第12話 黒字

 地上へと出ると太陽はまだ高く登っていた。その傾き具合から午後三時ほどだろうか。


 僕はまだ日が高いこともあって、冒険者ギルドへと換金に走る。ダンジョンが出来たことで放棄された街の区画を気をつけながら駆けていく。


 一時間以上走ってようやく冒険者ギルドについた。

 僕は冒険者ギルドの前で乱れた呼吸を少し整える。いつものことながらダンジョンからはだいぶ遠い。


 街の主要な施設や安全な区画は、ほとんど街の中心に存在している。逆にダンジョンはこの広大なダンジョン街アルヌスの外周付近に多く点在しているのだ。

 故に外周付近に、多く点在するダンジョンから中心地までやってくるのは一苦労でしかない。新人ダンジョンはまだ中心地に近いからましだが、それでも一時間以上かかる。


 だから僕はいつもダンジョンを出た時、日が落ちかけているとまっすぐに家に帰って、翌日の朝に換金をしている。夜間にダンジョンが多く存在する場所を歩くのは、迷い込む可能性があるから避けているのだ。



 息が整った僕は冒険者ギルドに入っていく。

 この巨大なダンジョン街で冒険者を一手に引き受けるギルド、建物自体も立派だ。強固な石造りで他の建物よりも遥かに広く背が高い。


 冒険者でごった返すギルドホールを縫うようにして、僕は換金所のカウンターへとやってきた。いつもは人の少ない早朝に来ることが多いので、この人だかりは結構きつい。



「よお、クロじゃねえか。今日もグリーンラビッドの換金か?」


 耳に聴こえる図太い声。視線を向けると換金所のカウンター内、そこには見知った顔があった。僕がこの冒険者ギルドにやってきた頃から、度々お世話になっている人だ。


「エルドさん!僕の名前はユウリです!!クロじゃありませんからね!?」


 まるで犬の名前のようなそのあだ名に、僕は手を上下にばたつかせ、必死に抗議する。その反応を待ってましたと謂わんばかりに、ガハハと豪快な笑いを浮かべる。

 この頭を丸めた男こそ、このギルドの長であるエルドさんだ。僕の黒髪黒目が珍しいこともあって、『クロ』のあだ名を勝手につけ、僕をからかうのが大好きな厳ついおじさんだ。


「で、クロよ。今日は何を換金しに来たんだ?」


 僕の抗議など全くの無意味で終わる、いつものことだ。僕はいくら抗議しても無駄だと悟り、要件である鞄の中身をカウンターの木箱にぶちまけた。


「おおっ!?あんまり見ねえうちに、随分狩れるようになったじゃねえか」


 エルドさんが一つ一つ手に取り、瞬時に鑑定していく。

 本来、ギルド長であるエルドさんはカウンター業務などやる立場ではない。だが冒険者との直の触れ合いや交流を大事にしているらしく、時間を見つけてはカウンターに姿を見せている。


「こいつは……」


 エルドさんが最後に手に取ったのは、あの小さな赤い魔石だ。珍しく単眼鏡を目につけ、じっくり見入っている。


「火の属性魔石だな。だが、濃度が薄い。四千ガルドってとこだな」


「四千ガルド!?それ、そんなに高いんですか!?」


 僕は興奮してカウンターに身を乗り出し、エルドさんに迫ってしまった。銅貨四十枚。食費にすれば、二日分。思わぬ幸運に僕は喜んだ。


「落ち着け、クロ。属性魔石ではこいつは最低ランクだ。もう少し濃度が濃かったり、大きかったりすれば、数倍じゃきかねえぞ。惜しかったな」


 とんでもない。今の貧乏生活を送る僕らからすれば、十分すぎる報酬だ。これならルーシェ様も鞄破いたこと、チャラにしてくれるかもしれない。


「全部で八千二百ガルドってとこだな」


 エルドさんは銅貨八十二枚を僕に差し出す。今度こそ本当に、この生活始まって以来の黒字に、震える手でそれを受け取った。急いでお嬢様方に見せてあげよう、きっと大喜びだ。


 僕は小さな袋に銅貨を入れ、カウンターを後にしようとする。だがエルドさんの呼び掛けでその足は遮られた。  


「なあクロ。そろそろ冒険者として本格的にやってみないか?これだけ稼げるならやっていけるだろう。それにギルドに入れば、色々優遇されるぞ?クエストだって受けられるし、どうだ?」 


 僕は少し戸惑った。

 本当は入りたいが、僕は冒険者ギルドに入っていない。何故入っていないかというと、冒険者になれば同時に義務も発生するから。

 特に再優先の緊急クエストは、全ての冒険者が招集されることがあるし、拒否権がない。緊急クエストが終わるまで、何日間も拘束されることも多々あるそうだ。お嬢様方を第一に考え、養う僕にとってそれはきつい。


「えっと……、か、考えておきます。お嬢様方にも相談しないとわからないし」


 僕は頬を指で掻きながら、言葉を返した。このことは一度お嬢様方と本格的に相談したほうがいいかもしれない。緊急クエストはともかく、通常のクエストなら更に収入アップに繋がるし。


「そうか。わかった、無理強いする気はねえが、まあ前向きにひとつ考えてくれ」 


「はい。それじゃあ、また」


 僕はエルドさんに軽く一礼すると、冒険者ギルドを後にして自宅を目指すことにした。


 ギルドを出て自宅に向かう途中、僕は何気に『ステイタス』を開く。上がった能力の確認だ。



 名前:ユウリ・キリサキ 男 十六歳


 ランク:H

 クラス:奴隷

 レベル:1

 経験値:5220/5000

 LP:62/85 

 MP:10/10 

 筋力:G+(45)

 耐久:F-(53) 

 敏捷:G+(32)

 器用:G+(36)

 魔力:H+(15)

 スキル:剣術Lv1 

 権能:簒奪

 称号:奴隷、簒奪する者



 能力値がやはり上がっていた。だが計算が合わない。

 簒奪して上がった分以上に、能力が上昇している。これはどうしてなのか?


 それにもう一つ気になる点がある。経験値が溢れてしまっている。だがレベルは変わらずのまま。

 経験値は貯まっているし、レベルアップの条件は満たしてると思うけど……。


 疑問だ。僕は前世の記憶や経験を元に熟考してみる。この力は彼から貰ったものだから、彼の考えに寄せる方が謎が解けるかもしれない。まあ彼は女神様から貰ったみたいなことを言ってたけど。


 彼の気持ちになって考えを巡らせる。しばらく耽って、僕は一つ思いつく。


 能力値の方。これはもしやゲームなんかで良くあるパターンの、戦いの中で成長分を数値化したものじゃないのかな?


 ゲーム好きだった前世の僕が好きそうな設定だ。それなら成長分と簒奪分で辻褄が合う。一応僕はその仮説をたてた。


 だが経験値の方はいくら熟考してもわからない。どうにかしてレベルが上がる条件があるはずだ。それは間違いない。


 ダンジョン街を唸りながら練り歩く僕は、結局答えの出ないまま家へとついてしまった。


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ダンジョン街に転生した奴隷の僕はお嬢様方を養うため最強へと成り上がる。 七原いおり @miikun2525

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