最終話 真実


 マーメイドの身体へと大きな爆炎が直撃した。


 衝撃でマーメイドは後ろへ弾き飛ばされ、地面を転がる。


「くははははっ! すげぇ威力だろ!? 禁書はな、使えば使うほど魔法が増えて威力も増大するんだ!」


 宮木は龍に近づくと、魔法を使って氷を溶かしてゆく。


 一方、マーメイドは炎のダメージが大きいのか、なかなか起き上がれないでいた。


 龍が完全に回復すると、奴は僕たちへ視線を向けた。


「ほら、かかって来いよ。まだまだ戦えるだろ?」


「くっ……マーメイド! 戦え!」


 声をかけると、マーメイドはヨロヨロと体を起こし槍を構える。


「人魚さんが……もう止めて……」


 佐々木さんはマーメイドの悲痛な表情を見て、悲しみの言葉を口にする。


「佐々木さん。今ここで引きさがれば、もっと犠牲が出るんだ。奴を倒さないと世界が終わるんだ」


「でも……でも……」


 彼女は納得が出来ないようだ。だが、それも当然だろう。僕たちは争いとは無縁に生きてきた。殺し合いなんて初めてだ。全てが初めてで、そして残酷だ。精霊を呼び出し犠牲を出してでも、さらに呼び出す。死ぬことすらいとわずに、敵へ向かわせる。彼女にとって精霊が戦い続ける姿は、悲しみの何者でもない。


 それでも僕は精霊を敵へ立ち向かわせるしかない。


 此処で負ければ、奴は言ったような願いを叶えるだろう。そうなれば人類は滅亡する。もし、そうじゃないとしても、絶望的な未来は避けられないだろう。


「マーメイド、お前は古の人魚だ! その力を見せてみろ!」


 僕の言葉にマーメイドは、槍を掲げ叫ぶ。


「*§Λ!」


 空に急速に暗雲が立ち込め、渦を巻いて行く。湿気を含んだ風が辺りを覆い始め、ぽつぽつと雨が降り始めた。


 次第に雨は勢いを増し、大雨へと変わって行く。


 炎の龍は雨の中をのたうち回る。


 宮木は龍を蹴ると、罵声を浴びせる。


「クソヘビ! 戦え! これくらいで消されるような熱量じゃないハズだ!」


 龍は唸り声をあげると、急激に気温が上昇した。龍の周りだけ雨が蒸発し、地面すらも赤く発熱している。


 しかし、マーメイドも雨に打たれることにより、急速に回復していた。傷口は塞がり、美しさが取り戻されてゆく。


「ちっ、振出しに戻ったか……」


 奴の言う通りだ。あれだけのダメージをどちらも回復してしまった。そのかわりだが、状況はこちらに有利。雨は熱を奪う。となれば、龍にダメージを与え続ける訳だ。


「マーメイド、攻撃だ!」


「龍よ、焼き殺せ!」


 互いの火炎放射と水流がぶつかり合う。


 数秒が引き延ばされ、何時間にも感じる。


 攻撃はこちらがやや優勢だ。雨の効果により力を増したマーメイドは、水流の威力で炎を押し返している。


「てめぇはそのまま維持しろ! 俺が直接殺しに行く!」


 奴はそう叫ぶると、走り出した。その目は間違いなく僕たちを狙っている。


「葛城君! どうするの!?」


 焦り始めた佐々木さんが、後ろで騒いでいる。


 分かっている。不味い状況だ。奴が僕を直接殺せば、この戦いは終わるだろう。


「マーメイド!」


 指示を出したマーメイドは、僕をちらりと見た。


 意思は通じている。分かっているようだな。


 宮木は僕たちの前に来ると、禁書を右手に持ったまま呪文を唱える。


「我望む、敵なる者をその剣で焼き殺せ」


 一m程の炎の剣が空中に現れ、奴は狙いを定める。


 対する僕はマーメイドの創り出した水の膜で防御を固めた。


「そんなもので、俺の魔法を止められると思うなよ!」


 奴が振りかぶり、剣が射出される。


 盾状の水の膜を前方に押し出したが、それを貫通して炎の剣は突き刺さった。


 僕ではない。


 後ろを見ると、佐々木さんの胸に剣が根元まで突き刺さっているのだ。


「…………あれ? なにこれ?」


 そう言葉にすると、彼女は倒れた。


「佐々木さん!」


 すぐに駆け寄った僕は、彼女を抱きかかえる。


「あづい!? あづいの!!」


 彼女はもだえ苦しみ、すでに消えた剣が刺さった部分をかきむしった。


「佐々木さん、早く僕に本を譲渡してくれ! 回復をかける!」


「だ……めみたい……せめて……本だけでも……」


 彼女は痛みに耐えながら、禁書を僕に差し出す。


 何を言っているんだ? 早く回復させれば間に合うはずだ。


 すぐに本を受け取ると、彼女の言葉を待つ。


「……」


 彼女は何も言わなかった。


 それどころか、眼が見開き生気を感じない。まるで死んだような雰囲気を漂わせる。


「佐々木さん! 早く、譲渡と言ってくれ! 僕が回復魔法をかけるから!」


 彼女を揺さぶるが、返事はなかった。


 そのとき、手に持っていた神聖魔法禁書が光になり、僕の禁書へと吸い込まれてゆく。


 雨が降り続ける中、声が聞こえてくる。


「あれ? 確かに狙ったんだけどな? 間違えたか? まぁいい。次は外さねぇ」


 佐々木さんをそっと地面に寝かせると、立ち上がり、奴の方向へ顔を向けた。


 すでに宮木は詠唱を始め、炎の剣を創り出そうとしている。


 マーメイドと龍は未だに攻撃をぶつけ合っていた。


 僕の魔力は残り少ない。


 あと一体を召喚するのが精一杯だろう。


「これで終わりだな」


 奴は剣を創り出し投げの姿勢になった。


 僕は禁書を左手に持ち、右手で指さす。


「我が命により顕現せよ、スライム」


「今さらおせぇ――」


 宮木は動きを止めた。


 奴は違和感に気が付いたのだ。


「何をした……ふぐっ……うげぇ……」


 喉を掻き毟り、地面に倒れる。その苦しさのあまり、地面に爪を立てた。


「僕は言ったはずだ。好きな場所に召喚出来ると。君が苦しいのは喉にスライムを召喚されたからだ」


「……」


 奴はぱくぱくと口を開くが、声が出ない。当然だ。喉にスライムが詰まっているせいだ。


「スライム、食っていいぞ」


 僕の言葉に、一瞬で宮木は消え去った。残されたのは一匹のスライムだけ。


 スライムは禁書を吐き出した。どうやら食べられなかったようだ。


 保有者をなくしたため、炎の龍もかき消えてゆく。


「§ΛΘ」


 マーメイドは僕を見て笑顔を見せた。


「よくやった」


 一言褒めると、僕はマーメイドを還す。


 残された火魔法禁書を手に取ると、光の粒子になり僕の本へ吸い込まれていった。


 本を開くと、召喚魔法だけでなく神聖魔法と火魔法が記されている。


「ジョーカー、僕は三冊を揃えた。約束の願い事を聞いてもらうぞ」


 視界が一瞬で変わり、禁書図書館へと移動した。


 視界を埋め尽くすほどの本の数に圧倒される。見上げれば遥か天井は見えず、本棚が部屋を囲むように上に延びていた。


「おめでとうございます。よくぞ勝ち抜かれました」


 ジョーカーは、出会った時と変わらず顔には仮面を着け、皺のない燕尾服を優雅に着こなしている。


 彼はゆっくりとお辞儀をすると、僕を褒めたたえた。


「流石でございました。まさか、最後はスライムで勝利なされるとは、私も予想外で今も興奮が冷めやらない状態でございます」


「そんなことはどうでもいい。願いは叶えてもらえるのか?」


「ええ、もちろんでございます」


 僕は迷いなく願いを口にする。


「僕の願いは、愛する佐々木美菜を生き返らせてほしい」


「愛するですか?」


「そうだ。僕は彼女が好きだ。彼女が死ぬなんて考えられない。だから生き返らせてほしい」


「かしこまりました」


 ジョーカーは歓喜の色を帯びた返事をしたあと一礼する。


 再び視界が変わり、元の場所へと戻った。


 そこには無傷で立っている佐々木さんが居る。


「佐々木さん!」


 僕は彼女を抱きしめた。


「静谷君、私……死んだんじゃなかったの? 生きてる?」


「君は生き返ったんだ! 宮木を倒して、願い事で君を生き返らせた!」


 彼女は恐る恐る僕の体に腕を回し、抱きしめた。


 そして、泣き始める。


「ありがとう! 私、私、もうだめかと思った! 静谷君に本を渡して生きてもらおうと思った! でも、すごく怖かった!」


 彼女は泣きながら僕を抱きしめ、感情を吐露する。


「いいんだ。もう終わった。家に帰れるんだよ」


「……うん」


 僕たちは戦いで出来た惨状から家へと歩き出した。


「佐々木さんの家まで送るよ」


「ありがとう。でも、私のことは美菜って呼んでね」


 僕と佐々木さんは笑いあう。


 戦いは終わったんだ。



 ◇◆◇◆



 彼女の家は思ったよりも遠かった。家の前まで送り届けるころには空は暗くなり、星空が見えている。


「静谷君、もし良かったら今後も仲良くしてほしいな……」


「もちろん。僕こそお願いしたい」


 彼女の家の前で、最後の会話を続ける。


 話が終わりを迎え、互いに別れのあいさつを交わした後、彼女が走り出した。


 唇に柔らかい感触を感じる。


 顔を離した彼女は、顔を真っ赤にして家の中へ入っていった。


「……」


 少しの間、ポカーンとした後、僕は歩き出した。





 近くの路地裏に入り、我慢していたものが溢れ出す。





「……ふひっ、ふひゃひゃひゃひゃ!!」




 もう限界だ。我慢するなんて無理だ。


 僕は腹を抱えて笑う。


「まさか、こんなにも計画通りに進むなんて、笑ってしまうよ」


 願い事は最初から決まっていた。


 ”佐々木美菜を手に入れる”ことだ。


 僕が願ったのは


 愛する佐々木さんとは、僕の中にいるの彼女の事だ。


 僕は以前から佐々木さんを愛していた。その気持ちは大きくなるにつれて歪み、いつの間にか想像の中の彼女を愛していたのだ。


 そして、ジョーカーによって彼女は、僕が理想とする佐々木さんとして生き返ったのだ。


 禁書を手に入れた時から、どうやってこの願いを叶えるか悩んだ。


 想定外だったのは佐々木さん自身が、禁書保有者だったことだ。


 しかし、計画を変更して、彼女を仲間にすることにした。そうすれば、彼女が死んだとしても不自然じゃない。


 宮木との戦いで苦労したのは、どうやって佐々木さんを殺すかだ。事故に見せかけることが、重要だったからだ。そうでなければ、生き返った時に彼女の中で矛盾が生じてしまう。


 僕はマーメイドに、魔法を使わせた。防御の魔法なんかじゃない。幻惑の魔法だ。

 防御なんて一切していなかったんだ。


 案の定、宮木は僕と佐々木さんを間違えて攻撃した。


 予想通りだったから思わず笑いそうになったが、必死に耐えた。


 そして、ジョーカーは僕の願いを忠実に叶えてくれた。僕を愛している佐々木美菜を創り出したんだ。


 今の彼女は何があっても僕を裏切らない。僕の為ならその命すら投げ出すだろう。まさに理想の彼女だ。


「これで、佐々木美菜は僕のものだ……くひゃひゃひゃ」


 僕がなぜ人と関わらないのかは、この性格にある。自分で言うのもなんだが、僕は人間のクズだ。


 自分を騙してまで仮面を被らなければ、日常生活すら難しいクズだといえる。


 正義感がある? 普通の高校生? 笑える。すべては僕が作り出した仮面の僕だ。そんな僕が一番愛してやまないのが、理想の佐々木美菜だ。


 ああ、なんて気分が良いのだろうか。


 僕は嗤いながら満月の夜道を一人帰る。


 未だに手に持った禁書を握りしめて。




 【完】

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