大したことはない」
心配させまいとさっき痛み止めの薬草を飲んだところだ。
「痛くなったら、すぐに退いてくださいね」
マハルが言った。
無茶をする俺や姉であるニコルを見れば、一言も言いたくもなるだろう。
「全くこっちは、体力的に万全じゃないし、あっちは人質もいるし、幻術もあるし、体力も万全だ。こりゃまた楽しくなってきたもんだ」
俺は苦笑いしながら二人言った。
二人も苦笑いしていたが、かなり疲弊していたと思う。
ミキソと一定距離を保ちながら、歩いていると、遂にミキソの歩みが止まった。
俺たち三人も警戒しながら、進んでいく。
ここは?
この墓の最深部のようだ。
妙に開けた場所に中央にまた見慣れない巨大な四角い箱がある。
箱?
いやあれは大きな棺なのか。
ニコルとマハルを見てみるが、二人もあの棺に釘付けである。
「あの中に何が入っているか分かるか?」
ミキソが俺に聞いてきた。
正直、分からないが嫌な予感しかしないのが、どんどん伝わってくる。
「分からんよ。だが少なくともいいことではない気がするぜ。あんたらのことだ。どうせろくでもないことを考えてるんだろう」
俺はそう答える。
あの中に入っているのが、何なのか分からない。いいことであるならばああやって蓋をしておく必要はないからだ。
「ふん。所詮はやはり人は人か。自分たちのことしか考えていない」
軽くため息をつきながら、ミキソは言った。
どうもいつもと雰囲気が違う。
「かつてこの森に恐ろしい化物が住み着いていた。その化物が一度暴れれば、多大なる被害を被っていた。森に住んでいる生き物達は困っていた。そしてその化物を退治するために人間と仮面狸を中心に討伐隊が結成された」
ミキソがそこで言葉を切った。
化物か……するとあそこに入っているのはそいつなのか。
ただならぬ気配と重圧があの棺からは伝わってくる。
それは冒険者の勘というよりも、生き物として生まれてきての生命の危機といったほうが正しい。
さっきからそれがゾクゾク感じてくる。
「戦いは熾烈を極めた。化物いやミヅチの暴れっぷりは皆が何度も味わい、苦汁をなめてきたので、戦う前に何度も何度も重厚な作戦会議が行われ、犠牲者が出ないように、武具、防具を揃え、念には念を入れて、何度も確認をとった。これだけのことをしても足らないのではないかといわれるくらいにな」
ミキソがまるで自分がそこの場所にいたのではないかといった体で話している。
ミヅチか。
名前を聞いただけで強そうな印象がある。
この森に住んでいる生き物とミヅチの戦いか。
ミキソの話の感じだと、それでもぎりぎりの戦いをしている感じだ。
今日見てきた仮面狸のあの数をもってしてもってことだろうな。
「何とか我らは勝利いや多数の犠牲者を出しながら、何とかミヅチを封印することに成功した。そして封印には人間から一人、仮面狸から一人の人柱が選ばれ、地中の中で仮面狸の人柱が、陸の上で人間の人柱がこのミヅチの封印を担うことになった。この関係がこの先、未来永劫続くと我らは考えていた」
ミキソはここで言葉を切り、ため息をついた。
人柱。
ミヅチを封印するために必要なものか。
この里にそんな存在があったか……
俺の頭にそれがすぐに浮かんできた。
セラ様か。
だがセラ様は、みんなから崇められているが、人柱ではないはず。
それに仮面狸側でもミキソが祀られているところに、今、語っているミキソが人柱として入っていない。
これは一体どういうことなのであろうか。
「時は流れ、このミヅチとの戦いも語られる昔話のようになった。世代的に過去の話を知っている年代はいなくなり、この行いも風習のようになっていった。それでも担当している我らがミキソの一族は、この習わしを誇りに思い、今まで続けてきた。馬鹿正直にな。さらに時が流れる。ミヅチが復活しない。それは封印が、問題なくいっている証拠だと思い込んでいた。しかし、またあの恐ろしい日がやってきた。ミヅチの封印が解けたのだ。また多大なる犠牲者が出たが、一回封印をしているので、それに習い、今回は犠牲も少なく、うまく封印することが出来た。一つの問題点を残しながら。しかし、それは再び封印出来たという結果により有耶無耶になる」
封印されたミヅチの復活。それの原因はなんだったのであろうか。
俺は少し考えこんでしまう。
「そしてミヅチがまた復活の咆哮の産声を上げた時、衝撃的な事実を敵であるミヅチ自身から知らされてしまう。それは、封印が解けたのは、どちらかがきちんとした封印方法で封印していないという事実だった。我々、仮面狸は代々からその習わしを継続して守ってきたため、封印が揺らぐことはない。揺らぐとしたら人間側に問題がある。我々はすぐにそのことについて調べた。案の定だった。人間族が人柱一人の命惜しさに、偽の無機質な人間の代替的なものを使用していたのだ。そんな偽りのものを使用していれば、封印が解けるのは当たり前のこと。仮面狸達は憤った。しかしまずはミヅチを封印するのが先だった。見事に封印して、今度こそきちんと、かつてからの約束通り、人柱を立てて、封印することに成功した」
俺を始め、あの飽き性のあるニコル、マハル、セラ様。全員がミキソの話に耳を傾けていた。
聞いている限り、ミキソの話が嘘偽りがないのなら、悪いのは俺たち人間になる。
かつての約束を破り、仮面狸達を欺いていたことになる。
「そして、今、人間達はまた我々を欺いている。かつての約束を再び破り、このミヅチの封印を組合員などというわけの分からない連中に任せた。それは何も解決になっていないというのに。結果的に、今こうしてミヅチが復活しそうだ。お飾りのこの人柱は一体なんだ? 我は人間たちの考えていることが理解不能だ。どうして約束したことが守れない」
ミキソは、よく分からないと言った体で声高らかにそう語り、ミヅチの入っている棺を見ている。
「我はミヅチと話した。そんな約束を守れない人間は滅んだほうがいいと。今まで、仮面狸が背負ってきたもの、我慢してきたものはなんだったんだろうと。その原因を作っている人間は滅ぶに然るべきだと。我はそれに首を縦に振ってしまった。人間たちよ、覚悟せよ」
ミキソの固い意思がそこには現れていた。
ミキソの心情は理解できるが、ミヅチの復活は見過ごすことは出来ない。
「2人共どう思う?」
ニコルとマハルに、ミキソの語りを聞いてからの率直な感想を聞く。
「人間が、私達が悪いのは何となく分かる。けどだからといってミヅチが復活するのはおかしい……」
漠然と聞きながらも、ニコルはやるべきことを理解している。
「私は人間達が約束を破ったのは絶対悪いと思います。でもそもそも、そんな誰かが悲しむような人柱での封印というのが、とてもおかしなことだと思います。ミヅチと闘うときは念入りに念入りに作戦を共に考えた人間と仮面狸ならもっといい方法があったと思います」
マハルも自分の考えを述べた。
二人共合格な答えだ。
まずは、やらなきゃいけないことをする。
まずはミヅチを……。
棺を内部から、出ようとしているミヅチがいる。俺はミヅチの棺に近づこうとすると、
「ここは通さんぞ。このミヅチを復活させて、我らの無縁さを晴らす」
ミキソがワシの目の前に立ちふさがる。
馬鹿な。
冷静な判断ができていない。
「ミキソ、確かに裏切られたのは事実だ。我々、人間の落ち度だ。すまん。だがだからといって何故今まで怨敵であったミヅチを復活させて、戦わせなくてはならないんだ。お前はミヅチに騙されて、その心を利用されているだけだぞ!」
俺は、ミキソに訴える。
「嘘つきの人間の言なぞ、信用出来ん。我はミヅチの力を借りて、人間を滅ぼす。そして仲間たちと静かに暮らしていくんだ」
ミキソはそう言うが、復活したミヅチの処理はどうなる。
「もし仮にミヅチの力を借りて、人間を滅ぼした後、ミヅチはどうする? どうやって封印するんだ? 答えてくれ!」
俺はミキソに聞いた。
「その後は……その後は終わってから考えるわ! さぁミヅチよ、その姿を、その姿を我が前にお見せくだされ!」
ミキソはこの広間の中央にある棺に向かって手を合わせた。
するとそれに連動して、木霊するかのように中から、ミヅチが棺から出ようとして、体当たりでもしているのであろうか。
棺内部から激しくぶつかる音がする。
ちぃ、これはやばい。
俺は棺に近づこうとするが、相変わらずミキソが邪魔をしてくる。
「どけぃ!! 邪魔すんな!!」
剣でミキソを、追い払おうとするが、ミキソは持っている錫杖で受け止める。
「いかせん!」
剣と錫杖が交錯する。
火花を散らし、お互いの獲物がぶつかりあう。
やむを得ないな!
一度、後方に飛び退き、俺は風の精霊の加護を用いて、幾重にも真空波を重ねた。
「でえええい!」
俺の掛け声と共に、真空波はミキソに飛んでいき、ミキソは錫杖で捌いていたが、幾重にも重ねた真空波と風圧によって後方に吹き飛ばされた。
今しかない。
この機会を利用して棺に近寄る。
「うおおおおおお!」
俺はその場から跳躍した。
そして棺ごと真空の刃で真っ二つにしようとした。もはやそれくらいしか策は残っていなかった。
風の精霊の力を借り、再度切れ味抜群の真空刃を形成する。
「ニコル、マハル離れてろ! 一気にぶった切る!!」
俺は、ニコルとマハルを棺から離れるように指示する。
「はあああああ!!」
刀身の先まで真空波が浸透しているのが分かる。あとは重力を味方につけて、叩きつけるのみだ!
ミヅチの入っている棺に刀身が近づいていく。
あと少しだ!
俺がそう思った矢先だった。
棺の鎖が吹き飛び、鎖の残骸がはじけ飛んだ。
その直後に、巨大な棺の蓋が上空に吹き飛んだ。
あの金属製の蓋が上空に回転しながら吹き飛ばされた!?
馬鹿な! 間に合わなかったのか。
俺が棺の中を覗くと、中から光り輝く二つの眼が現れた。
激しく、荒々しく、充血した眼と視線がかち合った。
「グギャーーーーーース!」
ミヅチの咆哮音。
至近距離なので、耳を押さえないと鼓膜が今にも破れそうな音だ。
俺はニコルとマハルのほうを見る。
全く初めての冒険でこんな化物に出会うことになるとはな。
二足歩行。
両手の肩骨が著しく発達しているため、非常に巨大な手をしている。
その手の先端には鋭い爪があり、どんなものも引き裂いてしまいそうだ。
体全身はぼこぼこに鱗が敷き詰められており、如何なる攻撃も弾き飛ばしそうな勢いだ。
眼は基本は白目だ。しかしさっきのように感情が高ぶったりすると真っ赤に充血するのであろうか。
頭には二本の角、鼻の上に一本の角が生えている。
また尻尾もこの強固な鱗が敷き詰められているので、打撃としてかなりの威力を有するのではないかと思われる。
こんなときにこそ動かなくては!
俺はまずセラ様を救出する。ニコルとマハルは冒険者。セラ様は一般の方だ。独力で逃げれない方を先に救出する。
「セラ様! お無事で」
俺は唖然としているセラ様を抱える。
ミキソの話した事、このミヅチの事。知らないことばかりであったであろう。
いや知らされていないことばかりであったであろう。言葉に詰まるのも無理は無い。
「セラ様、色々と考えることもありましょうが、今は避難するのが先決。手荒いことになるかもしれませんがごめん」
俺は早口でセラ様にそう伝え、ニコルとマハルの元に向かう。
「二人共どうだ?」
俺は再び感想を求めた。
「……」
流石のニコルも無言のままだ。
「あれがミヅチ。あれを倒すんですか、ウィルさん? あれを倒さないとここを出れないんですか、ウィルさん?」
マハルもどうしたらいいか迷っているらしく、早口でどうしたらいいかの質問責めだ。
「そうだなぁ。まずはおめでとう。中々初めての迷宮であれ程の獲物には会えないぞ」
俺は軽く笑いながら言った。
「何でウィルは笑っていられるの? あれはどう見てもやばいよ」
ニコルがいつものニコルらしからぬ弱気な発言だ。
「あぁ、あれを見てやばいと思わない奴のほうがやばいよ。どうだ? 怖いか?」
俺は二人を慰めるかのように声を掛けた。
「うん……。今までは迷宮なんて雑魚を倒していって最後の主を倒せば終わりって。私の中では簡単に思ってたけど。今日は違う。今日は今この現状から逃げ出したい」
素直な意見だ。
ニコルの真っ直ぐさが出ている。
「私も怖いです。姉さんと一緒なら怖いものなんてない。いや少しはあるかもしれない……。と思ってたけど。今日は心底さっきの咆哮音を聞いて分かりました」
マハルの正直な意見も聞けた。
「よし、それじゃ。ここからみんな連れて逃げるぞ。俺も怖いからさ」
俺は何とか明るい風に装ったが、どうやってミヅチの攻撃を防ぎながら、仲間を回収して、帰る方法を模索するのであった。
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