第8話 対決


「どうした? 攻撃してこねぇのか?」


 ニヤニヤと笑う宮木は、僕たちの反応を楽しんでいるようだった。


「やめろ。ここに火が付けば君だってただでは済まないはずだ」


「そうよ! 炎は防げても他のものは防げないはずだわ!」


 僕と佐々木さんは、無駄だとわかりながらも説得を試みる。


「ぁあ? 見えねぇのか? 俺には蛇がいる。こいつで身を守れば、ここが吹き飛ぼうがどうにでもなるんだよ」


 奴はすり寄る蛇の頭を撫でる。やはり話が通じない。


「三人で分けられる願いにすればいいじゃないか。どうして支配者になろうとするんだ」


「そんなことどうだっていいだろう。俺は全ての頂点に君臨したい。それだけだ」


 僕の言葉は彼には届かないようだ。我慢できず佐々木さんが言葉を発した。


「支配者になってそれからどうするの? 政治でもするつもり?」


「簡単だ。人間で遊ぶんだよ。逆らった奴は燃やして、俺を崇めさせる。俺は神になるのさ」


 神になるだと? 馬鹿だ。所詮それは頭の悪い高校生が描いた妄想だ。たとえ願いが叶ったとしても、神と崇めるころには人類は滅びているだろう。

 しかし、反論したいが、ここは奴を刺激するわけにはいかない。逆に褒めたたえてこの場から引き離すほうが重要だ。


「その通りだ。僕が間違っていたよ。君は世界の支配者になり神になるべきだ」


「へぇ、どういう風の吹き回しだ?」


「君は支配者にふさわしいと気が付いたんだ。だから禁書を渡すよ」


「葛城君!? どうしたの!?」


 佐々木さんは僕の反応が急に変わったので驚いている。頭のいい彼女でも、僕の判断は予想外だったのだろう。


「でも、渡すのは此処じゃない。他の場所にしてほしいんだ。命の危険がある場所で禁書を渡すなんて自殺行為だからね」


「……いいだろう。その提案を受け入れてやる」


 宮木は給油ノズルを置くと、背中を見せて歩き出した。


 僕は安心して溜息を吐く。


 だが、奴は勢いよく振り返ると同時に、蛇に指示を出した。


「なんてなぁ! んな口車に乗るかよ!」


 蛇をスタンドに突撃させた。


 ガソリンスタンドは炎に包まれ、連続して大きな爆発が起きる。黒煙が立ち上りあたりにすさまじい爆風と炎が地面を舐めた。


「くっ……予想通りだったか……」


 時間を稼いだおかげで、散らばっていたウンディーネが間に合った。四体のウンディーネと一体のシルフでバリアを張り、爆炎から身を守ることが出来たのだ。

続く炎の嵐は未だに続き、半円状のバリアはびりびりときしんでいる。


 僕は佐々木さんを抱きしめ、爆炎の熱からひたすら彼女を護る。


「葛城君! やめて! 死んじゃうよ!」


「大丈夫だ。これくらいで君を護ることができるなら本望だよ」


「でも、でも……」


 僕の背中は強烈な熱量で焼き焦げ、今もじわじわと焼き続ける。バリアの外はまだ炎が渦巻き、外に出れば一瞬で灰になるだろう。


 召喚した五体は自身の身を盾にして、ひたすらバリアを張り続けていた。ウンディーネは体が小さくなりボコボコと沸騰している。シルフも黒く焼け焦げつつも、懸命に力を振り絞る。


 僕の腕の中にいる佐々木さんはその光景に涙を流す。


「シルフちゃんが! ウンディーネちゃんが!」


 彼女が僕よりも五体を心配するのは当然だ。なぜなら召喚した精霊には神聖魔法が効かない。回復できないのだ。


 僕は後でいくらでも回復できるが、精霊はどうしようもなかった。


「佐々木さん、ここは耐えてくれ! 今バリアを解けば、僕たちが死んでしまう! 精霊の犠牲を無駄にしてしまうんだ!」


 取り乱す彼女を必死で抑え込み、僕は耐え忍ぶ。


 そして、辺りを覆っていた炎が途切れる。引き潮のように炎の海がどこかへと消えてゆく。


 炎は巨大な火柱に集まっていた。


 大きなクレーターの中心で、火柱が動くこともなく燃えている。


 バリアを解いた精霊は、光の粒子になって消えていった。僕たちを守り切ったのだ。


「ウンディーネちゃん……シフルちゃん……」


 涙を拭くこともなく佐々木さんは茫然としている。僕は痛みに耐えきれず、地面に倒れる。


「葛城君!?」


 すぐに彼女が回復をかけてくれるが、痛みはなかなかひかない。やはり相当なダメージを負ったのだろう。


「死なないで!」


 何度も何度も回復をかけられ、体は軽くなってゆく。痛みはすでになく、全快と言えないが、動くことは十分にできる。


「ありがとう佐々木さん」


「うん。でも精霊が……」


「ここは割り切らないといけない。奴はまだ健在だ」


 僕が指さすと、炎の柱はぐにゃりと動き出し龍を形作った。


 頭部には宮木が立ち、僕たちを見下ろしている。


「なんだ生きていたのか。意外としぶといな」


 巨大な炎の龍は首を地面に下し、宮木はクレーターの真ん中で笑みを見せていた。


「しかし、こうなるとお前らに勝ち目はないな。今だったら禁書を受け取ってやってもいいぜ」


 僕は立ち上がると、禁書を差し出す。


「禁書を地面において下がれ」


「君は勘違いをしている。僕は渡すとは言っていない」


「あ?」


 首をかしげる奴を無視して話を続ける。


「召喚魔法禁書は五種類の各属性の精霊を召喚できる。無属性のスライム、水属性のウンディーネ、風属性のシルフ、火属性のサラマンダー、土属性のノーム。


 だけど、それ以上の精霊は呼び出せない。最初は僕の力不足だと思っていた。


 けど違ったんだ。


 上位の精霊は条件が必要だったんだ。その力を発揮する器と魔力が必要だと気が付いた」


「何が言いたいか、分からねぇよ」


「話を変えよう。召喚は僕の目の届く場所ならどこでも行うことができる。


 たとえ水の中でも空中であろうと、どこでもだ。


 じゃあ、もし精霊が同じ場所に召喚された場合はどうなるかな?」


「まさか……」


 僕は禁書を上に掲げると、詠唱を口にした。


「我が命により顕現せよ、ウンディーネ、ウンディーネ!」


 二つの魔法陣が重なり、強い光を放つ。光はさらに大きくなり形作られる。


 いつしか龍と同じ大きさになり、光が収まる。


 現れたモノは巨大な人魚だった。


 長く青い髪を風になびかせ、白い肌が光を反射している。下半身は魚だが蛇のように長く、サファイアのように鱗が輝いていた。片手に持つ銀の槍がその勇ましさを引き立てる。


「召喚・古の人魚エンシェントマーメイド


 禁書に新たな名前が記された。


「大きな人魚さん……」


 佐々木さんはエンシェントマーメイドを見上げている。人魚の容貌は美しいの一言だ。圧巻のスケールに宮木すらも言葉が出ない様子だ。


「……くっ……くはっはははははは!! マジかよ! やるじゃねぇか! 見直したよ! いいぜ、こういう余興は必要だよな!」


 奴は龍に攻撃指示を出した。


 龍の口から火炎放射がはなたれ、マーメイドは水流をぶつける。間には水蒸気爆発が起きるが、煙が晴れるとその実力は互いに拮抗していた。


「くそっ、やはりこれだけでは駄目か……」


「どうした? もしかして魔力が限界なのか? そうだよな? それだけの召喚を維持するんだ、相当消費するだろうな」


 おそらくだが、奴はほとんど魔力を消費していない。核となる魔法で作り出した炎以外は自然にできた炎だ。龍はその炎を纏っているだけといえる。

 奴の狙いは僕に魔力を消費させることだ。召喚は維持のための魔力を奪われる。たった二体召喚しただけだが、マーメイドは体感でそれらよりも維持魔力が大きい。


 僕がマーメイドを召喚していられるのは、せいぜい五分が限界だろう。


 拮抗した炎と水は一進一退を繰り返しながら、決着がつかない。


 しびれを切らした宮木は、直接攻撃に出ることにしたようだ。


 龍が炎を止めると、水流をよけつつ地面を這いながら人魚に接近する。


 口を開き人魚の下半身に噛みつくと、そこに炎を注入し始めた。


「§ΘΛ!」


 対する人魚も言葉を口走ると、槍を龍の胴体へ差し込む。そこから凍り付き始め、互いに一歩も引かない状況へと再び移行してしまった。


「くそっ、氷を使うのか。厄介なものを呼び出しやがって」


 宮木は禁書を掲げると、人魚に魔法を放つ。


「我望む、敵となす者を焼き払え」


 爆発が人魚を直撃した。





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