第10話 簒奪の力
「それじゃあ、いってきますね」
僕は小声で小さく呟く。
「いってらっしゃい。気をつけるのですよ」
玄関の扉の前。
カーディガンを肩から羽織ったアリシア様が僕にお弁当を渡して、お見送りしてくれる。ルーシェ様とミリヤ様はまだぐっすりとお休み中だ。アリシア様も朝に弱いが、今日は早く起きてお弁当を作ってくれた。
僕は手を振るアリシア様に軽く一礼すると、家を出た。
朝日をその背に受けながら、僕は
あの全てを奪われた日から三日間、僕は身体を癒やすことに専念した。傷の治りも案外早く、僕はダンジョンでの魔物狩りに復帰した。
真新しい装備に身を包み、ダンジョン街アルヌスを駆ける。体の調子は良さそうだ。痛みもほとんどない、これならいける。
新しい装備はお嬢様方が用意してくれたものだ。
簡素な造りだが実直なロングソード。動きやすい冒険者の衣、厚手の肩掛け鞄。以前よりもだいぶ良い装備だ。
どうやって資金を捻出したのかアリシア様は教えてくれなかったが、僕は気づいてしまった。普段から付けているアリシア様のネックレスが失くなっていたことに。
ずっとアリシア様が大切にしていたお母様の形見の品だ。それを売り払ってまで、アリシア様は僕に装備を用意してくれたのだ。
もっと稼げるようになったら、絶対に探しだして買い戻すと僕は心に決めた。
そのためにも手段なんか選んでられない。ダンジョンに向け、その足を走らせる僕の脳裏にちらりと彼のことがよぎる。
彼が言ってた力だって何だって使ってやる。全てはお嬢様のために、そして現在を生きる僕のためにやれることはやるんだ。そう決意を新たに、僕は今一度自身を引き締めた。
やがて新人ダンジョンについた。
小さな洞窟のような入り口だが、下に向かって伸びる階段が人工的に形成されている。しかし、おそらくだが人が作ったものではないだろう。
古来よりダンジョンは生きており、意志を持っていると謂われている。その証拠にダンジョンは長い年月を掛けてではあるものの、その内部を変化させるのだ。
数年前に潜ったダンジョンが全く見覚えのない光景を映し出していた、何てことはざらにあるそうだ。
なんの為に変化させるのか、なぜダンジョンが出来るのか、それは謎だが一説では人を誘い込み、喰らうことを目的にしているとも噂されている。あくまで噂なので真実はわからないが。
僕は新人ダンジョンの入口の階段を降りて、一階層へと向かった。
今日は珍しく、他の冒険者もやってきているようで、遠くから剣撃の音や声がしている。
僕はなるべく他の冒険者と狩場が被らないように気をつけながら進む。
ちらりと視界の端に意識を向けると、やはり『ステイタス』のメニュー表示が成されている。邪魔にならないように小さく、僅かに点滅する表示。逆に意識を背けるとそれは消え去った。
『ステイタス』の表示では僕はLv1だった。
これは間違いなく最弱の雑魚の部類という認識で間違い無いだろう。現にこの新人ダンジョンで苦戦している。他の駆け出し冒険者たちはパーティを組みながらではあるものの、どんどん先へと進んでいる。
だが焦ることはない。慎重でいいんだ。
前世の記憶がある現在いまの僕には戦いの知識もある。もちろんゲームや小説、本で学んだ程度のものだが、記憶のなかった頃の僕よりはましだろう。
慎重に進みながらも、一階層の中腹の開けた所辺りまでやってくる。魔光石を含む壁が光っているとはいえ、少し薄暗い場所だ。今日はここまで、魔物と出会っていない。そろそろ戦いたいものだが……。
開けた場所で立ち止まっていると何やら物音が聴こえる。僕は物音のする方向へと慎重に歩を進める。
―いた。最弱でお馴染みのグリーンラビッドだ。しかし、三匹。群れで固まっているようだ。
複数ということで僕は数瞬迷った。だが突進攻撃のみのグリーンラビッド相手でまず死ぬことはない。もちろんその固いおでこが痛いが十分耐えれるだろう。
僕はお嬢様方から戴いたロングソードを腰から抜くと、一気にグリーンラビッドの群れまで駆け出した。
先手必勝といわんばかりに群れの先頭のグリーンラビッドに突きを繰り出す。手元から伸びるその突きは先頭のグリーンラビッドを穿つ。力ない声が漏れ、グリーンラビッドは動かなくなった。
だが同時に他の二頭のグリーンラビッドが僕に気付く。そして丸まると思いっきり突進攻撃を仕掛けてくる。
僕は幾度も見たその攻撃を寸前で躱す。そして躱すと同時に斬りつけた。ゆっくりと倒れ込むグリーンラビッド、簡単に二匹狩れた。僕の目がグリーンラビッドの攻撃にもう慣れていることもあるが、ここまで余裕で狩れることに僕は驚く。
もう一匹のグリーンラビッドがそれを見て、突進攻撃を途中で止め逃げ去ろうとする。僕は素早く追いかけ、後ろから斬りつける。
(浅いっ!?)
一瞬そう思った。逃げるグリーンラビッドと斬撃を放つ僕との距離。
その差が開いて浅く斬りつけたと思ったが、ロングソードはしっかりとグリーンラビッドを捉えていた。いとも容易く切り裂かれた三匹目もそこで絶命した。
真新しいロングソードの刃は前の使い古しのショートソードとは、切れ味が一味も二味も違う。リーチも長くなったことで獲物を逃さずに済んだ。
「やっぱり全然違うなぁ……」
僕は新しいロングソードを掲げ、まじまじと見た。ショートソードは使いやすかったが、やはりリーチが短い分、それだけ魔物に接近しなければならなかった。
だがロングソードは斬撃が伸びるような感覚。少し重いが、僕にはこっちの方が合ってそうだ。
僕はロングソードをその腰の鞘に戻すと、小さな折りたたみナイフを取り出す。
これもお嬢様方が買ってくれた物だ。以前はショートソードで剥ぎ取れていたが、ロングソードだとそこは難しい。出来ないことはないだろうが、皮なんて綺麗に剥ぎ取れそうにない。
僕はナイフを手に持って早速回収作業へと移る。貴重な収入だ。一匹たりとも無駄にできない。
そして回収のためにそのグリーンラビッドへと触れた時、僕の視界に異変が起きた。
視界の端で何やら表示がされている。意識を向けた訳ではないのに、勝手に表示されているそこに僕の視線は走った。その視線の先には小さく【権能:簒奪】の文字。
そこに意識を向けた途端、左手の甲に刻まれた奴隷印が光り、僕が触れていたグリーンラビッドは、ふっと消え去る。と同時に魔石と皮だけがその場に落ちた。
「えっ!?」
何が起きたのか、さっぱりの僕から自然と声が漏れた。だが次の瞬間、視界の端にまたしても小さく表示がされる。
【グリーンラビッドから肉体を簒奪。敏捷+1】
「……肉体を簒奪?敏捷に+1?」
戸惑いながらも頭は急速に回転する。だがその思考の先は一本道だ。真っ先に思い浮かべたのは他でもない、彼だ。
彼が言っていた言葉が脳裏に蘇ってくる。確か彼は純粋な力を奪うみたいなことを言ってた。ということはこれがその『簒奪』の力が働いたということなのだろうか?もしもその力が働いたとしたら敏捷+1の表示はまさか……。
僕は急いで意識を視界の端に向ける。
すぐに表示される『ステイタス』の文字。そして僕はその項目を意識で選択し、自分の『ステイタス』を開いてみた。
名前:ユウリ・キリサキ 男 十六歳
ランク:H
クラス:奴隷
レベル:1
経験値:3860/5000
LP:85/85
MP:10/10
筋力:G+(40)
耐久:F-(50)
敏捷:G (26)
器用:G+(32)
魔力:H (5)
スキル:剣術Lv1
権能:簒奪
称号:奴隷、簒奪する者
敏捷の数値がやはり上がっている。
傷を治す療養中に暇つぶし程度に、何度も開いていた『ステイタス』。気になってはいたので、幾度も表示させるうちに僕はその数値を完璧に覚えてしまっていた。
「……そういうこと、なのか?」
誰もいない開けた空間に僕の声が漏れる。
僕の考えが間違っていないとするのなら、『簒奪』の力は魔物の肉体を奪い、それを自分の力に変換し吸収するという能力?
まだ確信するには早いけど、多分それに近いはずだ。
視線を倒したグリーンラビッドに向ける。
もっとこの権能を使ってみる他に確認する手段はない。僕は倒れたグリーンラビッドへと近寄っていった。
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