第11話 赤い魔石
先程と同じ要領で、地面に転がるグリーンラビッドに手を掛ける。
するとまたしても【権能:簒奪】の文字。それと同じくして左手の奴隷印は輝き、手に持つグリーンラビッドは消え去る。後には魔石と皮だけが残った。
実際に起きている、その不思議な光景に僕は奇妙な感覚を覚える。だがそういう能力なんだろうと割り切り、飲み下す。
【グリーンラビッドから肉体を簒奪。魔力+1】
「あれ、さっきと違う……?」
先程と同じように表示されたが、今度は魔力+1だった。敏捷に+1じゃなかった。僕は首を傾げ思案する。吸収される能力値に何らかの法則性はないのかな?
その疑問をはっきりさせるため、僕は三匹目のグリーンラビッドを掴んだ。
繰り返される同じ表示。
【グリーンラビッドから肉体を簒奪。器用+1】
またしても違った。やはり僕の思案通り、能力値の上昇に規則性や法則性は無いようだ。ランダムに上昇すると見ていいのだろう。まだ断定するには早いが、これまでの結果を顧みると、とりあえずはこの認識でいいと思う。
僕はひとしきり思考を巡らせたが、これ以上情報は掴めそうにはないので、魔石とグリーンラビッドの皮の回収を行う。
今はダンジョンにいる訳だし、魔物との戦いに集中しよう。『簒奪』の力も使っていれば、というか勝手に発動するけど、その内に色々わかってくる部分があるだろう。何よりも今の僕がやらなきゃいけないことは稼ぐことだ。今度こそ今の
僕は魔石と皮を全て鞄にしまうと、グリーンラビッドを求めて一階層の狩場を彷徨い続けた。
お腹が空くお昼時、一階層の入口付近、比較的安全と思われる場所で僕は食事を摂ることにした。
一階層で動きの読めるグリーンラビッドをひたすら狙い打ちにしたことで、僕は午前中だけで九体まで狩れた。これは間違いなく新記録の予感。
うまくいった狩りにご機嫌の僕は、アリシア様お手製のお弁当を感謝しながら味わう。
貧乏暮らしの割には豪華なお弁当だ。多分ダンジョンで狩りを行う僕を気遣って、奮発してくれてるのだろう。十分な量の食事だ。ありがたいことだが、僕はむしろお嬢様方に頂いて欲しい。
食事を終えると手を合わせ、「ごちそうさまでした」と呟く。そして一息つき、徐おもむろに『ステイタス』を開いた。
能力値を再確認してみる。敏捷、器用、魔力を中心に上がっていた。中でも一番低かった魔力が、一番上昇している。筋力と耐久も一つだけ上がっているが、他に比べて上がる率が悪い。元々高い値だったから上がりにくいのかな?そこの関係性はまだ謎だ。
それにしても僕の『ステイタス』は魔力がすごく低い。元々才能がないのかも知れない。一応上昇してきているがそれでも一番低い。出来るなら魔法を使ってみたい僕に、魔力の素養が低いのは少しショックだった。
前世の世界とは違い、この世界には魔法が存在する。だがその魔法も使える人は大分少ないと訊く。僕自身、見たことも使ったこともないが、ほのかに憧れていたのだ。いつか使えたらいいな。
僕は早めにお昼休憩を終えるとまたしても、グリーンラビッドを探し回ることにした。
細い通路を魔光石が放つ光に当てられながら、ゆっくり慎重に進む。しばらく一階層の中域辺りを探し回ったがグリーンラビッドはいなかった。
すれ違う他の駆け出し冒険者がグリーンラビッドの皮を幾つも肩に担いでいたし、一番弱いグリーンラビッドはもう狩り尽くされたみたいだ。
僕の狙いは安定して狩れるグリーンラビッドだけに、正直困った。
なるべく一階層の奥、ワイルドボアなどがいる場所には行かないようにしていたが、そうも言っていられない。少し危険かもしれないが一度、一階層の奥の魔物と戦うことを決めた。一応ワイルドボアも狩れる訳だし。
中域から二階層の階段もある奥へと向かっていく。何本かの分かれ道を勘で選び進む。すると少し広めの部屋に出た。
部屋の奥には何やら木箱のようなものがある。遠くからではよく見えない。僕はその木箱に近づき、よくよく目を凝らしてみる。
「……これって、宝箱?」
そこにあったのは木箱ではなく、宝箱だった。ゲームなんかによく出てきそうな宝箱そのままの風貌だ。この世界でも初めて見る宝箱に僕は少し、鼻息を荒くした。
(何が入っているのかな?)
好奇心が掻き立てられる。
僕は首を左右に振り、辺りを見渡してみる。広めの部屋は他に誰もいなさそうだった。
一応罠かもしれないことを念頭に置き、警戒態勢を保つ。僕は恐る恐るその宝箱を開いた。
軋む木の音が部屋に響きながら、宝箱はその口を開けた。
慎重に僕は中の宝箱を見る。そこには赤く綺麗な魔石が入っていた。
「綺麗だなぁ……」
僕は赤い魔石を箱から取り出し、手に持つ。鑑賞するように眺めると、きらりと光を反射している。
僕はその赤い魔石を鞄へとしまう。今までに見たことのない魔石だ。もしかしたら、高く売れるのかもしれない。
広めの部屋は行き止まりで道は一本しかない。僕は来た道を引き返して別の道へと向かう。だがその時、部屋の隅から音がした。
何か羽ばたかせるような音。僕はその音に反応するかのように、即座に剣を抜き身構える。
部屋の隅の天井。薄暗くてよく見えなかった場所。そこに赤い瞳が光っている。それも二組。目が合った瞬間、それはこちらへと飛び立ってきた。
次第にはっきりする姿。大きな翼に、鋭い歯。まるでコウモリのような似姿。
冒険者ギルドの図鑑で見たことがある、一階層の魔物では一番強いジャイアントバットだ。
「キキィッー!!」
金切り声を上げるジャイアントバット。翼を広げたその姿は二メートルぐらいありそうだ。
大きく裂けた口から牙をぎらつかせ、突進とともに噛み付こうとしてくる。
僕はその攻撃を横に跳び躱す。だが一匹を躱すのが精一杯で、二匹目の突進を許してしまった。ジャイアントバッドの牙が僕に噛み付こうとする直前、何とかロングソードで防御姿勢を取り、その牙を防ぐ。
その勢いのまま、縺もつれるように転がる僕とジャイアントバット。押さえつけられる力が強い。なんとしても噛み付こうと向こうも必死だ。自然とジャイアントバットが馬乗りの態勢となる。僕は剣の腹で牙を受け、必死に防御姿勢を取る。
「……やられてたまるかっ!!」
僕は押さえつけてくるジャイアントバットの腹部を、身動きの取れる足で引き剥がすように思いっきり蹴り飛ばす。
ジャイアントバットの口から息と小さな奇声が吐き出される。蹴り飛ばされたジャイアントバットはごろごろと地面に転がり、その動きを止めた。
僕はチャンスとばかりに走りだし、飛びかかる。そして同時に剣をその身体へと突き立てた。ジャイアントバットの身体を貫き、地面に剣が刺さる。
「ギィィィィィィッ!!」
一際大きな声を発し、ジャイアントバットは動かなくなった。
(やった!ジャイアントバットも狩れ―)
そう思った瞬間、後ろから衝撃が走る。
もう一匹いたことを僕は失念していた。肩掛け鞄が噛まれるその感覚。
「や、やめろ!!それはお嬢様方が買ってくれた鞄だぞ!?」
魔物に言葉を発しても無意味なのに、僕は必死で訴える。冗談ではない。お嬢様方が買ってくれたばかりの新品だ。
僕は湧き上がる怒りまかせに、激しく体を捻り、くっついて離れないジャイアントバットの頭へと肘鉄を喰らわせる。
肘鉄を喰らったジャイアントバットは打ち所が悪かったのか、よろめきながら離れていく。その速さは見る影もなく失われている。
僕はここぞとばかりに追撃を加える。ロングソードを走らせる。ふらつくジャイアントバットは僕の剣を躱すことなく、胴から顔まで大きく切り裂かれた。
悲鳴を漏らすこと無く地面にジャイアントバットは伏した。
僕はロングソードを鞘に納めると急いで、鞄を確認する。そこにはしっかりとジャイアントバットの歯型が出来ており、鞄のやや上の部分が引きちぎられていた。
「あぁ、やられたぁ……」
力無く僕の声が漏れる。そしてすぐにお嬢様の顔が浮かんだ。もちろんルーシェ様だ。買ったばかりの初日でこれは絶対に怒られる……。
幸いなことに引きちぎられた部分以外は、小さな穴で済んでいる。厚手なことも幸いした。魔石が落ちることはないようだが、激しい動きは裂けたほうがいいだろう。
「今日はもう駄目かな……」
鞄に穴が開いたこともあって、今日は早めに切り上げ換金を優先することにした。一応は新記録の十一匹に、赤い魔石も見つけたし、黒字で間違いない。
鞄はどうにか今日中に修理しよう。できればお嬢様にばれないように……。
僕は地に伏したジャイアントバットを掴む。勝手に『簒奪』は始まり、魔石と牙が落ちた。
【ジャイアントバットから肉体を簒奪。魔力+2】
【ジャイアントバットから肉体を簒奪。筋力+2】
グリーンラビッドとは違って、ジャイアントバットからは+2の上昇値が得られた。
確かにグリーンラビッドよりも強かった。もしや魔物の強さで得られる上昇値も変わるのかもしれない。
だとすると色んな魔物で試す必要もある。明日はグリーンラビッド以外も狩ってみようかな。
そんなことを考えながらも僕は、穴の開いた鞄に慎重に魔石と牙を収納し、地上を目指した。
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