エピローグ

 終わらない悪夢


 警視庁捜査1課では激震が走っていた。


「馬鹿野郎! どうして宮木を見つけられないんだ! これだけ目撃情報があるんだ、早くしょっ引いて来い!」


 テーブルを叩く課長は刑事たちに罵声を浴びせる。


 先日起きた未確認生物による損害は多大なモノであった。多くの犠牲者が出た上、建築物への被害も軽視できないレベルだったのだ。


 すでに多くの新聞各社が、この原因不明の爆発事故を”謎の生物による攻撃”と報じ、日本全土が衝撃の渦に叩きこまれていた。


 連続放火事件を追っていた警視庁捜査1課は、今回の大事件に最重要参考人である宮木隆が関わっていると辺りを付けていた。多くの証言者が炎の蛇を操る宮木隆を目撃していたからだ。


 しかし、謎の事件後に宮木隆の消息はぷっつりと途切れていた。


 ガソリンスタンドが爆発したと思われる場所はクレーターが出来るほどの惨状であり、周りの家も見るも無残に破壊されている。誰もが宮木隆の生存を絶望視していたが、奇妙な事に現場では死体どころか一部すら出てこなかったのだ。

 

 警視庁では宮木隆は生存していると結論付け、捜査を続行していた。


「ホトケさんが出てこないと言うことは、生きている可能性が高い! もっと範囲を広げて聞き込みを続けろ!」


 課長は刑事たちに継続の指示を出した。そんな中、一人の若い刑事が手を上げる。


「課長、新たな証言がありましたので報告しておきます」


「どんなことでもいい報告しろ」


「はい、聞き取り捜査を行って、例の大事件で宮木隆の他に二人の学生を見かけたと言う証言が入ってきています。二人は宮木隆を追いかけていたという話も聞きますので、何らかのかかわりがあるのではないのでしょうか?」


「……悪くない。その辺りから進展するかもしれないな。よし、ではお前は証言があった二人の学生を探し出せ」


 若い刑事は課長の言葉に頷いた。



 ◇◆◇◆



 喫煙所で若い刑事と中年の刑事が煙草を吸いながら話をしていた。


「栗田は今回の大事件どう見る?」


「理解の範疇を超えてますね。ただでさえ連続放火事件は奇妙な事が山ほどあるのに、今度は謎の大事件ですか。経験が浅い俺ではついて行くのでやっとですよ。長瀬さんはどうなんですか?」


 中年の刑事は煙草を深く吸い込むと、白い煙を吐き出しながら若い刑事に返答する。


「だろうな。俺でさえこんな事件は初めてだ。噂では国の特殊部隊が動き出したそうだぞ?」


「特殊部隊?」


「国は警察では手に余ると判断したんだろ。俺の古い知り合いで官僚の奴が居るんだが、そいつが言うには自衛隊内部では、特殊な訓練を受けた部隊が密かにあるそうだ」


「じゃあ謎の大事件に繋がる連続放火事件も俺たちの手から離れる可能性があるって事ですか?」


 中年の刑事は「かもな」といいつつ、煙草の灰を灰皿へ落とす。


「その前に俺たちで真相を探し出さないといけない。お前は此処を探ってみろ」


 中年の刑事は小さな紙切れを若い刑事に渡した。


「これは?」


「俺が怪しいと思って聞き込みをした奴らのリストだ。ほとんどが宮木が通っていた学校の奴らばかりだ。特にその中で葛城静谷と言う奴には気を付けろ」


「気を付けるですか? でも、高校生ですよね?」


「馬鹿野郎。相手は高校生でも油断ならねぇ奴は居るもんだ。葛城静谷はそのリストの中でもかなりヤバい方だ」


 若い刑事――栗田は少しばかり緊張をした。


 中年の刑事である長瀬が”ヤバい”と言う時は、本当に危険な時だ。長年の刑事としての勘が葛城静谷を危険だと判断していた。


「ヤバいってどんなふうにですか?」


「上手く言えねぇが、まるで殺人鬼がヒーロー物の仮面を被っているような感じだったな。ああいうのは見た目じゃあ分からねぇ」


「殺人鬼……」


 栗田は何度か大きな事件に携わった経験があるが、殺人鬼と呼ばれる者とは出会ったことはなかった。


「とにかく証言の二人を探すつもりなら、そのリストに上げられている奴らを探してみる事だな。まぁ頑張れよ」


 長瀬は煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、栗田の肩を叩いてその場から去っていった。


 残された栗田は、リストの最後にかかれている”葛城静谷”と言う名前を見てため息を吐いた。


「仕方がない、休暇を返上して聞き込みに当たるか……」


 彼は煙草の煙を吐きながら呟いた。


 吸いきった煙草を灰皿に押し付けもみ消すと、歩きだそうとしたところで鞄と一緒に持っていた本を落とした。


「おっと、いけないいけないっと」


 古びた本を拾い上げると、そっと鞄の中に入れる。


 そして、彼は歩きだした。

 


 【了】






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